矢沢、いつもとちょっと違う朝の話
大会も終わったばかり。
ワリと緊張感もない朝練が終わって、部室棟に引き上げてく先輩達の背中を見届け片付けを始める。
明け方からずっと曇ってたらしい空は、ここへ来て今にも降りだしそうなホドに真っ暗になってきてる。
「おい、アレ……」
遠藤がくいっと親指を立てて指す方を見ると、誰もいないハズの校舎の屋上に人影がぽつんと一つ。
「うわっ。こんな寒い日に屋上なんて吹きっさらしの場所によくいられるよなぁ」
「はあ?」
「雨だって降ってきそうなのに、何やってんだかな。物好きっていうか何ていうか」
「は? ちょ……お前、何言ってんの!?」
遠藤が半ば呆れ顔で俺を見る。
「え? 何って……」
「何、じゃないだろ? よく見てみろよ」
そう言って俺が片付けようとして抱えてたボールを奪い取って、遠藤は言った。
「あれ、藤城さんじゃないの?」
「え!?」
ホントだ。あんなところでこんな時間に一人で……どうしたんだろう。何かあったのかな。
「行ってやりなよ」
遠藤がそう言った時にはもう走ってた。だって……だって気になるじゃん!
部室寄って、着替えてる先輩達の視線を一身に浴びる。こ、こえぇけど。怒られそうだけど。でも、今は……。
「す、すみません! 失礼します!!」
「おい、お前片付けは?」
「すんません!」
こえぇー! 先輩マジでこえぇ〜っ!!
でものんびりなんてしてられない。こんな朝早くにあんなところで一人。気になる。いったい何があったの、藤代さん?
ドアちゃんと閉めてけって怒鳴る先輩の声を背中で聞きながら、制服と荷物を抱えて俺はとにかく走った。
朝練の後の階段はキツかったけど。正直、腹も減ってきて目も回っちゃってるんだけど。でも……!!
階段を一気に駆け上がって、屋上まで辿り着く。息切れひどくて吐きそうになる。でもこの向こうに彼女はいるんだ。
深呼吸して、ドアを開けた。
「あ……」
いた――。
寒そうにして、自分を抱えるみたいにして……――。
どうしたのかな、悩みとか? あ、ひょっとして考えゴトとか。
一人になりたかったのかな……あれ、だったら俺ココに来ちゃまずかったんじゃね?
朝の屋上は妙に殺風景に見えて、さらに暗くなってきた空のせいで、藤城さんがすごく寂しげに見えてきて。
声が……かけられない。
そういえば俺、藤城さんのこと知ってるようで肝心なコトとかになると全然知らないよな。今こうして近くに来ても、藤城さんが何を考えてんのか、想像すらできねぇもん。屋上まで来たはいいけど、どうしたらいいかわからない。
金縛り状態の俺。
そしてくるりと振り向く藤城さん……。
「やっぱり。見つかっちゃった……」
泣いてはいなかったけど……こういう時、どうすればいいんだ? お、俺は一応彼氏、だよな? 彼氏だけど……む、無理。彼氏スキル皆無の俺にはこういう時どうしたらいいのかとか、わかんねぇ! 無理!!
ぽつぽつと小さな雨粒が落ちてきてる。とうとう降り始めたんだな。このままじゃ藤城さん風邪ひいちゃうよ。あ、そうだ。確かカバンの中に……。不思議そうにこっち見てる藤城さんの前で、俺はごそごそとカバンの中身をあさり、やっとのことで折りたたみの傘を見つけた。大丈夫、確か前のヤツぶっ壊れて買ったばっかだから変な傘じゃなかったハズ。
「これ!」
そう言って折りたたみの傘を藤城さんに差し出す。
「傘?」
「……雨、降ってきたから」
あぁもう! なんでこんなセリフしか出ないかな、俺! 気の利いたセリフの一つも覚えとけ、俺ェ!!
