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勇振川第3の滝が見たい!

東側から見た全景です。
帰り道を探して川の中を歩いていきましたが、5分ぐらいのところであきらめ、西斜面を登りました。笹藪をこぎながらですので、15分位で駐車場の所に着くはずでしたが、方向を失いました。
コンパスを取り出して地図を読みましょうと思ったが、コンパスが見あたらない。多分左の方にと進んだのが間違いでした。この出だしで間違えてしまったため途中で太陽で方位を決めても道に会えません。
駐車した所から国道まで歩いても15分のところを1時間かかってしまいました。最初に左に曲がったため電話の電柱で9本(約500m)苫小牧寄りに出てしまいました。道を探すためにジグザグに歩いたことなどから1時間を費やしてしまいました。
安易に考え、鉄則をほとんど使っていませんでした。ほかで迷ったら帰って来れないのがよくわかります。コンパスと地図は短い距離でも視界の無いところでは必需品です。持っていても使い方がわからなければどうにもなりませんが。
戻れて良かった。本当に・・・・・
これで苫小牧の水道水の源の川、勇振川に有る三つの滝の探検が怪我もあり無事終了しました。あと残っているのは、支笏湖出口にある翠明の滝?樽前ガロウ・滝百選に掲載されたインクラ滝でしょうか。適当なところでやめなければと思っています。大きな怪我をしないうちに!
正面の川からの全景です。


この滝は通称「勇振の滝」と呼ばれて
           います。この由来を少々。

幕末の探検家「松浦武四郎」が安政4年(1857年)、新道調査のため丸山一帯を踏査し苫小牧市丸山の勇振川上流で見つけ『夕張日誌』の中で詳しく書き残したアイヌ語名の滝「ユウフのソウ」を「勇振の滝」と命名し、スケッチに残した滝が何処なのかについて色々と論議が有った。
勇振川上流部には滝が3カ所ある。武四郎の見た滝を特定するため、1990年に市水道部や苫小牧営林署などが「勇払川滝の名前を考える会」を発足。夕張日誌に記載されている行程記録や現地調査などをもとに、上流から3番目の滝を「ユウフのソウ」と結論付け、その滝を武四郎にちなんで「勇振の滝」と名付けた。残りの滝について同会は、最上流域の第1の滝が「七条大滝」、第2が「丸山遠見の滝」と、営林署や市がかつて命名した名称を継承した。
しかし、市などが勇振川上流から3カ所目の滝を「ユウフのソウ」と結論付けたが、郷土史研究家の間では「武四郎の踏査ルートから大きく外れている」「武四郎の残したスケッチとは似ていない」といった疑問の声も出ていた。武四郎が書き残した滝の状況や風景から「七条大滝がユウフのソウでは」と推測する郷土史研究家もいた。その中で、郷文研(苫小牧郷土文化研究会)は1997年度から調査に着手、武四郎が見た滝はどこかを解明しようとし、5回目となる2002年の現地調査で勇振川最上流の滝で現在名「七条の滝」を「ユウフのソウ」と確定し、武四郎の命名した「勇振の滝」が最上流に有る滝で有ることを結論づけた。