南大東島6時間滞在記
RAC便で出かけた日帰り旅行
<千葉 晃 記す>
 2000年12月28日に南大東島日帰り旅行をしました。その際の写真や感想をつづってみました。 
 那覇空港にて なんと臨時便が30分前に出発  いよいよ出発! 那覇空港にてDHC−8
 「南大東島」と聞くと、みなさんは何を思い浮かべるでしょうか。 私はNHK中波第2放送の気象通報をよく聞くので、頭から3番目に読まれる 地点という印象が強いです。さして気にもとめたことがないのです。  大学院の学生時代、マンツーマンで教わっていた先生がスライドを 見せてくださって印象に残りました。また、1999年に大東島開村100 周年の行事が行われたりしてNHKのひるどき日本列島でも放映され、 たまたまVTRに録画して何度かみて、それ以来「行ってみたい!」と 思い続けました。


 南大東へは、往路681便、復路北大東経由の835・848便にて
 2000年12月22日〜2001年1月8日の日本航空国内線時刻表より

 無事離陸しました  クライム終了、水平飛行へ
 このところ年末は沖縄に滞在することが多いので、そのチャンスに出かけました。 ただ、南大東島へのパック旅行は見あたらないので、しょうがなく那覇−南大東島 の間の航空券だけは自ら予約しました。南大東島へな那覇から一日2便、琉球エア コミュータでカナダ製のDHC-8(通称ダッシュエイト)39人乗りが飛んでいます。
 −航空券の発券に注意−

 チケットを取ろうと思って、発売当日電話でJALに予約。旅行会社で発券してもらおうと 思い出かけましたが、北大東−南大東の経由便だけが発券できないとのことで、新宿の JALプラザへ。発券担当の係員が「ほーら変なのが来た」という笑みを浮かべて発券。 なんと手書きと補助券を作成してくれました。


 手書きの航空券


 航空券の券面の補助として印字された紙

 −南大東島への空路アクセス−

 1997年までは島の真ん中の小さな滑走路を利用して、DHC-6の19人乗りが 飛んでいました。容易に想像できるように南大東島には給油施設がないので 帰りの分の燃料も積んで飛ぶ必要があります。DHC-6は航続距離が短く、往路は ペイロードが大きくなるので、数人定員を減らします。南大東島からの 復路は軽くなるのでフルでの積み込みが可能だったようです。新空港が開港して 以来、滑走路も1500mの長さになって余裕ができ、欠航も少なくなったとのことです。

 定刻の9時ちょうど、乗客6人だけを乗せたRAC861便は那覇空港を北側に向けて 滑走しました。滑走路は真ん中付近から入り全部使わず10秒くらい走っただけで浮きました。 那覇空港離陸後すぐに南部の知念村あたりに機首を向けたあとは、南大東島まで一直線です。途中揺れることもなく快適。
 まずはじめに北大東島が見えた(09:46)  やっと南大東島が見えた(09:48)
 さて、DHC-8についてです。DHCは旧社名、デハビランド・カナダから とられています。現在は社名変更になって、ボンバルディア社となってい ます。胴体長にいくつかのバリエーションがあり、日本では老朽化した プロペラ機YS-11の後継機に決定されはじめています。  RACのDHC-8には、急患にも対応できるようキャビン内にはストレッ チャー(救急ベッド)も乗せることができるそうです。

  キャビン内 小学生の兄弟と作業服を着たおじさんだけ
 
  大東諸島の地勢
南大東島は、沖縄の東海上の太平洋上300kmの地点に浮かぶ絶海の孤島です。 地理学的には大東諸島に属し、そのほかに南大東島の北側11kmの地点に浮かぶ 北大東島、そして南大東島のはるか150km南に浮かぶ沖大東島の3島から構成 されています。南大東島は沖縄県島尻郡南大東村、北大東島は同北大東村にな ります。現在無人で米軍の射爆場になっている沖大東島は、なぜか北大東島の 管轄。これは沖大東と北大東ではかつて燐鉱石を採掘していたということに 起因しているそうです。
 こんどはやっと南大東島が見えてきました。空港は島の東側に南北方向の 滑走路を持っています。南側から左旋回でアプローチ。
島は世界にも十数例 しかない隆起珊瑚礁からなっており、丸い蛍光灯のような形をしています。 環礁になる一歩手前ということで真んなかがくぼんでいます。 タッチダウンは0950で正味50分間のフライト。往復割引はありますが、 片道19920円で大変高価なフライトです。

