逃避パワー。
「試験が近づくと部屋がよく片付く」とか「〆切が迫ると急に読書家になる」とかいうアレである。
人間、1つのことを延々とやり続けるのはあまり精神によくない。
適度な息抜きはその後の活力になるというわけである。
もっとも、息抜きのほうに熱中してしまい、
逃避したまま帰ってこないというのも、日常生活でよく見られる風景であるわけだが。
人間の逃避パワーの活躍ぶりは、ベーマガの中でもしばしばお目にかかることができる。
年齢が17歳とか18歳とかの投稿者が多いという事実もさることながら、 原稿のあとがきに「あーあ、受験生なのにこんなことしてていいんだろうか…」とか、 「受験で休止宣言したはずの俺が、なんでここにいるんだろう…」 などといった文章が臆面もなく散見されるのも秋(冬も)の風物詩といえるだろう。
時は高校3年、春。受験の季節がやってきた。
小学生だか中学生の頃、受験戦争に苦しむ学生を描いたドラマを見て
「ああ、俺もいつかこんな地獄のような経験をしなくてはならないのか…」と
憂鬱になった事を思い出す。
その時がいよいよやってきたのだ。
しかし、まだ4月。さすがにまだ始めなくてもいいだろう。まだ新学期は始まったばかりである。
そして5月。まあまだいいだろう。ゴールデンウィークもあるし。
そんな典型的「明日からやろう」の無限ループに
流されるままあっという間に6月。
さすがにそろそろヤバい。覚悟を決めた私は、ゲーム・パソコン共封印する決意を固めたのであった。
特にPC−8001を封印したのは効いた。それ以降、まじめに受験勉強に取り組むことに成功したのである。
月日は流れ、10月。だが、ここに来て、あまりに根をつめすぎたせいか、かなりストレスが溜まってしまってもいた。
ちょうど、目前には、駿台模試が迫っている。
「よし、この模試が終わったら、ちょっと息抜きにゲームでも作ろう。」
パソコンを封印して早や4ヶ月。この頃のPC−8001(mkII)は、 まさに砂漠のオアシスと表現しても過言ではなかった。 それが久々に触われる!それを励みに、勉学に明け暮れた。
休日の模試明け、「今夜くらいはゆっくりしよう」という気分の夜。ついにmkIIの前に座る。そして電源スイッチをONにする。
プォン。
NEC N80-BASIC Ver 1.0 Copyright 1979 (C) Microsoft Enhanced 1983 by NEC Okついた。久々のスイッチONだったが、何事もなく起動した。ひとまず胸をなでおろす。
よし、作るぞ。しかし、今日だけだ。今日だけで完成させなければならない。
そして私は、プログラムを作り始めた。
逃避パワーに加え、受験勉強で脳が活性化されたとか、 そもそもゲームを封印していた反動も大きかったのだろう。この頃の私は、 ステーキを食いまくる夢を見る減量中のボクサーというくらいの勢いで、 「ゲームの面白さとは何か?」といったテーマについて、夢遊病的に考えを巡らせることが多かった。 特にアクションゲームに、自分でもよくわからないくらい傾倒した。アクションゲーム、ここでは 格闘系ゲームではなく、昔のナムコゲーム的なものを指すが、これに言い知れない程の魅力を感じた。
各ゲーム毎に異なる独自の世界設定、そこにある「動き」、そしてそこから生まれる「ゲーム性」に、 他のどのジャンル、どのメディアからも感じられない、「アクションゲームにしか切り拓けない世界」と いったものを感じていたのかもしれない。 そして、各キャラクタと、それを支配する独自の物理法則といったものに魅せられていたのかもしれない。
とにかく、ゲームのことを考えるのが楽しかった。その頃書いたエッセイというか落書きに、
最新ゲーム論というものがあったが、これはとにかく
「気が付いたら書いていた」とでもいう感じの、日頃のゲームに対する思索をそのままぶつけたものだった。
そのうち最初に書いたものは、自分でも面白いと思ったので(まあ今読むと結構アレだが)、
ベーマガの読ホンコーナーに投稿した。
「Thin Thick」は、そんな思索をバックグラウンドとして、「何か新しいゲーム性はないか?」と 考えている中で生まれたゲームだった。
画面はサイドビュー。いくつかの床が浮かんでいて、プレイヤー・敵は床の間を
上下にワープすることができる。
ゲームのキモは、床の操作。プレイヤーは、床を
長くしたり短くしたりできる。そのさい、
長くすれば床は薄くなり、短くすれば
厚くなる。
ゲームの目的は、敵から財宝を奪うこと。プレイヤーは、はじめは
敵と当たっても死なない。むしろ敵をつかまえに行く。
敵と接触すれば、敵の持っている財宝を奪うことができる。
そうなると、今度は
攻守が交代する。
プレイヤーは一転、敵に財宝を奪い返されないように逃げることになる。財宝を持っていない敵に
接触すると財宝は奪い返されてしまう。
もしこのとき自分が財宝を持っていなければアウト、即ゲームオーバーになる。
財宝は、1度に1つしか持てない。そのため、奪った財宝は、床に埋める
必要がある。このとき、1つの床には限られた数の
財宝しか埋められない。厚い床には多くの財宝が埋められ、薄い床には少ししか埋められない。
許容量を越えると床は落下する。このとき下にいる敵は潰すことができる…。
こうして書いてみるとわかるが、実にさまざまな要素が、絶妙のバランス (かどうかは個人の主観にも左右されるが)で からみあったゲームデザインになっている。当時はとにかくノッている状態であり、これらのルールがポンポンと決まっていった。
はじめは1日で完成させようと意気込んで作り始めたが(当時は本当にそれくらいできそうな位にノッていた)、 やはりデバッグ等のこともあり、そううまくはいかない。 数日間、学校が終わってまっすぐ帰宅し、夜遅くまでプログラム作りに熱中、寝不足に悩まされるという日々が続く。
しかし、作成自体はきわめて順調に進む。3日目頃にはほとんど完成し、ステージ作成を含む微調整というところまで来ていた。 内容のほうも、完成直前まではいまいちショボいような感じがしたが、最後にマシン語による効果音をつけるようにすると、 いきなり完成度がアップした(ように感じた)。「よし、できた!」
原稿を書き、(言うまでもないが、ベーマガへの)投稿の準備。そして、投稿。
よし、終わった。心地よい充実感だった。「これで心置きなく勉強できるぞ!」 そして私は、また現実へと戻っていくのであった。