創作漫画サイト『アリカリオン』(管理人:アリカ様)
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家に着いたのは、日付もそろそろ変わりそうな真夜中だった。 「ただいま……」 「おかえりなさい、ジェルファ」 寝ないで待っていたらしく、母の返事が返ってきた。 詰所を出てから何も考えられずにいた俺は、その声で我に返った。 上着を椅子に引っ掛けて、そのまま母の寝室へと足を向ける。 部屋に入っていくと母は読んでいた本を傍らに置き、俺の方を向くと静かに言った。 「何か……あったのね?」 「うん、そうだね。まだあんまり現実感がなくってさ、でも事実なんだなってのは頭じゃ理解してる」 「そう……」 「うん」 驚くほど言葉が出てくるのは、たぶん俺が動揺してるせいだ。 無意識にだが、どうにかしてまだ逃げ道を探そうとでもしているようで滑稽だ。 頭で理解はしているのだが感情的にどうしても受け入れられないといったところか。 全く……何が近衛隊だよ、俺。こんなにも弱くて小さい。何が……。 現実逃避の行き場が自己卑下とは、何とも実に情けない話だ。 「オクサナ、心配していたわよ」 ぼそりとそう言って、母はまた本を読み始めた。 そうだった。あんなオクサナは初めてだった。 いつもは名誉の死がどうとか、馬鹿な話を並べ立てて俺を突いていたはずなのに、何ともおかしな話である。 あぁでも……そうだな。そういう事があってもおかしくないんだよな、と今さらのように気付く。 だからだろうか、俺はテートの事を母に伝えなくてはならないと、不意に思ってしまったのだ。 「なぁ……母さん」 「何?」 「うん。テートってヤツの話、したろ?」 「あなたの話によく出てくる同僚の名前ね。いつか紹介したいって言ってた」 「……死んだんだよ、そいつ」 ページを手繰ろうとしていた母の手がぴくりと止まる。 どう思っただろうか? そんな場所に息子の俺を帰すわけにはいかないとか、思うのかな。 祈るように合わせた手が震えているのに気付いて、俺は腕組みをしてそれをごまかした。 ゆっくりとした動作で栞を挿んで母が本を閉じる。 何を言われるのかと、俺は思わず生唾を音を立てて飲み込んだ。 だが母から返ってきた言葉は、あれこれ考えたどれとも違う言葉だった。 「あなたは……どうなの?」 どうなの、だって? どうなのって、そんな事……。 何かを考える事を拒否していた頭が、じりじりと痺れるようにして無理矢理答えを導き出そうとしている。 現実を全て受け入れなくてはできないそんな作業を、俺は油断すると絶望へとはまり込みそうになりながら頭の中で繰り返した。 不思議と……逃げるという選択肢は出てこなかった。 かと言って敵を討とうとか、そういう勇ましい答えには行き着かない。 それでもただ漠然と……思うことが一つだけあった。 そのたった一つの答えが唇から溺れ落ちる。 「近衛隊をやめるつもりはないよ」 自分でも情けなくて泣きたくなるような、吐息混じりの震える小さな声だった。 そんなになるなら、逃げてしまえばいいじゃないか! そう何かが俺を焚きつけて来るのに何故かそんな気分になれない。 俺は近衛隊はやめない。うん、俺は近衛隊をやめるつもりはない。 「やめないよ」 自分の心の在り処を確かめるようにもう一度声に出して母に伝える。 絡まっていた糸がほどけていくように、俺の頭の中もすっきりと澄んでくる。 だがそれは、テートの死を完全に受け入れる作業でもあり、もう枯れてしまったと思った涙が、ここへ来てまた溢れ出した。 そんな俺を母が黙って見つめている。恥ずかしくて、俺は慌てて俯いた。 パタパタと、すぐ下の床に涙の滴が落ちていく。 あぁもう今日は俺泣きすぎだ。頭がガンガンするよ、もう。 声を殺して、でも涙は止まらなくて、そんな俺を母は静かに見守っていた。 その視線がふっと上方、いや、俺の背後へと移動する気配。 慌てて袖口で涙を拭って振り返ると、そこには案の定、オクサナが涙を浮べて立っていた。 「なんでお前が泣いてるの?」 我ながら何ともマヌケな言葉をかけるものだと思う。 でも仕方ない。これが俺なんだから。 オクサナは数歩歩いて俺のすぐ側まで来た。 何だか勢いに押されて俺が思わず立ち上がると、オクサナは俺を腕を掴んでつぶやいた。 「いつもやめたがってたくせに……」 「え?」 「俺なんてどうせ……って、いっつも言ってたくせに。なんで?」 