右:南大東島のかたち

 フリーソフト・カシミール3Dによる。


 南大東島の東西断面図

  南大東空港に到着(9時52分)、30分先に出た臨時便がいた
 石灰岩がむき出しの西港と荷揚げクレーン  見よ!曇天にしてもこの海の蒼さを
 南大東島での足はレンタカーを予約しておきました。奥山レンタカー を村役場の方から紹介されました。6時間5000円程度。新しいカローラ がきました。来ましたといっても、迎えに来ている訳でもないので、 うろうろしていましたが、念のため公衆電話できいてみたところ、 空港の売店でかぎを受け取って在所にある事務所まで乗ってきてそこで 手続きしてちょうだい、とのこと。すぐにハンドルを握りました。
 まず西港というところに行きました。南大東島は飛行機でのアクセスの ほかは、那覇港からの船便「だいとう」でも行けます。南大東島は 周囲が断崖絶壁で接岸できないので、クレーンでゴンドラをつり下げる そうです。また、波の状況で3つある港のどこに接岸するかその都度 違うとのこと。

右:西港でみた石灰岩の露頭

 石灰岩を削っただけの港なので、石灰岩がむき出しになっています。 地形形成の営力は、火山的なものと隆起的なものに分かれていますが、 あらためて気温・水温が高い領域での珊瑚礁による石灰岩の力を認識 させられました。


 石灰岩を削った新港が島の北西側に
 港湾設備が不十分な南大東島に、大規模な堀り込み港ができました。 削った石灰岩の量は半端じゃないと思いますが、これで安心して漁船が 出入りできるのでしょう。この島は不思議で、島だから軽自動車が優勢 かと思いきや5ナンバーの小型車が優勢、(2)公共工事も行き届いていて みんなきれい、なのです。ただ、人があまり歩いていないので、すばらし い設備の割りにバランスが取れていなくて何となく変でした。率直な印象。

 鍾乳洞の星野洞へ  すばらしい石筍
 その新港からほど近い、周回道路沿いに星野洞があります。おそらく村がお金をかけて整備 したのだと思いますが、非常にきれいな鍾乳洞があります。テレビでは旦那さんが出ていまし たが、私が行ったときはおばさんがいて、500円払って鍵を開けてもらい、中に入りました。

 鍾乳洞の中はきれいで、鍾乳石も折られていたりするものはなく大変きれい。ただ、当然の ことながら相対湿度は100%に近いので、カメラの結露に注意してください。


 海軍棒と呼ばれるプール
 島の東側に「海軍棒」があります。島の人がプールとして利用している場所です。 勿論断崖絶壁になっていますが、ここだけ車が下まで降りられます。ただ、相当に 急な傾斜で、セレクターレバーをLにしてブレーキ踏みっぱなし。

 波を間近で感じることができます。大東島の主なレジャーは釣りだそうです。釣り をしている人は島内でたくさんみかけます。

 海軍棒の名前の由来は、旧海軍が目印に棒を立てたからと言われています。

島の真ん中に旧南大東空港跡地があります。現在は廃墟になっていますが、 旧滑走路上には、「笹川良一」系のR&Dセンターが建設されていました。 旧滑走路に車を止めて当時を想像してみました。滑走路の端には村営らしき 集合住宅が数棟建っていました。

 旧南大東島空港の滑走路は1200m程度あるのですが、くぼんだ所にあるの で滑走路両端が実の滑走路長と認められずDHC-6の就航が長く続いたという記録 を見たことがあります。違反ですが無理すればYS-11も飛べたようです。


旧南大東空港

  日の丸山展望台からの眺望
 
島の南東部に、展望台があります。周回道路のすぐわきにありますので走っていると わかります。駐車場があるので、車を止めてちょっと登ってみました。写真集など でよくここからの景色が載っています。サトウキビの畑が一面に見えます。ただ、 土が赤いという以外は、北海道の景観によく似ています。ここの駐車場に緯度・経度の 表示板がありました。

