2003年

2003年5月8日 シグニチャー劇場(アーリントン(ヴァージニア州))



Follies

 主な配役:Phyllis=Helen Carey

             Ben=Joseph Dellger

             Sally=Florence Lacey

             Buddy=Harry A. Winter

 指揮:Jon Kalbfleisch

 オケ:DC音楽家連合(D.C. Federation of Musicians)のメンバー

 演出:Eric Schaeffer

 <感想>

 「ソンドハイム・セレブレーション」以降初めてワシントン地域で見つけたソンドハイムの公演でした。4月1日初日だったのに、気が付いたのは5月に入ってから。でも6月1日までやってるからそのうち行けるだろうと思っていたら、何とこの日しかチケットが残ってないと言われ、慌てて観てきました。
 ワシントン郊外、丘の上の高級住宅街が並ぶ道路の反対側に自動車修理場などレンガ造りの少々殺風景なビルが並ぶ一角にあります(写真をアップしたのでご覧下さい)。看板がないと劇場とは気付かないでしょうね。でもこの劇場は1989年設立以来、ほぼ毎年ソンドハイムを取り上げ、芸術監督でこの公演の演出も担当したエリック・シェ−ファーは「ソンドハイム・セレブレーション」でも"Sunday in the Park with George""Passion"を演出しています。
 もぎりを過ぎると壁にはワイスマン劇場の柱やハリがくっついていて、客席への通路も舞台装置の一部になっています。客席はへの字を180度回転させた感じで、150〜160席ほど。客席の最前列の床がそのまま舞台につながっています。
 舞台はもう半分壊れかけのワイスマン劇場の舞台裏で、柱は傾き、カーテンは薄汚れて廃墟同然の感じ。かつて出演したスターたちの幽霊が開演前も休憩中も終演後も舞台上をさまよっています。
 奏者たちは舞台裏にいるらしく、全く見えません。モニターらしきものも見当たらず、どうやって舞台上の歌手と合わせているのか不思議。
 一番よかったのは、歌手たちがPAなしで歌っていたこと。まあ小さな劇場だから当然と言ってしまえばそれまでですが、ミュージカルだってできれば生の声の方がいいに決まっている、というこれまた当然のことに気付かされたのでした。
 このミュージカルの中で知っていたのは"Broadway Baby""Loveland"の2曲だけ、いずれもカーネギーのガラで聴いた曲でしたが、この舞台ではガラとは違うアレンジでやってました。すなわち、"Broadway Baby"はもともとの設定、つまり元女優の1人=50歳くらいのおばさんが歌ってましたが、ガラでは少女が歌っていました(歌詞もアドリブ?で一部変えていました)。逆に"Loveland"は男性ダンサーたちが歌っていましたが、もともとはガラのように女性ダンサーたちの歌なのですね。
 ま、細かいことはさておき、特に有名な歌手が出ているわけでもないようですが、連日満員の入り、しかもみんな歌も踊りもうまいんですね。改めて米国でソンドハイムがいかに深く根付いているかを垣間見たような気がしました。


2003年8月20日 シューバート劇場(ニュー・ヨーク)

Gypsy

 主な配役:Rose=Bernadette Peters

             Louise=Tammy Blanchard

             Herbie=John Dossett

             June=Kate Reinders

             Tulsa=David Burtka

 指揮:Marvin Laird

 オケ:Gypsy Orchestra(本プロダクション用の特別編成オケ)

 演出:Sam Mendes

 振付:Jerome Robbins("Time Change""All I Need Is the Girl""You Gotta Get a Gimmick"のみ)
     Jerry Mitchell(上記以外)

 <感想>

 実は"Gypsy"には悔しい思い出があります。1990年、NYに仕事で赴任して間もない頃、テレビでしばしばTyne Daly主演の"Gypsy"のCMをやってました。しかしその頃僕はソンドハイムのソの字も知らず、リンカーン・センターとカーネギー・ホールにしか興味がありませんでした。今から思えば惜しいことをしたものです。

 あれから13年、ワシントンに赴任してから2度目のNY行きで久々のブロードウェイ観劇、しかも因縁の"Gypsy"を観ることができました。トニー賞無冠とは言え、バーナデット・ピータース主演のソンドハイム作品となれば、見逃すわけには行きません。
 直前にチケットを買った割にはバルコニー最前列ど真ん中のいい席が取れました。全体的には7割程度の入りでしょうか。ちょっと寂しい感じ。でも、陽気な序曲を聴いてるうちにわくわくしてきます。

