fx 【次回作予告】百華繚乱〜ヒヅ皇国ものがたり〜

百華繚乱〜ヒヅ皇国ものがたり〜


 < 夜風に舞う桜吹雪 編 (1/2) >

 イル族という、ある特殊な能力を持つ一族がいる。
 生まれ持ったその力でもって、自分の命の残り火とひきかえに傷を癒す。
 その力は自分の傷だけでなく他人の傷や、病まで癒すことができた。
 命のやり取りをできる種族、それがイル族だった。

 代価となる命の火は、癒すその傷や病の重さに比例する。
 それが重篤であればあるほど費やされる命の残り火も大きくなる、ということだ。
 戦時下であれば戦士としてほとんどの男達が駆り出され、平時であってもその能力が利用されないことなどほとんどない。どこでどう調べ上げてくるのか、その能力の高い者は国からの命を受けてほとんどが半ば強制的に医術師として医療に従事させられていた。

 中にはその能力を使うことなく、医療に携わりながら古今東西あらゆる薬草学を極め、薬草師を生業とする者もいるにはいた。だがイル族の中でも俺の一族はどうやら特にその能力に優れていたらしく、代々、医術師である事を求められ、さらには皇族専属の医術師として城に出入りをしている名門と呼ばれていた。

 五つ年上の姉もまた、そうして城に出入りしている医術師の一人だった。
 姉、桜はイルの血に最も愛された人間とまで言われるほどにその能力が高かった。
 その上とても向上心が高く、薬草師としての腕も相当なものであったらしい。
 姉はその能力を買われ、今上帝、龍厳帝が第一公子、龍静殿下の医術師をしていた。

 第一公子と言っても龍静殿下は皇太子ではなかった。
 だがそれは生まれつき体が弱く、病に侵されていたからではない。この国の帝となるものには必ず宿るはずの力がこの龍静殿下にはなかった、ただそれだけのことだ。


 俺は姉が大好きだった。
 その姉には、どうやら城に想いを寄せている男がいるらしかった。誰かにそれを言いたくて仕方がないのか、両親には内緒だと言っては、よく姉はその男の話を俺にしてくれた。
 その男の話をしている時の姉はとても幸せそうだったが、話の終わりにはいつも思い詰めたような、翳りのある寂しげな笑みを浮かべていた。俺はその姉の顔が嫌いだった。
 姉はいつも寂しそうに、困ったように言っていた。

「あの人は、私の手をとっては下さらない」

 それでも愛されているのだ言い張る姉を俺が茶化すと、決まって姉は少し拗ねたような顔をして、子どものお前にはわからないのだと言って俺の頬を摘まんで弾いた。
 だがいつ頃からだったか、姉は思い詰めたようにその男の話をするようになった。

「どうしてこの手をとって下さらないのか!」

 今にも泣き出しそうな顔に、怒りすらも混じったその声に、その時まだ十二歳だった俺はどうしていいかわからず、いつも黙りこくって姉を見つめる事しかできないでいた。それでも姉は俺に話すことをやめようとはせず、そして最後にはあの俺の嫌いな顔で俺に必ず謝ってきた。

 そしてある日、姉はあれほど毎日通っていた城に行かなくなり、その顔から一切の笑みが消えてしまった。目に見えてやつれていく姉を、両親達はとても心配した。俺ももちろん心配だったが、そんな時でも 姉はしきりに愛しているのだという男のもとに行きたがっていた。

 男の話をするのに涙すら流すようになってきた姉。
 俺はどうにかしてその男に会わせてやりたいと思ったものだった。


    ◇◆◇     ◇◆◇     ◇◆◇     ◇◆◇     ◇◆◇


 そんな日々が続いていたある朝、俺が起きると何やら家の中が騒然としていた。

 その中心に姉がいた。その日の姉は本当にきれいで、それまで見たこともないような幸せそうな笑みを浮かべていた。

「あの人に会いに行ってくるわ」

 そう言って俺を抱き締めてから、姉は手を振って家を出て行った。
 俺はそんな姉の姿を見て、自分までも幸せな気分になって顔が笑って仕方がなかった。


 だがそれが、元気な姉を見た最後となった。


 二日後、家に帰ってきた姉は、棺の中に静かに横たわっていた。
 家を出る時に見せた、あの笑顔よりももっと幸せそうな微笑みを湛えた顔をして……。
 もう冷たく動かなくなった体。握った手も握り返されることはない。ただその顔は本当に綺麗で、今にも起き出して全て嘘なのだと言ってくれるような気がして……俺はもう、棺の側から離れられなくなっていた。

 ――桜。お前、好きだって言ってた男には会えたの?

 ――その手は、その想いはその男に届いたの?

 ――ねぇ、桜。いったい桜の身に何が起こったの?

 ――なんで? どうしてそんなに幸せそうに笑っているの?

 姉から答えが返ってくるはずもなく、妙に現実味のない毎日が過ぎていく中、姉の葬儀も滞りなく終わっていた。

 誰からも好かれていた姉はたくさんの花に囲まれて、ある春の夜、この世を去った。
 色とりどりの花の中で一番大きな花輪をよこしたのは姉が診ていたという第一公子、龍静殿下からのものだった。

 子どもの俺でもそれを見たらすぐに理解できた。姉は自分の命の全てをもって、龍静殿下の病を治したのだ。それを裏付けるように、龍静殿下からの花は毎日のように届けられた。その度に俺は、姉の命と引き換えに生を得た殿下への恨みが募っていった。
 命を救ってもらった礼なのか、追悼の意なのか、その意図はわからない。だがいくら花をもらっても、姉は、桜はもう戻ってはこない。

 それでも皇家からの花を拒否することも捨てることもできるわけはなく、俺は毎日のように花に埋もれるようになっている姉の墓に通っては、悔し涙を堪え、龍静殿下への憎しみの念を握り締めた手の中に隠して独り、身を震わせた。