キャッシング Re:Start/4周年オメデトウ☆

『定時連絡』アリ


 どんよりと重たい曇天の空からは今にも雨が落ちてきそうだった。
 馬を飛ばすには近く、歩いて行くにはやや遠く感じるその距離を、俺は垂れ込めた雲よりももっと重たい気持ちを抱えてとぼとぼと歩いていた。

「はぁ…………」

 無意識に漏らす溜息はもう何度目だろうか?
 そして溜息を漏らすたびに、足取りがさらに重たく感じられるようになるのは何故だ!?
 いや、何故も何も理由はわかっている。わかってはいるのだがこればかりはどうにも自分の力では……。

「……はぁ…………」

 あ、また溜息……そしてそれが聞こえたのか、俺の実家の戸口に立つ人物が不意に俺の方を向いた。
 目が合うなりパッと破顔して、次の瞬間にはどこか自重するかのようにその笑顔を奥の方へと押し込める。
 あぁもう、最近はこんな顔をさせてばっかだよな、俺。

「ジェルファ」

 遠慮がちに俺の名前を呼んで小さく手を振る。
 それに応えて俺も手を振ろうとしたんだが、どうにも荷物で手が塞がってて思うように手が振れない。
 その姿が滑稽だったのか、俺を呼んだ人物……隣家に住む幼馴染みのオクサナは、笑いを押し殺すように顔を歪めて俺の方に近付いてきた。

「おかえりなさい、ジェルファ」
「あぁ……連絡ありがとな、オクサナ。それでその、母さんは?」
「うん……まぁ、まずは家に入りましょ。お茶でも飲んで、話はそれから」
「あ、うん。そうだね」

 荷物を持ってくれるのかと期待したが、オクサナはただにっこり笑って俺の隣に並んで歩き出した。
 ほんの数歩の距離なんだから手伝ってくれよ、とも思ったが、同じ理由で自分で持てと言われるのが関の山だ。
 小さく溜息を吐いて荷物を持ち直すと、ドアを開けてくれたオクサナに促されるまま、俺は数ヶ月ぶりの我が家に到着した。

 ◆◇◆     ◆◇◆     ◆◇◆

 オクサナからの連絡が入ったのは、俺が兵舎で親友のテートと自室で話をしていた時だった。
 母は元から身体が弱く、何かあったらオクサナが近衛隊の兵舎住まいの俺に連絡をくれるのが常となっていた。

「お? また例の彼女さんから定期連絡か?」
「違うよ、馬鹿。彼女でもないし、定期でもない。お前も大概しつこいな」
「つっても、惚れてんのには変わりないだろ?」
「うるっさいなぁ。黙れよテート!」
「へいへい」

 彼女から連絡が入った時の、まぁお決まりのやり取りのようなものだ。
 テートとは騎士見習いの頃から妙に馬が合い、入隊も同期だったせいかつるんで行動する機会が多かった。
 気が付けば誰よりも気のおけない友人で、お互いに何でも話せる間柄となっていた。
 性格が似ているわけでもないし、近衛隊の中でもライバルといえるような関係でもない。
 あいつはきっと出世するだろうなって俺は思っているが、テート自身は優秀なワリにそこいらへん、あまり貪欲に狙っているカンジはない。
 だが俺とあいつは明らかに違う。
 自分で言うのも情けないが、俺は近衛隊の中でもいわゆる『志低い組』というか……言ってしまえば『動機不純組』ってヤツだ。
 小さい頃からずっと一緒にいた幼馴染みが、どこでどう知ったのかとにかく大の近衛隊好きだった。
 事あるごとに近衛隊がいかに素晴らしくかっこいいかを俺に説き、時には熱くその想いを俺の横で長々と語って聞かせた。
 洗脳された、と言えば被害者のようだが、実際のところはそうじゃない。
 そう、単純な話だ。俺は彼女の気を惹きたかったんだ。
 つまりはテートの言う通り、俺は昔からオクサナの事が好きだった。

「で? 彼女さん、なんだって?」

 軽口のようにテートが俺に声をかける。
 決して冷やかしているわけではなく、これはテートなりの俺への気遣いだ。
 彼女からの連絡は、俺が密かに期待しているような内容などであるはずもなく、決まって俺の母親の容態を知らせるものだと言うことはテートもよく知っている。
 元々身体が弱いのだから、少し体調を崩したくらいで連絡が来るようなことはない。
 いちいち連絡を入れる事は母がそれを止めていたし、良くも悪くもそれが母の日常だからだ。
 だがこのところオクサナからの連絡が増えてきているように思えた。
 少なくとも、親友に定時連絡と軽口を叩かせるくらいには多くなってきている。
 それがいったいどういう事なのか、考えなくてもだいたいのヤツなら察しはつく。
 事情を知っているテートだからこそ、軽口叩くようにして俺の気を紛らわしてくれているのだ。
 まったく、いいヤツだよ、お前は!

「あー……、うん。やっぱ、あんまり良くないみたいだな」
「……そっか」

 何の気なしにさらりと返事をするあたりもテートらしい。
 ここで同情たっぷりなトーンで何か言われたら、それこそ俺の気が滅入るってもんだ。
 騎士見習いになる時に家を出て、このバランドル城の兵舎に住むようになってからもう随分と経つ。
 時々母の様子を見に行くために非番を使ったり、休暇をまとめてとったりして実家に帰ったりはしているが、やはり離れている時間が長いといらん想像が頭をもたげてくる。
 あれこれここで心配していてもどうにもならないのはわかっているが、それでも心配してしまうのが家族ってもんだろう?

「で、お前どうすんだ?」

 無意識に黙り込んでしまった俺に、テートが問いかける。

「どうするも何も……」
「でも心配なんだろ? ここんとこ、連絡多いよな」
「それはそうなんだけど……」
「悩んでるくらいなら、1回帰って様子見てくりゃいいんじゃねぇの?」
「そう簡単に言ってくれるなよ。俺ばっかりワガママ言っちゃいらんないだろ?」
「まぁ……他にも事情抱えたヤツはちょこちょこいるけどな」

 そう言ってテートまで黙ってしまった。
 こういう沈黙が苦にならないくらいには気の知れた仲ではあったが、それでも事が事だけに、その時は部屋の空気が少し重たくなったように感じた。
 オクサナからの便りに一通り目を通して顔を上げると、心配そうに俺を見る親友の視線とぶつかった。

「大丈夫だよ、テート。ありがとな」
「……あぁ」

 納得の行かない様子で、テートがくぐもった返事をする。
 俺はオクサナの手紙を引き出しに押し込むと、おもむろに伸びをしてテートに言った。

「腹、減らないか? 飯行こうぜ、飯」
「……だな。先に詰所寄ってからでいいか?」
「? ……あぁ、かまわないよ」

 そう答えると、テートも同じように手をぐんと上げて伸びをして、俺よりも先に部屋を出て行った。
 俺もまたゆっくりと立ち上がり、その後を追うようにして部屋を出た。

 ◆◇◆     ◆◇◆     ◆◇◆