  さとうきび列車−シュガートレイン
 
 南大東島の基幹産業はサトウキビの栽培。島中にサトウキビが植えられています。 この島は元来無人島でしたが、1899年に東京・八丈島から船でやってきた玉置半右衛門 ら開拓者が入植。それ以来、サトウキビのプランテーションをおこなっていました。

 島の中心部、在所集落には「大東製糖」が大きい煙突を構えています。かつて道路が 舗装されていない時代にこの島に、サトウキビ運搬のための軽便鉄道が引かれました。 1983年までこのシュガートレインは稼動。道路が舗装化され大型のトラックが自在に行き来 できるようになって、時間的に不自由で経費がかかる鉄道は廃止されてしまったものと 考えられます。

   島の中には、このようにディーゼルカーの残骸があったり、レールが道路から顔を出し ていたりしています。この写真は車庫の様子です。郵便局を右に見ながら左手に農協を見 てまっすぐ進むと右側にあります。

 新南大東空港  空港の中
 南大東島を1周したら2時半くらいになってしまいました。空港に戻り、レンタカー を返して待ちます。大きな民放の映るテレビがありました。NHKのBS放送ができるまで この島にテレビはなかったようです。2階は無料の展望デッキになっていて自由に 出入りできます。

 空港の職員の方は、RACが農協に仕事を委託しているらしいです。荷物の積み込みは 右の写真のようにトラックで行います。部屋の中にトラックが入っていてなんか変な 感じ。

   滑走路は1500mでDHC-8にはやや長めで余裕があります。グルービング(深い溝)を施して 、重さに耐えられるようにすれば737クラスのジェットでペイロードを下げれば着陸 できるかもしれません。あくまで推測です。

北大東島滞在30分
 北大東が見えた  いよいよ着陸
 南大東島と北大東島は10数kmしか離れていませんが、今までは毎年どちらかの島で開かれる運動会 のときだけしか大きな交流がなかったようです。しかしながら、空港が大きくなってRACでは毎日 南大東−北大東間に定期便が飛ぶようになりました。ただ、一方向のみです。おそらくこれが 日本最短飛行距離のRAC835便、836便だと思います。運賃は大人片道で6460円。

 実際に飛んでみると、飛行時間は3分。1554に離陸、1557に着陸。高度も300mくらいまでしか上げないようです。南大東 空港からふわりと浮かび、少々左旋回すると北大東空港滑走路のPAPIライトが視認できました。 アプローチするときに、長幕(ながはぐ)と呼ばれる崖が見えました。


 左:RAC848便ボーディングパス

  北大東空港で30分待って、再び乗り込む。


 
 南大東島で20人くらい搭乗しました。この南大東−北大東−那覇便は日本でも珍しい 途中寄港タイプの路線。北大東島に寄っても値段は同じなので、ぜひとも乗りたいです。 曜日によって違うので、このために設定したようなもの。同じような経由便は、もう一つ JTAの石垣−宮古−羽田・関空便と、HACの釧路−旭川−函館便に見られます。

 北大東島滞在の30分は機内から下ろされ、荷物の積み込みが行われます。ここでは いすゞ自動車のエルフが活躍。パイロットのお二人も、お茶のみを兼ねて詰め所に立ち寄り ブリーフィングしていました。

 北大東空港で満席になり1639、フルペイロードで20秒ほど走ると重そうに離陸。進路を南に向け南大東島上空を 通過して那覇を目指します。パイロットアナウンスから3000mの高度を時速410kmで飛行中。外気温は−3℃。 定刻に那覇に到着しました(1743)。


南大東島関連の書籍
南北大東島に関する書籍や論文は思ったほど多くありません。地理の卒論 などでは、調べることがたくさんありそうです。以下に関連書籍を並べてみました。
大沢夕志・大沢啓子(1997):「南大東島自然ガイドブック−オオコウモリと水辺の島を歩く」.ボーダーインク、 63p.800円.4-938923-54-8.

 南大東島の自然に関するバイブルともなっている書籍。ご夫婦での共著です。 薄いのですが、内容は 盛りだくさん。私はこの本を数年前に那覇で買い求め、電車の中で幾度と無く読んできました。 足の短い大東犬などの話題も楽しい。次の宮脇俊三氏も参考文献に挙げていました。

宮脇俊三編著(1998):「鉄道廃線跡を歩くV(5)−消えた鉄道実地踏査60」.JTB.224p. 1700円.4-533-03002-5.

