矢沢、いつもとちょっと違う朝の話<続き>


「これ、作ってきたんだけど。良かったら、食べて?」
「え、俺に?」
「うん……」
 キターーーー! キタコレ!! え、マジで!?
 差し入れとか、何? いいの俺、こんなに幸せで!!
「いつも朝練のせいでお腹空いちゃったって言ってるでしょ? 休み時間にお弁当先に食べちゃってるし」
「あ、あぁ……み、見てたんだ」
「うん」
 かっこわりぃー! 早弁見られてるとか、ないわー。どこまでもかっこいい要素が見当たらない。何なの、俺。
「ホントに? これ、俺に?」
「そうだよ、って。あ、ごめん……迷惑だった?」
 そんなわけない!
「まさか! あの……今ここで食べてもいい、かな」
「えっ?」
 だって……これ、俺のために作ってきてくれたんだよな? 自慢したいけど、みんなに超自慢してやりたいけど。でもやっぱ、それでも今は、この時間ごと全部俺だけのモンにしたいから……。
「ダメかな」
「いや、でも……」
 やっぱダメだよな。ちょっと俺、調子乗ったかも。あぁもうっ!!
「いいけど、ここじゃ寒いから、校舎の影のところで。あそこなら、グランドは見えないけど風は来ないから」
「あ、う……うん」
 そっか。こんなところにいたのはグランドにいる俺を見るた……め…………って、うわっ。ちょっと嬉しすぎるっ! あぁでも俺今日先輩に超怒られた。うわー、あれも見られてたんだ。なんだ、わかってたらもっと……って、遠藤は気付いてたのか? くっそー、あの野郎。もっと早く言えよな!!
 そんな俺の葛藤をよそに、藤城さんは恥ずかしそうに俯いてちょこちょこっと校舎の方に歩いていく。それ見てた俺はちょっと遅れてその後についてった。あ、ホントだ。校舎の影のところはちょうど風が来ないんだな。少しはマシだけど、やっぱ寒い。
「中、入る?」
 一応聞いてみたけど、藤城さんは首を横に振った。
 その場に座ろうとしてるから、俺は急いで上着を脱いで、何となくコンクリの床にそれを敷いてみた。こんなんじゃまだ冷たいだろうけど、でも直接座ったら冷えちゃうし、制服だって汚れちゃうよな。藤城さんはちょっと迷ってたけど、少し赤くなってありがとうと言ってそのうえに座ってくれた。俺はその隣に、ちょっと間を空けて腰を下ろした。

「えっと……じゃ、いただきます!」
 手を合わせておがむようにそう言って、俺は藤城さんが持ってきてくれた容器のフタを開けた。それは女子が時々持ってきてるような保温ができるヤツで、中に入ってたおにぎりもまだあったかかった。
「お茶もあるからね。あ、矢沢くんは緑茶って飲む?」
「飲む飲む」
 藤城さんの差し入れならなんだって!
 持ってた水筒はやっぱり保温のできるヤツで、あったかいお茶が注がれると、白い湯気がふわっと立ち上がった。
 俺ばっかおいしくて、俺ばっかあったかくて……でも藤城さんはそんな俺の隣にいてくれる。俺のこと見ながら、こんな風に笑っててくれる。
「どうかな? いつも甘いものばっかりだったから。こういうの、どうしたらいいのか……」
「お、おいしいよ! すっごくおいしい。それにあったかくて……その、ありがとう」
「……うん」
 なんか嘘みたいだけど、未だに信じられなかったりするけど、でも本当に藤城さんと俺、つ、付き合ってんだよな。
「…………」
「どうしたの?」
 いろいろ考えてたらつい藤城さんを見たままで俺、固まってた。不思議そうに俺の方を見てる藤城さんはやっぱりかわいい。
「っ!」
 つむじ風みたいのが、不意に俺達のいるところをかすめて通り過ぎて行った。
 藤城さんは寒そうに縮こまって、白い息を手に吐きかけたりしてる。そうだよな、やっぱ外だもん。なんだかんだ、やっぱ寒いよな。
 あ、そうだ……あぁでも、いいのかな。ってか、俺にそんな度胸があるのか? いや、でもここは……。
「……寒いね」
 そう言って俺はちょっと腰を浮かせて藤城さんの方にもう少しだけ近寄ってみた。こ、これくらいいいよな? お、俺にはまだちょっと……って、藤城さんドン引きしてたらどうしよう。こわくて顔が見れねぇ!
「う、うん。寒いね……」
 藤城さんはちょっと遅れてそう言ったまま、黙り込んでしまった。

 あぁぁぁあああああ、やっちまったー! 俺、失敗したー!!
 半泣きになりそうなままで俺はおにぎりを頬張った。塩加減が絶妙で、中には驚いた事に唐揚が入ってた。う、うまい……うまいけど、この状況は非常に気まずい。あぁ、どうして俺、余計な事しちゃったかなぁ!! そう思ってたらいきなり、藤城さんの方が今度は少し腰を浮かせて、俺の方に近付いてくれた。ってか……俺のすぐ隣に! 驚いて藤城さんの方を見たら、彼女も俺の方を見てた。
「うぅ……ぁ……」
「寒っ……」
 そう言って恥ずかしそうに笑う藤城さんの目には俺の顔が映り込んでる。うわ……こんなに近くで藤城さん見るの初めてかも。
 っつーーーーか! 何、これ!?
 よ、寄り添って座ってるじゃないッスかぁっ! ま、ま、まるで、カ、カ、カップルみたいじゃないッスかぁっ!!
「……寒いね」
 そう言って俺の腕に少しだけもたれかかって、藤城さんは俯いてしまった。
 じわじわと熱が伝わってきて、そこに藤城さんの存在を実感する。うわ、藤城さんが俺に……藤城さんがっ!!
 あぁもう俺、一生分の幸せをここで使い切ってるような気ぃする。でももうそれでも全然かまわないんだけど。