 幕が開くと劇場の舞台裏。がらんとして何もありません。下手奥にシューバート劇場自体のものとよく似たロゴで"Exit"の表示。上手奥にポツンと街灯が一つ。両サイドに場面を示すプラカードが入れられていくのはオリジナルと同じ演出のようです。
 劇場のシーンでは舞台の外枠(プロセニウム)が降りてきて劇中劇の設定になり、それ以外のシーンでは、ホテルの看板などのわずかな釣り物と舞台奥の背景(ホリゾント)以外は、セットや小道具が人の手であっという間に並べ替えられて場面が作られます。登場人物とともに道具類を持ち運びする人々の動きを観るだけでも楽しいですね。

 このミュージカルでは振付にも要注目です。例えば子役のジューン達が大人の俳優たちに入れ替わる場面では、舞台上で踊る彼らにストロボ・ライトを当て続ける。ドリフの「8時だよ!全員集合」のコントでもときどきやってましたね(一定の世代にしかわからんだろうなあ)。
 実はこの場面の他、タルサとルイーズのデュエット"All I Need Is the Girl"、第2幕のストリッパー達のナンバー"You Gotta Get a Gimmick"のみがロビンスのオリジナル振付です。"All I Need Is the Girl"では2人が互いに理想のパートナーを想像しながらタルサは女性ダンサーを持ち上げる(リフト)の振りをし、逆にルイーズは持ち上げられる振りをします。2人を組み合わせれば普通のデュエットの踊りになるのに、最後まで2人は離れたまま。アイスダンスをペアのスケーターがやってるような感じ。
 "You Gotta Get a Gimmick"は一転して何ともグロテスクと言うか、コミカルと言うか、爆笑と言うより苦笑せざるをえない踊りですね。いや、そもそも踊りと言っていいのか…?

 それ以外は全てミッチェルの振付ですが、第1幕のジューンたちの出し物における悪趣味と、第2幕終盤ルイーズのストリップ・シーンにおける華やかさのコントラストが見事だったと思います。特に後者で白いショールが舞台の端から端まで伸びてそこに肩から上を見せて踊るところなどは、大劇場ならではのものですね。

 僕のピータースに対するイメージは「かわいくて一途な女」ですが、そのキャラクターそのままに演じたローズだったのではないかと思います。マーマン、デイリーなど他のローズ役は観ていませんが、確かに押しの強さ、迫力という点では物足りないかもしれません。でも彼女のローズにはそれを補って余りある魅力があると思います。
 例えばジューン達が舞台で演じている間、ローズは舞台袖で彼女たちと一緒に歌ったり踊ったりしている。まるで自分が舞台に出ているかのように。その様子が客席から見えるのです(オリジナルの演出にないやり方だとしたら、これはメンデス演出のヒットの一つだと思います)。他方、「娘をスターにしたい」という意思の強さが次々と相手を射抜いていく、その威力でジューンを遠ざけ、ついにはハービーをも遠ざけてしまう。
 そして聴かせどころの"Rose's Turn"では「あたしこそスターになりたい」という思いが客席に放射されてくる。その思いに対して、ホリゾントに浮かぶ様々な"ROSE"のネオンが何と淡くはかなく見えることか。

 そんなローズの前で、ドセットのハービーは平凡な男に過ぎないように見えます。昨年のフレデリック役("A Little Night Music")でも感じたのですが、もう一歩役に踏み込めてないような印象が残ります。
 ルイーズは難役ですね。全体の4分の3は地味で、終盤だけスターになる、つまり母を越えることを要求されるのですから。ブランチャードは地味な部分は合ってたと思いますが、終盤を演じるには華が足りないように感じました。

 個人的な余談を一つ。ローズ役のスタンバイ(アンダースタディより格は上ですが、ピータースが出演できない場合に限り出演できる点ではアンダースタディと同じ)にMaureen Mooreの名前を見つけました。僕にとってはNYシティ・オペラのシャーロット役("A Little Night Music")以来です。いつ出るか予想できないのが困るのですが、彼女のローズも是非観てみたい!


