シングルアンプかプッシュプルアンプか


シングルアンプとプッシュプルアンプ、どちらが基本的に優れているのか、音質だけで言えばシングルに分があるのは明らかです。私が20代の頃、私の周りにはアマチュアのオーディオ好きが沢山いて、皆、どんな球がどういう音がするか熟知していました。レコード再生用にNF型イコライザーを使っていると、彼らには相手にされませんでした。イコライザーはCR型が当たり前でした(LC型は意見が分かれていましたが)。それにははっきりした理由があって、ちゃんと設計されたCR型イコライザーはレコードのスクラッチ音がパツッというだけで、尾をひかないのです。これがNF型だとボツーンという音で長く尾をひきます。パツッと言う音は立ち上がりと立下りが良くないと出ない音です。古くからのオーディオ好きは立ち上がりと立下りの大切なことを良く知っている人が多かったのです。

そんな彼らベテランは例外なくシングルを好んでいました。シングルアンプは音のたたずまいがはっきり分かり、各楽器の間の空間が感じられるようになってくるからです。そして低域は量的にはプッシュプルが優れているのですが、低域の音階が分り易いという点ではシングルが優秀でした。この音階が分かるというのは、本当は低域ではなく中域の明快さと立ち上がり立下りに起因しているようでした。オーケストラはプッシュ、室内楽など小編成はシングルが適していると表現する方も多いようです。当然のことですが、設計や部品などにより、さまざまなファクターが絡むのですから必ずシングルの方が優秀と言う結果が出ないのは当たり前のことです。でも設計や部品の差を越えて各々の特徴が音に出てくるのも事実です。総合的にはシングルのほうがより生き生きした音楽を再生する事が多いと言って差し支えないと私は思っています。

ところが、いるんですね、プッシュプルが優秀だと断定する人が・・・・。 ”シングルが優秀だという人がいるんですから、困っちゃいますよね、何を聞いているんでしょうかね”と言う人に初めて出会った時,私は当惑して言葉に詰まってしまいました。どちらかというと逆じゃないだろうかと思いながら、まだ経験の浅かった私は喜んでその根拠を聞いてみました。ハイレベルな人に話を伺うだけで私のアンプ設計のレベルは確実に高くなるから喜んだのです。”音が豊かで雰囲気が良く出る、あのプッシュプルの音を聞いてもシングルが良いという人がいるんですから・・・・”という話でした。その方に使用しているスピーカーは何かお聞きしたら、Y社のモニタースピーカーで、初めて世界に誇れる日本のスピーカーだと大変気に入っているようでした。

そうです、墓石と陰口を叩かれていた、あのブックシェルフスピーカーです。私はY社のモニタースピーカーが大嫌いでした。なぜなら優秀なことは認めますが、組み合わせによって音楽が大変下品になることがあるスピーカでしたから。いくら優秀なスピーカーでも、一度その下品さを知ってしまうともう駄目でした。自己陶酔的な纏わりつくような情感が嫌で、試聴のたびに、もう勘弁して欲しいと何度思ったことでしょうか。日本の演歌にありがちな、自己陶酔的なあれです、あの性格が堪りませんでした。ですから確かに、あのねっとりとした情感を巧く生かして雰囲気を出すにはプッシュプルのほうが適しているというのは理解できるように思えましたし、能率の低いスピーカーを使っていると立ち上がりと立下りの良さは重要ではなくなってきますから、私はY社のモニタースピーカーと知って納得したのです。Y社に限らずブックシェルフタイプのスピーカーではプッシュが優秀と判断するのもそれはそれで有りなのかもしれません。

今考えるとあの頃から時代は確実に変わっていったのですね。ブックシェルフタイプの情報量の多い特性のフラットなスピーカーが主流になり、音伸びとか、立ち上がりと立下りを気にする人は殆んどいなくなってきました。音色を綺麗に音場がそれらしく再生できれば評価が高くなる時代が始まっていたのです。

これまで、私は何度もプッシュかシングルか確認する機会がありました。結論はやはりシングルとしか判断できない結果でした。面白かったのは、管球アンプではなく、半導体プリアンプの出力段で比較してみたときで、これは圧倒的にシングルが優秀という評価でした。シングルは繊細さに勝っていたからです。半導体はNチャンネルとPチャンネルで特性の差が大きいからでしょうね

一度、某社のEL34を使った管球パワーアンプの音を良くして欲しいと頼まれたとき、プシュプルアンプを強引にシングルアンプに変更してしまったことがあります。プッシュプル用のパワートランスをシングルで使ってしまうものですから、当然、直流磁化の問題は出てくるし、低域は直に飽和してしまうし、歪はかなり悪化するのでまともに再生できないとトランスメーカーの技術屋に言われました。さらに、そんな馬鹿なことをする人はいませんよと言われましたし、最後に、歪んだ音を好む人もいますからねと皮肉たっぷりに言われたのを覚えています。ただ、発熱など安全性の点では全く問題ないという回答だったので強引にシングルに改造しました。結果として音質は私の予想以上に良くなり、このアンプは大変好評でした。とても某社のアンプとは思えないという評価で、それからもう10年以上経つのですが、ユーザー側でカップリングコンデンサーを変更したぐらいで現役で使われています。こんな粗末なアンプでよくこんな良い音が出せるものだと言われる事が多いと言うことです。

さて、私が個人的に設計する管球アンプは全てシングルかと言うと、これが、殆んどプッシュプルなのです。何を言いたいんだと言われてしまいそうですが、何故かというとプッシュプルは電源のリップルの影響を受けにくいからです。このリップルに強いと言うだけでかなり思い切った電源を使うことができ、この電源が、プッシュプルアンプのデメリットを補って余りあるメリットを持つからなのです。じゃー、やっぱりプッシュプルアンプが優秀なんじゃないか!なんて言って、私を困らせないでください・・・・・・。シングルでこの電源を使うことも不可能ではないのですから。

全ての音質に関係するファクターを同条件にしてシングルとプッシュを比較は出来ません。ですから、どちらが優秀と断言することが出来ないのは論理の帰結としては当然のことです。やはりとやっぱりのどちらが正しい日本語かと問われて、やはりやっぱりが正しい、と答えるような話になってしまいましたが、それでも私は本質から言えば、やはりシングルに軍配をあげてしまいます。

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