我ながら情けなくなってくる。こんなんだから、周りになんで藤城さんがって言われんだ。俺自身も自信が持てねぇんだ。
「頑張ってたね、朝練。いつもあんなカンジなの?」
「え? うん、まぁ。えっと……藤城さんはどうしたの。こんなとこで」
聞いぃぃぃぃいいいちゃったー! 聞いちゃったぞ? 何言われんだぁ!?
「早起きしすぎちゃったから。矢沢くんの朝練、ずっと見てたんだよ?」
「そうか、俺の朝れ……え?」
「見てたんだよ、ここから」
「え!?」
「ん?」
「えぇぇぇぇぇええええええええっっ?????」
あれ? 悩みとかじゃないの? え? どういう事???
「何だか目が覚めちゃったんだけど、でも二度寝したらもう起きられない気がしたの」
「う、うん……」
「それでね、サッカー部、朝練やってたなぁって思い出して。それで……」
そう言って、何だか真っ赤になって俯く藤城さんはやっぱりすごく可愛い。こんな人が俺を好きでいてくれてるなんて、やっぱりちょっと今となっても実感超薄い。
あ、やべ……汗ひいてちょっと寒くなってきたかも。
「ふぁ……ふぁ……ぶぇぇぇっくしょーぃ」
やべー。すっげー寒い上に、何かすげーおっさんみたいなくしゃみ出た。俺、かっこわりぃ。
ほら、藤城さんも笑ってるよ。
「着替えてきたら?」
「うん、そうだね」
いや、待てよ。せっかく二人きりだっていうのに、もう教室戻っちゃうのか?
いやいやいや、もったいない。そりゃーもったいないよ。
「えっと……俺、ここで着替えちゃうから」
「え!?」
藤城さん、もっと真っ赤になった。え? なんで……って、あ!
「違う違う! 目の前で着替えるって意味じゃないよ!!」
「そ、そう……だよね」
「そうだよ! ちゃちゃっと着替えちゃうからさ、俺。ここ寒いから、ちょっと中入って待っててくれたら」
そう言ったらなんか困ったような心配そうな顔になった。どうした?
「ダメだよ、本当に風邪ひいちゃうよ?」
「え、でも……」
せっかく二人なのに、っとか思う俺はバカか? そうだよな、こんな寒い屋上でさ。雨まで降ってきてんのに……。
「あの、矢沢くんが平気なら……私、ここで待ってるから。だからどこかで着替えてきてくれると……」
「へ?」
「あの……だって、その……せっかく二人だけだから。その……」
うわわわわわ、ソッコー着替えてきます!!
「ごめん! ちょっと待ってて!!」
俺は傘探すのでぶちまけた自分の荷物をごっそり抱えて、校舎の中に入ってドアを閉めた。
うわー! マジでか!? マジでそんな風に……。
あぁぁぁもう、手ぇ動かねぇしボタンハマんねぇし。ジャージから足抜けねーし、ベルト抜け落ちるし!
急いでんのに。藤城さん、寒い中で待たせてるのに!!
どうにか着替え終わって、俺は荷物を置いたままでまた屋上へと飛び出した。
「おぉぉおおお待たせ!!」
くぅぅぅううううう、やっぱ寒ぃぃいいいいい!!!!!
ポケットに手ぇ突っ込んで、肩をいからせて耐えるけどやっぱこの時期の朝は寒い。藤城さん、こんなところにずっといたんだ。
「大丈夫?」
「……うん、平気。藤城さんこそ、こんな寒いところで。教室にいたら良かったのに」
「うん。そうなんだけど……」
「うん?」
「ここからだと、グランドが全部見渡せるから」
そうやってゆっくり話す藤城さんもすごく寒そう。雨はどうにか持ちこたえたみたいだけど、この冷たい風だけはどうにもできないみたいだ。
「あのね……」
「えっ、何?」
藤城さんが俺の渡した傘を返してきて、それからずっと抱えてた手提げの中から何かをそっと取り出した。