「あの……」
「へっ!?」
 うわ。声裏返った。超ハズい。超みっともねぇ。
 藤城さんの小さく笑う声がくすりと聞こえた。
「それ、おいしい?」
 藤城さんが喋ると、俺の肩の近くで藤城さんの頭が少し動く。ふわふわの髪がゆらゆら揺れる。
 その度にどうしていいかわかんなくて、とにかくおにぎりにかぶりついてお茶で流し込むんだけど、もう味とかそんなの、そんなんもう全然わかんなくって。
「す、すごくおいしいよ」
 嘘じゃないよな。最初は本当においしいって思って食べてたんだから。
 でも今はもうおにぎりの味どころじゃないんだよ、藤城さん。腕から伝わってくる君の体温のせいで、こんな食ってばっかの俺なのに、もうホント、それどころじゃなくて。びびってるの悟られないように、もういっぱいいっぱいなんだから。
「……そう。良かった」
 そう言って、藤城さんは俺の肩にこつんと自分の頭を乗っけた。

 うぅぅぅぅううううわぁぁぁぁぁあああああああああ!!!!!!!!!!

「あったかい……」

 小さく言った藤城さんの声が聞こえてきた。俺はもう完全に舞い上がってしまって、味のわからないおにぎりを食べ、熱さのわからないお茶をひたすら飲み込んだ。こういう時って何を話すの? こういう時って、俺はどうしてあげればいいの!?
 あぁヤバい。もうすぐおにぎりもお茶もなくなっちゃうよ。どどどどどどーしよう。間がもたない。間がもたないんだよぉぉぉ……。



 キーンコーン カーンコーーーン ――――。

 静けさを打ち破って、予鈴が始業5分前を知らせる。
 ハッと我に返った俺と藤城さんは、まるで飛び退くようにお互いに距離をおいた。

「あ、あのっ!」
 先に口を開いたのは藤城さんの方だった。
「あの、私、先に教室に戻るね」
「あっ! う、うん」
「その……じゃぁ」
 そう言って立ち上がり、ドアノブに手をかけた藤城さんを俺は呼び止めた。
「待って、藤城さん!」
「え?」
 振り返った藤城さんは、何だかすごく恥ずかしそうだったけど、でもやっぱりすごく可愛かった。
「あの……ご馳走様。すごくおいしかったよ。その……ありがとう」
「うん……」
「これ、洗って返すね」
「うん……」
「えっと……あ、それだけです」
 あぁっ。なんでこんな時にこんな事しか言えないの、俺っ!?
 情けなくなって頭を抱える俺を見て藤城さんはまた笑った。
「先に行くね」
「うん……」
 藤城さんは小さく手を振ってドアの向こうへ。一人になった俺は急に緊張が解けて、ふらふらとその場に倒れこんだ。

「な、なんだったんだ、今のは……」
 腕にまだ熱が残ってる。差し入れも、さっきのも、何もかんも嘘みたいで、余計に何だか全部夢のような気がしてくる。あぁでもこんな幸せな夢なら俺、別にそれはそれでいいかもっとか思っちゃうよ。いや、やっぱ夢だと困るっ!
 ぼんやりした頭で、曇った空をじっと見つめた。あぁ、もう無理。こんなんで授業とか絶対に無理!
「ふぁ……ふぁ……ぶぇぇぇっくしょーぃ」
 やっべ。やっぱ寒いわ、ここ。さっきまでは、全然そんなこと、なかったのにな……。
「っつーか、俺ってば朝練終わった後じゃん! うわーっ! どうしよう、俺ぜってー汗臭いって! うわー、ありえねー。ハズカシー!!」
 突然我に返る。さっきまでの熱がまた嘘みたいに急速に引いてって、一気に現実に引き戻される。
「ぶぇっ……ぶぇぇぇっくしょーぃ」
 やべー。マジで寒い。鼻水とか出てきた。ひとまず中には入りますか!



 そうして俺はどうにか1日をやり過ごしたんだけど、当然その日の授業はまったく記憶には残らず……。
 さらにはやっぱり風邪をひいてしまい、翌日しっかり熱を出して学校を休んでしまったのは言うまでもない。

 あぁ、俺のバカ。普段めったに風邪なんてひかないのに、よりによってこんな時に限って!
 自己嫌悪で枕に顔を埋める俺の横でマナーにしたままのケータイがブルブルとメールの着信を告げる。
 まったく……誰だよ、こんな時に。視線をそっちに投げると……。

「あっ……」

 俺はケータイを手に取った。


『大丈夫?』 そんな件名で始まるそのメールは……。


 == The End. ==



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