2003年10月21日 ケネディ・センター・アイゼンハワー劇場

Bounce

 主な配役:Addison=Richard Kind

             Wilson=Howard McGillin

             Nellie=MichelePawk

             Mama Mizner=Jane Powell

             Papa Mizner他=Herndon Lackey

 指揮:David Caddick

 オケ:ケネディ・センター・オペラハウス管弦楽団

 演出:Harold Prince

 振付:Michael Arnold
    

 <感想>

 94年の"Passion"以来ソンドハイムの本格的な新作上演とあっては見逃すわけには行きません。さすがに6月のシカゴ公演には行けなかったものの、ワシントンDC公演ともなれば気合を入れて、プレビュー初日に駆けつけました。
 客席に入ると舞台のプロセニアム(額縁)をたくさんの絵が取り囲んでいる。いずれも主役2人の人生に深く関わる場所を描いたものです。それぞれに以下のようなタイトルが書かれています。
 また舞台両端には一対の木製のドアが付けられています。


New York, NY  Hawaian Pineapple  Prospector and His  Guatemala City  Flagler's East   Hong Kong
           Products, co.ltd.    Covered Wagon                Coast Railway
San Francisco                                                     Panning None
                            (舞台のカーテン)                       Beach(Alaska)
Palm Beach

 (木製のドア)                                                     (木製のドア)


 わくわくしながら席に着いたのですが、客席が暗くなりきらないうちに序曲が始まってしまい、不意打ちを食らった感じ。でも幕が開くと舞台上の展開から目が離せなくなりました。
 細かい点は作品紹介のところでご覧いただくとして、特に気づいた点をまとめておきます。まずハロルド・プリンスの演出は、吊り物や道具類を手際よく動かして次々と場面を転換していくという、さすがに手馴れたものでした。
 個々の場面で最も印象に残ったのは第1幕終盤、ママが歌う"Isn't He Something?"です。ただし、僕の心を打ったのは歌そのものでなく、それを聞いているアディの演技。堅実な人生を送りママの介護までしているのに、ママは放蕩者の弟のことばかりよく言う。なぜママは自分に目を向けてくれないのか?絶望に打ちひしがれるアディは、ママのベッドの傍らで客席に背を向けて座り込んでしまう。無言の彼の背中を見つめるうちに思わず込み上げてきました。これもプリンスの名演出と言えましょう。

 これまでのソンドハイム作品に比べてダンスが大きな役割を果たしていたのも注目すべき点かもしれません。例えば第1幕でママと兄弟の人間関係を見事に表現した"Next to You"や、第2幕土地バブルにおぼれる人々を描いた"Get Rich Quick"(終盤になると最前列にママとパパが出てきて盛り上がっているのが笑えた)は、単に見た目が美しいだけに終わらないひねりのきいたダンスだったと思います。

 兄弟を演じたリチャード・カインド、ハワード・マクギリンはいずれも役柄にぴったりで、歌も演技も踊りも文句なし。ミシェル・ポークもセクシーで計算高いネリーを見事に演じていました(ちなみに彼女は今年3月NYシティ・オペラの"A Little Night Music"でシャーロット役を歌っていたそうです。観たかったなあ!)。ママ役のジェイン・パウエルはベテランで、登場するや客席から拍手が起こりましたが、身体の動きは軽快なものの声の衰えが目立ちました。
 しかしこの公演の一番の功労者はパパ他9役を演じたハーンドン・ラッキーかもしれません。パパ役として臨終した直後の場面でツルハシ片手にリュックを背負って下手端に登場し、兄弟2人をアラスカへ導くかのように上手へ移動して退場。その後も2人の人生の節目節目にちょこっと顔を出してはすぐいなくなる。赤塚不二夫「モーレツあ太郎」の父親役(死後も幽霊として息子を応援し続ける)を連想させるものがあります。途中から彼の顔を探すのに夢中になってしまったほどです。

 音楽面では一度聴いてすぐ頭に残るメロディはあるものの、「さすがソンドハイム!」とうならせるような音楽には出会わなかったような気が…でも初めて聴いたわけですから、結論を出すのはまだ早いでしょう。

