音はスピーカーで決まる

オーディオにも基本があります。これは外してはならないもの、知っていなくてはならない事柄と言えます。その最たるものがスピーカーを替えた場合とアンプを替えた場合の音の変化の違いです。皆さんは音を良くしようと思ったら先ず、スピーカーに一番お金をかけませんか? アンプによる音の違いはスピーカーを替えた場合に比べると音の変化は小さいと思っていませんか?昔は雑誌を読むとよく、こんな記事を目にしました。「音の半分以上はスピーカーで決まる、アンプは全体の15%〜20%でカートリッジが10%ぐらいスピーカーケーブルやピンコードなどが10%ぐらいになる。」 変化の比率はその文章を書いた人によって異なってはいましたが、おおむねこんな比率が多かったでしょうか。その当時、私はこんな記事を読むたびに違和感を感じて、イライラしたのを憶えています。

あのオーディオ産業が華やかだった頃、私は音楽中毒で、一日に3時間以上音楽を聴かないと夜眠れませんでした。私のアパートの6畳間にはフロアー型のスピーカーが3組、ブックシェルフスピーカーが2組置かれていました。本当に狂っていましたね。毎日スピーカーを切り替えて、アンプのパーツを交換して良い音を捜し求めていた私は、スピーカーを替えた場合とアンプを替えた場合とで、音の変化の質が違うことに気がつきました。そうですね、トータルすれば、10種類ぐらいスピーカーをとっかえひっかえして音楽を聴いてみても、演奏の上手い下手はほとんど変化しませんでした。けれども良いアンプにすると演奏の上手い下手がわかるようになってくるのです。音の変化はスピーカーを替えた時の変化より、はるかに小さくても同じ演奏とは思えないほど、演奏の質が変わって聴こえるのです。

そこでその道の大先輩であるUさんにこの質の違いのことをお聞きしたら、こう説明してくれたのです。そうですね、喩えて言えば、スピーカーは人間で言えば主に、外観です、太っているとかやせているとか、美しいとか醜いとかです。アンプは主に、人間の内省面で性格を表わすと考えて良いんじゃないでしょうか。この説明が簡潔明瞭だったので、それ以来私も同じ説明を使わせてもらっていますが、さらに説明を付け加えたいと思います。

音は、大雑把に言うと振動系等メカニカルな物による音の変化と電気系による音の変化に分けられ、この二つの音質変化は質が異なっているということです。スピーカーを人、理想の女性なり男性なりに喩えるとします。その理想の人に表情の変化を与えるのがアンプになります。良くないアンプは表情の変化に乏しいのです。何時も同じ表情をした人はどんなに美男美女でもすぐに飽きてしまいます。音の変化の質が違うと言うことは、比率で表現できることではないということです。音が良いとされるスピーカーを持っていても、スピーカーと同じ概念で設計されたアンプでは、外観のバランスや美醜にとらわれていて肝心の表情の変化を引き出すことに注意を払っていないので、綺麗な音はするがすぐに飽きてしまいます。見方を変えるとスピーカーの設計でも同じことが言えます。表情の変化により敏感なスピーカーという概念がないと綺麗な音はしても、鈍いだけのスピーカーが出来上がってしまいます。

私は20年間メーカーの設計者としてアンプの設計をしてきましたが、私が知る限りにおいてこの概念をはっきり認識してアンプやスピーカーの設計をしている人はごく少数です。帯域が広く、音色も美しく、かつ定位や音場の再生に優れている、でも能率が低く生命感や表情の変化に乏しいスピーカーばかり流行しているのは寂しいことです。私は能率の低いこのようなスピーカーの良さも否定はしませんが、本当に表情の豊かさを表現できるスピーカーが追いやられて誰にも知られることなく消えていくのが残念でなりません。能率の低いスピーカーではアコースティックな楽器の豊かな表情は引き出せないことが多いのです。オーディオが好きな方は、この基本的な音の変化の違いを忘れないようにして下さい。さもないと、あなたの考えている方向とは違った方向に進んでしまうのではないでしょうか。

私のオーディオ仲間で小さなオーディオ店を経営している人なんですが、"100dB以上の能率がないとスピーカーとは認めない"とかなり過激なことを言っている人がいます。面白いのは、そのお店に通うようになると、あらゆる高級機器を使ってきた人達が、今まで持っていたオーディオ機器を手放してしまうことが多いんですね。シンプルなフルレンジスピーカーを管球アンプで鳴らすようになり、音はこれで十分と言うようになってきます。つまり、音の変化ではなく、音楽の表情の豊かさを引き出す組み合わせが、自然と判ってくるんだと思います。

この認識の有無がオーディオ機器の評価が分かれる原因に深くかかわっている事実を、一例として挙げたいと思います。それは瞬間切り替えによる比較試聴のことです。アンプの比較試聴する場合、瞬間切り替えでないと音が比較できないと主張する人がいます。また、じっくりそれぞれのアンプで音楽を聴いてからでないと評価できないと言う人がいます。当然の事ですが、瞬間切り替えによる比較は音のバランスとか音色の違いとかを聞き分けるのに有効ですが、音の表情が微妙に変化していくのは分かりにくいのです。この瞬間切り替えによる比較試聴の手法は日本の技術系のオーディオ雑誌やドイツのオーディオ雑誌でも標準の試聴方法でした。スピーカーを替えた場合とアンプを替えた場合とで、音の変化の質が違うことに気がついていない人達がいかに多いかということです。そう言えば、"安物のアンプを売りたい場合、瞬間切り替えによる比較だと大半の人はアンプの音の違いが判らない。だから安物のアンプを数多く売りたい場合は、瞬間切り替えで高級品と比較するとよく売れますよ。”と言っていた販売店の人がいました。アンプの良し悪しはじっくり音楽を聴かないと本質的なものは判断できないのです。

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