「なんでって……」 腕を掴んでいる手に力が籠もる。 「だって死んじゃうかもしれないんだよ? そんなの、おばさん一人ぼっちにする気?」 何言ってんだこいつ、と正直思った。そんな事、最初っからわかりきってた事じゃないか! いつも俺に何を言ってたか、自分で忘れているんだろうか? 近衛隊については俺より呆れるほど詳しかったじゃないか。 怒り半分、呆れ半分。そんな俺の前でオクサナが俺を睨みつけるようにして見上げている。 なんでお前がそんな顔をしてんだよって言おうとした時、視界の隅に母が本をまた読み始める姿が見えた。 「ちょっと、こっち来て」 いきなり本を読み始めたのは、きっとこういう事なんだろう? 俺は正直なところ半ば投げやりになってはいたけれど、オクサナを連れて母の寝室を出た。 後ろ手にドアを閉めると、2人だけの部屋は妙に静かで居心地が悪かった。 「座ったら?」 俺は自分の上着がかけてある椅子に座り、オクサナに向かい側の椅子に座るよう言った。 言われた通りに座ったオクサナは、あいかわらずこっちを睨むように見つめているが……そんなん気にしてる余裕はこっちにだってない。 あぁもうヤケクソだ! いっつも言われたい放題だったんだ。今日は俺が言いたい事を言わせてもらうとするさ。 「なんか聞いてたみたいだけど……もう一度、オクサナにも言っておくよ。俺は近衛隊をやめない」 こちらを睨むオクサナの表情に僅かながら動揺の色が浮かぶ。 だからって構うもんか。いつもあれだけ好き勝手言ってるんだ。たまにはこっちだって……言いたい事は山ほどあるんだ。 「あともう一つ。これはあんまりヨソで言って欲しくはないんだけど……今回の騒動で4人隊員が死んだ。そのうちの一人は、俺の親友だったヤツだ」 「そんな……」 今度は目に見えて顔色を変えて、オクサナは絶句した。 それでも構わず俺は話を続けた。 「驚くようなことじゃない。俺達は盾だ、そういう事だってある。それはお前の方が知ってたはずだろ? 俺は今回の事で思い知った。でも……俺は近衛隊に残るよ。やめたりしない」 オクサナの反応を見るが、何とも複雑な顔をしていて、何を考えているのか俺にはさっぱりだった。 「別にテートの……親友の分も頑張ろうとかじゃないんだ。そんな柄じゃないし、だいたい俺には無理だ」 「……じゃ、どうして?」 「どうしてかって? うん。そうだな……今まで近衛隊としてそれなりに頑張ってきて、俺にだって近衛隊の一員としての誇りみたいなもんは少なからずあるんだよ。たださ、今もしも俺に何か起こったとして、俺は俺なりに納得した人生だったかなって思ったら……そうじゃないなって思ったんだよ」 「どういう事?」 「うん……別に手柄がどうこうとかってそういう話じゃないんだ。もっと気構えとか、そういう問題で……」 ふと、ヤケクソついでに思い付いてしまった。 「なぁ、オクサナ。お前、俺がなんで近衛隊に入隊したか、わかる?」 「え?」 「わかんない?」 「……私がうるさく言ったから?」 「うるさかった自覚あんのか」 「わ、悪かったわよ。もう言わないから、だからジェルファ……」 一気にまくしたてようとするオクサナの言葉を、深呼吸してから俺は遮った。 「あのね、オクサナ。俺ね、俺……お前の気ぃ惹きたくって近衛隊入ったの」 「……へ?」 「うん……そうなんだよ。我ながらしょうもない動機だとは思うんだけど。近衛隊に入ればさ、お前もうちょっと俺の事見直すんじゃないかな、とか」 「な、何よ、それ……」 うん。思ったよりかドキドキしない。もう開き直るしかないもんな。 「そんな理由で騎士見習いになって、近衛隊に入隊して……それでもまぁ俺なりに頑張ってきたよ、動機はともかく。俺みたいなビビリでも、それなりにはやれてると思う」 「……そう」 「うん。でもさ、好きな子の気を惹きたくて入った近衛隊でも、それだけで乗り切れるホド訓練は楽じゃないし、仲間達の手前やっぱ頑張っては来たんだよ。それでも今まではやっぱ向いてねぇなぁっとか、やっぱ動機不純なヤツはちゃんとした志持って入ってきたヤツらにはかなわねぇよなっとか、どっか逃げ腰でいつでもやめてやるよっくらいな気持ちでいたわけ」 「でも……でもさっきやめないって、そう言ったよね」 「言ったよ、俺は近衛隊をやめない。テートが死んで、あぁもう俺もいっかって一瞬思ったんだけど、ホントにそれ一瞬でね。自分でもびっくりしたんだけど……」 ちょっとドキドキしてきた。