手に松明を持った男達が、郷の中を練り歩いている。
家々を廻り、その玄関先に篝火を灯していく。
獣脂の焼ける臭いが辺りに広がった。
炎が燃え上がるのを見届けると、男達は次の家へ向けてまた歩き出す。
その姿を目で追い、頭を深々と下げているのは、その家の家主だろう。
パチパチと音を立てて火の粉がはじけ、炎はまた勢いを増して燃え上がった。
顔を上げた家主が静かに家の中へ姿を消すと同時に、隣の家の前でも篝火の炎が上がった。
祭が、近付いていた。
この郷では毎年「神宿りの儀」という祭りが行われている。
さらに今年は、二十年に一度の「社遷し」という祭礼が催される年にあたっていた。
『社』とは郷の信仰の中心となっている祭殿のことだ。
そこには、古くからこの郷で護り神とあがめられている鳥獣が祀ってあった。
この社は二十年に一度、場所を遷し、新しいものに建て替えられていた。
遷される、とは言っても、この郷はさほど広いところではなく、社を建てられる土地などそうそうあるわけではない。
新しく社を建造する場所として選ばれたのは、先の社遷しが執り行われるまで、以前の社が建っていた場所だった。
二十年ごとに、二つの土地を社が往ったり来たりしているようなものである。
郷の中心にある広場の中央に、郷を廻っていた男達がポツポツと集まり始めていた。
手にした松明を ぶんっ と大きく回し、並べて置かれている鉄の筒のようなもの中にそれを投げ入れる。狭い筒の中に閉じ込められた松明は急に炎の行き場をなくし、ジジジという音をたててその勢いを失っていった。
一つ、また一つと松明の赤い炎が消されていく。
すべての松明が消されると、そこにはすすの混ざった黒っぽい煙と、鼻につく焼けた獣脂の臭いだけが残り、辺りに漂っていた。
郷中の家の前で燃え上がる篝火で、広場から続く道はみなユラユラと明るい。
ただこの広場だけが、静かに、暗く沈みこんでいるように感じられた。
背中に篝火の灯りを背負うように受け、逆光になった男達の表情はあまりよく見えない。
だが、皆それぞれに上気しているのか、気持ちの昂ぶりようが見て取れるようだった。