 プレビュー初日ということで、照明のミスがあったり舞台裏で物の落ちる音がしたり、まだ作業中という雰囲気も残っていました。最も気になったのはPAの音量。元々通るカインドの声ばかり大きく聞こえるのに対し、しゃがれ気味のマクギリンの声はしばしば聞き取りにくいことがありました。まあこの辺は回を重ねるうちに修正されるのでしょう。

 とにかく新しい作品誕生の場面に出会えたということで、幸せな一夜でした。



2003年11月14日 ケネディ・センター・アイゼンハワー劇場

Bounce

 主な配役:Addison=Richard Kind

             Wilson=Howard McGillin

             Nellie=MichelePawk

             Mama Mizner=Jane Powell

             Papa Mizner他=Herndon Lackey

 指揮:David Caddick

 オケ:ケネディ・センター・オペラハウス管弦楽団

 演出:Harold Prince

 振付:Michael Arnold
    

 <感想>

 何とかもう一度観たいと思っていたのですが、楽日2日前に滑り込みできました。
 さすがに回数を重ねたせいか、音楽、ダンスともスムーズでしたし、PAのバランスもよくなっていました。ただ、やはりママ役のパウエルの声が不安定だったのが残念。
 
 演出面で新たに気が付いたのは、場面と同じ場所の絵(舞台を取り囲んでいるもの)にスポットライトが当たること。

 あとは1回目では覚えきれなかった各ナンバーのメロディやセリフ、演技の細かい部分がかなりわかるようになりました。詳しくは作品紹介に追加修正しましたので、ご覧下さい。

 お客さんは端の席までほぼ埋まっていましたが、公演後はあまり声もかからず少し醒めた感じ。舞台上のからくり(例えばパパ役のラッキーが何役もこなしていること)があんまり伝わってないような気がしました。


2003年11月25日 シグニチャー劇場(アーリントン(ヴァージニア州))

A Funny Thing Happened on the Way to the Forum

 主な配役:Pseudolus=Floyd King

             Hysterium=Buzz Mauro

             Senex=Harry A. Winter

             Domina=Donna Migliaccio

             Hero=Sean MacLaughlin

       Lycus=Christopher Bloch

       Philia=Lauren Williams

       Erronius=Steven Cupo

       Miles Gloriosus=Christopher Flint

 指揮:John Kalbfleisch

 演出:Gary Griffin

 <感想>

 もぎりを過ぎて客席エリアに入るとローマの街中です。右がライカス、左がセネクスの家。上を見るとオーケストラがいます。その間を通って客席に向かいます。エロニアスの家も含めておもちゃのような古代ローマ風の家が3軒並んで立っています。楽屋は家の裏にあるようです。
 主役スードラスを演じるフロイド・キングがまずはプロローグの進行役として登場。この劇場に幕がないのに文句をつけたり(彼が常連として活躍しているシェークスピア劇場には5枚もあるそうです)、今日の演目を喜劇と決めると「メデア」をやる気でいた女優(後でドミーナ役で登場)が彼に"Son of a bitch!"(くそったれ!)と捨て台詞を吐いたり、歌が始まる前から客席は笑いの渦に包まれます。
 音楽が始まるとさらに雰囲気はよくなり、各場面がテンポよく進んでいきます。ストーリーがわかりやすいので僕のヒアリング能力でも大体問題なく理解できました。演出もオーソドックスなもので、衣裳も娼婦の1人ジムナジア以外は古代ローマ風でしたし、各役者の仕草を見ているだけでも楽しい。2時間半があっという間に過ぎてしまいました。
 一番の功労者はやはりキングでしょう。シェークスピアのスペシャリストのようですが歌もうまいし、とにかく人を惹きつける技が見事。他の登場人物たち(大半は若い役者)が彼を中心に回っていると言うか、彼に操られているかのような感じで、正にアンサンブルの要として機能していました。
 他ではヒステリウム役のバズ・マウロもよかったと思います。大橋吾郎さんに顔が似てますね。"Follies"にも出演していたハリー・ウィンターのバカ親父ぶりもおかしかったです。

 感謝祭近くの公演だったので、終演後キングが客席に向かい恵まれない人々へ向けた寄付を呼びかけ、出演者のうち2人が帰りの通路で籠を持っていました。アメリカならではの光景ですね。