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「学校はどうだったかい、スザクくん?」

 何とも言えない下降した気分を弄びながら帰宅し、そして道場から帰ってきた藤堂と少し遅めの夕食を取っている時、スザクは唐突に聞かれた。
 テーブルの上にはスザクが作ったよくわからない煮物とキャベツの千切りがある。ご飯はふっくらとして美味しそうだが、それ以外の料理は味付けも何もかも微妙だ。
(藤堂さんは仕事と道場で忙しいし)
(居候している身なんだから、料理ぐらいなんとかしないとヤバいよね)
(でも日本じゃ料理なんてやったことなかったからな)
 独創的な味がする煮物のこんにゃくを箸で器用に摘みながら、日本での生活を思い出していた。日本を牛耳る六家の一員にいたのだ。家は日本家屋のお屋敷だったし、お手伝いさんも何人もいた。あまり気にしていなかったが、ちゃんとした料理人も雇っていたようだ。
 けれどここ、ブリタニアではそんな訳にはいかない。自炊するしかない。日本のようにすぐ近くにコンビニあるわけでもなく、スーパーにきめ細かやかなお惣菜が並んでいるわけでもないのだ。
 ここに来てから一度、藤堂に郊外にある大型のスーパーに連れて行ってもらったが、肉の塊、野菜の山に圧倒されただけだった。お弁当やお惣菜はごく僅かで、量が多いポテトチップスやコカコーラはスザク好みだったが、日常食はどうにもならなかったのである。そして冷凍食品もまた日本のようなものは見当たらなかった。
「どうにかしなきゃ」
「うん?」
「毎日ハンバーガーとポテトじゃ、さすがに飽きるし」
「スザクくん?」
「え?」
「学校はどうだったんだ? どうにかしなくてはいけない問題でもあったのか?」
 正面に座る藤堂が少しだけ困惑した顔を向けてくる。
 マズイ。つい別のことを考え始めてしまっていた。こんなふうな思考に陥るのはやはり昼間の出来事がショックだったのだろうか。他人の言動、態度、視線などに左右されない、そう思って生きてきたのに。枢木ゲンブという政治家の息子だということ意識し始めた時から・・・・・・。
 それなのに。
 動揺するな。
 あの鋭い凍てついた冷気のような紫の瞳を思い出すな。
 ああ、それでも。
 校内のカフェテリアだというのに、まるで切り離された空間にいるような綺麗な人たち。冷たく美しい氷の彫像のように涼しげな空気を身に纏っていた人たち。その中でも一目で惹きつけられたアメジストの瞳を持った彼。話してみたいな、仲良くなれたらという微かな想いが湧き上がるのは自然なことだ。誰だってきっと彼を見たらそう思うはずだ。
 だからなのか、思わず口からするりと滑り落ちる。
「学校にすっごい綺麗な人たちがいたんだ」
「ああ、ブリタニア兄妹か」
「え?」
 あっさりと返ってきた返事にスザクは目を点にする。だが目の前の藤堂は黙々と白米と時々キャベツの千切りを口にしている。
(ああ、やっぱりね)
(煮物は微妙な味だよね)
(……じゃなくてっ)
「知ってるの、藤堂さん?」
「まぁ、彼らは有名だからな。確か三年ほど前かな、彼らがこの街に引っ越してきたのは。その時は街中大騒ぎになったものだ」
「へぇ」
「昔は首都だったとはいえ、今はただの小さな田舎町だ。こういった噂はあっという間に広がるんだ。それにあの兄妹はみんな頭が良くて、学園でもトップの成績らしい」
 珍しく饒舌になる藤堂にスザクは少しだけ疑問を向ける。
「詳しいんだね、藤堂さん」
「シュナイゼルさんには度々お世話になったことがあってな」
「シュナイゼルさん?」
「あの兄妹の一番上のお兄さんだよ。この街の中央病院で外科医をしているんだ。すぐ下の妹さんのコーネリアさんも、同じ病院で内科医をしている」
 そういえば昼間のカフェテリアでリヴァルがそんなことを言っていたような気がする。
