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小ネタTOPにもどる ■閉じた瞳に 「なぜ目を瞑る?」 口づけの余韻にぼうっとした頭に、彼の言葉がふわりと落ちてくる。 とっさに返事ができなくて、胸に埋めていた顔を上げ、ぼんやりと彼を見る。 「え…えっと……?」 「こういうとき、お前はいつも目を瞑る」 間近で視線が合い、その笑顔にぼうっとしてしまう。こういうとき、いつも目を……? 言葉の意味を理解して、さらに大きく胸が鳴る。 「いつもって……あなたはいつも、ぼくの顔を見ているんですか?」 今まで考えてもみなかった。この人から与えられる感覚にいっぱいいっぱいで、そんな余裕なんかぼくにはなくて。 「お前は表情が豊かで、見飽きることがない」 追い打ちのように口の端を上げて彼が言う。 ぼくがその口唇や、舌や、吐息や、声に、されるがままに蕩けているのを、彼はいつも見ていたんだ。 そう思うと恥ずかしさにいっそう顔が熱くなる。その火照りを確かめるように、彼の手がぼくの頬に添えられた。 どきどきしながら、ゆっくりと近づいてくるその顔を見つめていたけど…… 「ほら、また」 やっぱり閉じてしまったぼくの瞼に軽く触れながら、彼の口唇がくすくすと笑いを溢す。 「今日は格別に可愛い顔をするじゃないか」 からかうように囁く声がくすぐったくて、ぶるりと体が震える。胸のどきどきが痛いぐらいに頭の中に響いて、一打ちごとに指先までずくずくと疼く。 たった一言でこんなに落ち着きなく動揺する自分を、今も彼に見られているんだ。 ぼくはいったいどんな顔をしているんだろう。 自分の気持ちを言葉にして告げたことは幾度もある。 出会う前から憧れていたと。会って、もっと好きになったと。誰よりも特別な人なのだと。 ──あなたが、大好きです。 子どもっぽくてありきたりな表現だと思うけど、これより自分の気持ちにぴったり合う言葉は見つからなくて。 そんなぼくを突き放すでもなく、気持ちに付け込むでもなく、ただ柔らかく受け止めてくれる。それは、彼の優しさだろう。 目を瞑ったまま顔を上げると、温かな口唇が重ねられる。息を漏らすと、舌先がぼくの唇と歯をなぞる。その刺激に小さく声を零すと、ぼくの舌や上あごをくすぐるように触れてきて……。 ぼくが欲しがるだけ、彼は与えてくれる。まるで雛鳥に餌をやるように、穏やかに慈しんでくれる。 だからその目を見つめ返すことはできない。きっと心の底まで見透かされてしまう。 ぼくは可愛くなんかない。もっともっとあなたが欲しいって、いつだって胸の奥は焦れている。 あなたがぼくのものになることはない。それなら、ぼくがあなたのものになればいい。そうすれば、ぼくはあなたの傍にいられる。たとえあなたの心に誰がいても。 気づかれてはいけない。そんなぼくの本心は、あなたを困らせるだけだから。 そして目を瞑り、口づけを待つ。 この願いに気づかれないように、この望みが叶うように、ふたつの心を抱きながら。
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