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小ネタ2 TOPにもどる/小ネタTOPにもどる 前置き。 ご面倒でしょうが、とりあえずお読みくださいませ。 *以下の前文に少しでも引っかかった方は、お戻り下さい* 師匠の女性関係話題(捏造)が出てきます。 「ゴードン以外の相手なんて認めない!」という方、 原作で匂わされてすらいない事柄の捏造および弊サイトお馴染みの私設定が苦手な方は、 閲覧をお控えください。 ……よござんすか? ↓ ↓ ↓ ■薄雪 「また降ってきたみたいよ。こんな日ぐらいは泊まって行けば?」 湯浴みを済ませた女が、震えながら部屋に戻ってきた。暖炉に火は入っているが、部屋着に包まれた肌からは、ほのかに湯気がたっている。 寒いのは好きじゃない。これからの季節をあの兵舎で過ごすのは厳しそうだ。 「……遠方からの客人がある」 寝台の上で毛布にくるまったままそう呟くと、十年来の馴染みの女は出会った頃と変わらない美しい笑顔で頷いた。俺よりも年上のはずだが、その容色に衰えはない。 「じゃあ、そろそろ起きなさい、寝ぼすけさん。兵舎に戻るのなら、口うるさい舎監さんによろしくね」 「この間は悪かったな」 「丁重に応対して頂いたし、気にしてないわ。簡単に部外者の侵入を許すようでは、警備の意味がないもの」 女が枕元の紐を引き階下の鈴を鳴らすと、下働きの少女が水差しを持って来て、手水鉢に湯を注ぐ。こんな場には似つかわしくない幼さを残すその面差しに目をとめていると、顔を上げた少女はこちらの視線に気づき、頬を紅くしながら一礼して部屋を出ていった。 以前から誰かに似ていると感じていたが、なかなか思い至らないはずだ。それが男だったとは。そうか、あいつに似ているんだ。 「なぁに? 気持ち悪い」 「上得意に対して、ずいぶん尊大な言い様だな」 「思い出し笑いなんて、いやらしい……」 「お前には関係ない」 「あら、私の妹分のことでしたら、大いに関係ありましてよ」 砕けた言葉も使うが、その仕草や身のこなしは優美で、賤しからぬ生まれを感じさせる。出自は貴族だという噂だ。 こちらの身支度を手伝いながら軽口を叩いていたが、不意に表情を曇らせる。 「……あの娘ね、もうすぐ客をとるようになるかもしれないの。母親が病気で、お金が要るんですって」 「ふうん」 娼館で働く女が皆、男の相手をする訳ではない。掃除や洗濯、賄いなど、表に出ない仕事は山ほどある。 だが、家族の糊口を凌ぐためにここに来る少女にとっては、ただの準備期間に過ぎないのが実情。 貞操など気にもしない者もいる。金を手にする好機と喜ぶ者もいる。 純朴そうなあの娘が、そんな手合いでないことは明らかだが、詮のないことだ。生きるか死ぬかの選択で、辛くとも生きていくことを選んだのなら、あとは本人の問題だ。 この街にいる“不幸な者”に片端から同情していたらきりがない。 「こんなことは頼めた義理じゃないんだけど……あの娘の水揚げを、お願いしてもいい?」 最近、柄の悪い連中がこの界隈に増えたらしい。 ふつうの遊び女では物足りないと、金を積み、まだ慣れていない若い娘を買って、ひどい扱いをするのを好むそうだ。 しかも、これ見よがしに王宮騎士団の徽章をつけているという。 「あの娘は店に出ないのか、って何度か聞かれているみたい。あなたが引き受けてくれれば、奴らも引き下がるしかないと思うんだけど……」 長い付き合いだが、この女からの頼みごとなど滅多にないことだった。支払う金に応じての接待。あくまでも、それだけの関係。 情けをかけられ施しを受けるのではなく、正当な取引をしているのだという矜持。その意気を好ましく思っていた。 互いに情や気遣いなど無縁の間柄で、だからこそ対等に振舞えた。 素朴で可愛らしい妹分の行く末を案じてか、女の表情はどこか悲しげだ。 金髪と青い瞳はこの国では珍しくもないのだが、それでも初めて見たときに、似ていると思ったのだ。 憂いをおびた物想う表情が、あの方に── 「分かった、引き受けよう。花代ははずむ。一介の騎士の俸給では太刀打ちできないほどにな。それでしばらくは凌げるだろう」 「……ありがとう……」 こんな話のとき、普段は快活な表情が、抑えた笑みになる。「似ている」と感じる自分に、やりきれない気持ちになる。 古い知音の頼みごとをきいただけだ。心で繰り返しながら、帰途につく。 見慣れた街は、降り積もる雪で覆われていた。夜明け前のひっそりとした街路、まだ誰の足跡もない新雪に、自分の足跡だけが刻まれていく。 この街の寒さは厳しいが、深く積もることはないので、この雪もすぐに消えるだろう。 すぐに消える。 季節も人の想いも、すべては通り過ぎて行くだけだ。この手には、何も残らない。 立ち止まり、口許を覆っていた襟巻きをはだけ、冷たい空気を胸いっぱいに吸った。深い呼吸を繰り返すごとに、しんと心が鎮まっていく。身分も役目も関係ない、素の自分だけが残る。 やがて、寒さにぶるりと体が震えた。襟巻きを巻きなおし、再び歩き出す。 ──傭兵隊の新参の奴らからは、しばらく目の敵にされるかもしれない。まさか、俺に手出しはしないだろうが…… 今日から同じ宿舎に滞在する客人の、あどけない笑顔が脳裏に浮かぶ。 「一策講じないとな……」 ひとりごちながら、歩を速めた。
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