「道場をやっているとな、どうしても怪我人がでることがある。そういった時にいつもあの二人に助けられているんだ。時間外でも嫌な顔一つせず、冷静に的確に処置をしてくれる」
 藤堂は箸を置き、左腕の袖をめくりスザクへと見せた。そこには肘から手首までうっすらと傷跡がある。
「去年うっかり大怪我をして、その時に処置をしてくれたのがシュナイゼルさんなんだ。もうほとんど目立たないだろう」
 その時の話はあとになってスザクも聞いた。確か車に轢かれそうになった子供を庇って大怪我をしたと。なんですぐに知らせてくれなかったんだと、知った当時は憤りを感じたが、藤堂がしきりに「大丈夫だ」と電話越しに言っていたのを覚えている。
 痕は残っているが、気にならない程度だ。医術に詳しくないスザクでもそれがすごい技術なのだということがわかる。
「二人とも医者として優秀で、本当はこんなところにいるべき人間ではないとは思うが、いつも何かと助けられている。ありがたいと思う」
 上の二人の兄姉はしっかりとここに馴染んでいるらしい。だが……。
 昼間のカフェテリアの様子を思い出す。美しく切り離された空間。見えない壁を誰も乗り越えようとはしない。彼らは彼らだけで完結していた。
 釈然としない顔を浮かべていたんだろうか、藤堂がスザクに問いかける。
「どうした?」
「その兄妹のお兄さんとお姉さんは街に溶け込んでいるみたいだけど、学園にいる子たちは……」
 言いよどむスザクの台詞の続きを藤堂は察し、納得したように頷いた。
「浮いている、と言いたいのかい?」
「まぁ、そんな感じ」
「それは仕方がないのかもしれないな。彼らが転入した時は学園中が浮き足立って大変だったという話だからね」
「その話ってシュナイゼルさんから?」
 藤堂は頷く。
「一番下に、心臓が悪い弟さんがいてその子の静養に引っ越してきたらしいんだが、最初の大騒ぎが尾を引いて未だになかなか登校できないらしい。学園に通っていた四人もそれでも最初は穏和に対処していたんだが、そのうちの……確か名前はルルーシュくんだったかな」
 思わぬ名前を出されスザクは思わず目を見開いた。
「彼への付きまといが酷くなって、ストーカー紛いなこともされて、これではいけないと言うことになって学園の生徒会長がブリタニア兄妹への接触禁止令を出したということだ」
「ストーカー……」
「本当に酷かったらしい。物がなくなるのは日常茶飯事で、そこまでは大事にするのもと思い無視していたようだが、強引に連れ攫われそうになったところを偶然他の兄妹が見つけて事なきを得たらしいが、こればかりは無視できず、結局相手は学園にも通報され退学処分ということだ」
 当然の結果だ。犯罪じゃないか。とスザクは思う。だが……。
 何だろう、この違和感は。
「そういう事情だ。接触禁止になるのも無理はない。だが一応、ブリタニア兄妹からの接触だったら構わないそうだ」
 と言って藤堂は最後を締めくくった。


 そうか、だからなのか。
 そんな事情があったからなのか。
 彼らの間に入り込めない空気があるのは。
 彼らだけで綺麗に完結しているのは。
 とスザクは思う。そして昼間の情景を目蓋の裏に思い浮かべた。


 一切の乱れがない完璧な調和がそこにある。
 他人を拒絶した、誰も手が届かない額縁の中の絵のようだ。

 だが本当にそれだけなんだろうか?
 その事件は彼らに周囲の人間に対する不信感を植え付けるのにうってつけではあるが、それだけが全ての原因なんだろうか? 何か重大なことを見過ごしていないだろうか? その事件を隠れ蓑として別の何かを隠しているのではないか?

 だって、そう、あの目
 冷徹にこちらを見据えるアメジストの瞳。
 人間不信というよりもむしろ………。

 何か釈然としないものを感じながらも。スザクは何一つ言葉にすることはできなかった。







[2012/09/12]


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