俺、すごい事言おうとしてる……今さらだけど。 オクサナはまだ怒ったみたいな顔でこっちを見てるけど、知ったことか! たまにはこっちが振り回したっていいはずだ。 「こう……ね、胸を張って俺は近衛隊だって言えるくらいの男ではいたいなって、そう思ったわけ」 「……は? わけ、って……それが理由?」 オクサナが呆れたっていう顔をした。まぁ、そりゃそうか。 「そうだよ。だってさ、そうじゃないと……」 「……?」 あぁくそ。この期に及んでやっぱり気の利いた言葉なんて出てきやしない! 「近衛隊の正装してお前に結婚申込んでも、なんかかっこばっかってカンジじゃね?」 ◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆ 数日後、やっと『命令』を済ませた俺は城に戻った。 気分一つでこんなに景色が変わるものかと、自分のゲンキンさに思わず苦笑する。 もう出迎える親友のいない詰所で、侍女達への土産を買い忘れた言い訳を必死に考えていた。 そこへお約束のように現れる隊長と副長。少し城内も落ち着いてきたのか、いつも通りの2人だった。 「よぅ。お勤めごくろーさん。おふくろさん、もう大丈夫か?」 「はい。おかげさまで……お気遣いありがとうございます」 「あー……だからそれはシグネ殿にって、あ! 土産、買ってきたか?」 「いや、それがちょっと……」 「な〜んだよ。忘れたな、お前……って、何?」 隊長がそう言って俺の顔をのぞき込む。 「な、何ですか?」 「いや、何か妙にすっきりした顔してね?」 な……っ、何言ってるかなぁ、この人は! 勘が鋭いっていうか、何て言うか、まったくこの隊長には敵わない。 いや、ひょっとすると俺がわかりやすいだけなのかも……そりゃすっきりもするよな、人生の一大イベント、一つクリアしたようなもんだし。 「何だよ何だよ、そのやらしい笑いはよぉ。おい、ウォラス! 見てやってくれよ、こいつ」 「指差すものじゃないですよ。おかえりなさい、ジェルファ。もういいんですか?」 「あ、はい。ありがとうございます」 「……なるほどね」 「えっ?」 ニヤニヤ笑ってこっちを見ている隊長と俺の間に副長が割って入ってにっこりと微笑む。 なんだろう。時々この人の笑顔は妙に心が落ち着かなくなる。 「何か吹っ切れたようですね、ジェルファ。なによりです」 副長の言葉に、隊長がさらに楽しげな笑みを浮かべる。 「い、いや、まぁ……はい。ちょっと」 なんだろう……この妙な圧迫感。副長の笑顔って、こんなんだっけか!? 何かを答えなくてはいけないような、そんな空気がまとわりついてくる。 「うん?」 穏やかな物言いなのに、妙なプレッシャーがかかるのは気のせいか? そして隊長はなんであんなに楽しそうなんだ!? でもまぁ、いいか。言ったところで減るもんじゃなし。 「心を入れ替えたというかなんと言うか……」 「は? なんだよ、そりゃ」 「で、まぁ……ついでにね、幼馴染みにプロポーズの予告みたいの、してきました」 俺の言葉に隊長は口笛を吹き、副長が満足げに頷く。 だが一瞬の間をおいて、隊長が呆れたようにぼそっと突っ込んだ。 「おい、そりゃついでに言うことか!? っつーか、予告ってお前……」 2人とも俺の様子を心配してきてくれたんだろうけど、何だかそれ以上に楽しそうなカンジだ。 変な笑い声で楽しそうに笑う隊長と、傍らの副長に俺は深々と頭を下げる。 この人達には心配をかけちゃったけど、これからはもっと世話になるんだよな。 「いろいろありがとうございました。侍女のみんなには今度また何か買ってきますから」 「わざわざ買わなくてもいいだろ。彼女の手作りスイーツで」 「あぁ……いや、それがまだどうなるか全然わかんなくて……」 「は? プロポーズしたんじゃねーのかよ」 「えぇまぁ……でもその直前に告ってますんで、どうなるかはちょっと」 「はぁ!? じゃぁ返事は!?」 「……わ、わかんないです」 申し訳無さそうに言うと、隊長は大声で笑い出した。 さすがに副長もこれには噴出してしまって、笑いをこらえきれなくなっている。 そりゃそうだ。そうそう人間変われない。それでも俺は、やるって決めたんだから。 「では、すみません。隊長、副長。そろそろ部屋に戻ります」 「おう!」 「また明日からよろしくお願いしますよ」 「はい。失礼します」 俺は幾分か心が軽くなったのを感じながら、隊の詰所をあとにした。