アンプにおける低歪の嘘


一頃は低歪率のアンプほど音が良いとされていた時期があり、トランジスターアンプの歪率は極限まで下がってきました。無歪と言う人さえいます。でもこの歪率は静的な歪率というもので、スピーカーを駆動したときの歪率とは違うのです。静的な歪率はスピーカーではなく、抵抗を負荷にして単一信号の正弦波で電圧歪を測定したものです。ですからスピーカーを鳴らす場合、静的な歪の低いアンプがスピーカーを歪み少なく駆動していると言う訳ではないのです。静的な電圧歪による低歪率競争をしていた頃、極限まで歪は下がったのに一向に音はよくなりませんでした。昔から静的な歪は音に関係しないと言う人も多くいましたが、この低歪率競争の結果、評論家の中には静的歪が低いアンプほど音が悪いことに気がついた人も多かったのです。でも、技術屋は静的な歪が低ければそれで良いんじゃないかと本気で信じている人がほとんどでしたし、学問としてオーディオの研究をしているメーカーは存在していなかったのではないでしょうか。

私が電流歪の話を初めて聞いたのはオーディオがブームになり始めていた25年程前です。スピーカーを負荷にして0.1Ωとか0.01Ωぐらいの無誘導型抵抗で電流波形を検出して、それを測定用アンプで増幅して歪を測定するのです。抵抗負荷からスピーカーを負荷にして電圧歪を測定しても歪率はそれほど悪化しないのですが、スピーカー負荷にすると、電流歪はかなり悪化します。電圧は負帰還により歪まないように抑えていても、スピーカーのインピーダンスは大きく変化し同時に電流も大きく変化します。電流歪測定の結果とスピーカーから出る音を測定用標準マイクで拾って相関関係を調べれば、静的な歪は意味が無いことがはっきりします。それなのに、静的な歪を測定して、2次歪みは害が無いが、3次歪みは有害だとか言っている技術屋が多いのです。静的な電圧歪みで3次歪みが多いアンプだからと言って、スピーカーから出てくる音に3次歪みが多いと確認できたのでしょうか。私も全てのスピーカーで電流歪を測定したわけではないので断定は出来ませんが、私が確認できた限りにおいては、電流歪で、その現象は確認できませんでした。もし静的な測定で3次歪みが多いアンプはスピーカー負荷による電流歪で3次歪みが多いとか、スピーカーから出た音で3次歪みが多いというのなら議論の価値はあります。

話は横道にそれるのですが、ボイストレーナーとして有名な音楽家に依頼されて、声のFFT分析をしたことがあります。ファの音を二人の声楽家に発声してもらい高調波の分析をしたのですが周波数も正確に440Hzで高調波が綺麗に2次から3次4次と綺麗に可聴限界まで伸びていて、吃驚しました。そして、2次3次の高調波の比率は発声の瞬間瞬間でかなり異なっていました。

ですから、単音の少ない楽音を再生するのですから、例えアンプの電圧歪どおりにスピーカーから3次の歪が発生すると仮定しても、意味はないような気がします。しかも無響室ならともかく、普通の部屋ではちょっと音を聴く位置を変えただけで高調波の比率はむちゃくちゃ変化します。これだけでも2次とか3次の歪を云々するのはどうかと思われるのですが・・・。3次の歪がアンプのリニアリティーに影響を与えているとか時間窓で区切ってみるとスピーカーから出てくる音に歪が発生しているとかはっきりとした関連性が見つかればともかく、静的な電圧歪から判断していては何の意味もない論争と言えるのではないでしょうか。

そうそう、スピーカーを負荷にして測定すると1%前後の歪がある管球アンプも0.0002%のトランジスターアンプも電流歪はほとんど同じでした。今のオーディオアンプの技術は、電圧基準で電圧を正確に歪み無くスピーカーに与えてやる技術と言うことです。アンプはスピーカーの動作を考えて設計されていませんので、アンプによる歪はスピーカーの歪に隠れてしまうのは当然なのかもしれません。

オーディオ用のアンプは負荷インピーダンスがどう変化しても電圧は微塵も変化しないように設計しているのですから電圧歪を測定しても意味はないのは当然だと思いませんか?。アンプ側は、電圧を正確にスピーカーに与えてやっているのだから、電流はスピーカーの複雑なインピーダンスと逆起電力によりどんな動作をしようがアンプ側は知ったことではないというのが、電圧を基準にした現代のアンプの設計思想です。電圧基準のアンプで、電圧歪みを測定することの馬鹿馬鹿しさに早く気がついてほしいものです。

電流歪とか電圧歪の概念は単にオームの法則によるもので、難しい物ではありません。スピーカー負荷で電流ひずみを測定する方法が電圧歪みを測定するより理にかなっていることは明らかです。しかし、こんなに簡単なことなのに、技術屋でさえもその意味を理解できない人が多かったのは何故なんでしょうか?電流歪と言う概念はあったのに、アンプメーカーは静的な歪を下げるのに血道を上げ、そしていつしかメーカー自身がその呪縛から逃れられなくなっていました。そう言えば、ヨーロッパの雑誌社の人にも電流歪のデーターを渡して見たのですが、結局理解されませんでした。

アンプの電流歪を云々すると、反論する人がいるのですよねー、きっと。スピーカーの歪の中に隠れていてもアンプ単体での静的電圧歪は音質に悪影響を与えていると言う人が。でも科学的にはデーターに現れてこそ意味のある測定法といえます。スピーカーの歪に隠れてしまうのなら、どちらかと言うと、アンプの測定法として静的な歪の概念は意味を持たないと考えた方が正しいのではないでしょうか。オーディオ機器の設計において、歪の概念は、一度捨て去った方が良いかなと思います。新しい切り口を見つけるためにも。

余談になりますが、スピーカーを負荷にして歪率等を測定するのは大変です。歪率測定では正弦波を聞きながら測定しなければならないので、設備の整っていない状況での測定には苦労したのを思い出します。あの時測定に使った検出用抵抗は0.1Ωでしたが、今思うと0.01Ωで測定すればもっと違った結果が出たかもしれません。でもあの時の状況では0.1Ωが限界でした。なにせ正弦波ですから、あれ以上の音を出して測定していたら、リンチにあっていたことでしょう。


電流歪の測定法

電流歪の測定回路

電流歪の測定方法は色々あると思いますが、私は全く同じ特性のスピーカ2個を使い測定していました。片方はそのままにして、もう1個はマグネットを外しボイスコイルのみにしてその差を測定することにより実動作の電流歪を測定する方法です。この測定法はモーターなどの効率を測定するのにも良く使われます。

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