 さとうきび列車の廃線跡を宮脇俊三氏が訪ねたところ。南大東島に関する 記述は最初の数ページしかないが、紙質が非常によく写真もきれいなので 読んでいて楽しいです。巻数がたくさんあるので、出版社に注文するときは きちんと指示した方が無難です。

奥土晴夫(2000):「南大東島の自然」.ニライ社.135p.1800円.4-931314-40-6.

 大阪生まれで琉大生物学科出の著者の方が、赴任先の南大東島で撮影した 珍しい固有の生物に関することがメイン。写真が美しく、至る所に奥様と思 われる方のかわいらしいイラストが挿入されています。ジュニアにもわかり やすい本。

沖縄地学会編著(1997):「沖縄の島じまをめぐって−増補版」.築地書館.228p.1800円.4-8067-1033-4. 164-168p.

 各県シリーズの地学ガイドのひとつ。この沖縄バージョンは数年前に改訂 されたようです。沖縄各島の地質に関する露頭観察がメインで、残念ながら 南大東島に関する記述は5ページだけ。学生同士でエクスカーションする 場合には有効です。築地書館は地学関連の出版物を出しています。

中村武久・中須賀常雄(1998):「マングローブ入門−海に生える緑の森」.めこん.234p.1500円.4-8396-0117-8.27p. 沖縄南大東島の大池のオヒルギ.

 マングローブに関する記述が多数あります。カラーのページは口絵だけと 少ないですが、紙質がよく装丁がしっかりしています。27pにコラム的に 南大東島のオヒルギに関する記述があります。

  財団法人日本離島センター編著(1998):「SHIMADAS−日本の島ガイド」.日本離島センター.1151p.2800円.4-931230-14-8.1002-1008PP.

 ご存じ日本の島のカタログ。南北大東島に関する記述は多く、非常に詳しい、。 この1冊でも島の生活まで詳しくなれます。

目崎茂和(1988):「南島の地形」.沖縄出版.158p.2800円.ISBN未割当.

地形学が専門の著者が、琉球新報の夕刊に連載した沖縄の特異な地形群についてトピック的に解説したカラーで美しい書です。南北と沖大東島の記述は全部で6ページもあり、解説がわかりやすいです。また、写真も新聞に掲載するだけあって美しいです。紙は光沢のあるやや厚いコート紙です。 残念ながら在庫僅少で、トーハン・日販・地方小といった取次経由では入手が困難なので、図書館で探されてみてください。

河名俊男(1988):「琉球列島の地形」.新星図書出版.127p.1800円.ISBN未割当.

上記の目崎先生とともに河名先生も琉球大で長い間教鞭をとられている(た)ようです。上記の書と 全く同じ年に発刊されたもので、どちらかというと地形形成過程が詳しくわかります。南北大東島関連の記述は、第6章の58ページから67pまでの10ページもあり、開拓、珊瑚礁、北大東島のボーリング調査、赤道付近から北上してきたこと(地磁気)、隆起のことがイラスト入りで詳しくわかります。 目崎(1988)とともに蔵書したいものの、こちらも在庫僅少で手に入りにくいようです。

岩堀春夫(1983):「南の島のシュガーライン〜専用線の機関車(9)」.雑誌:鉄道ファン.Vol.23-12(通巻272号).交友社.89-93p.

 鉄道に興味が無くなって久しいが、南大東島のサトウキビ産業を支えた鉄道遺産は、鉄道好き ではなくても知っておくべき価値があると思う。今から20年くらい前の記述になってしまうが、 DHC-6ツインオッターで、会社を気にしながら出かけて写真を撮る筆者の不安がよくわかる。 簡単な路線図のみの掲載となっているが、機関車の形式写真、タンクに積載されたサトウキビの [糖液](これは私が作った言葉)を運搬する様子がわかる。大きい図書館や、古本屋で求めて 是非ともご覧いただきたい。(全ページ−モノクロ)

原 眞一(2002):「南・北大東島の動向と近況報告−地誌教材の視点を加味して」.地理月報(二宮書店刊),No.466.7-9p.

 二宮書店から刊行されている地理教員用の冊子に、掲載されている。都合3ページであるが、よく まとまっている。南大東島は、大学入試センター試験にも登場し、地理畑の人で興味を持つ方も多い。1.モノカルチャー・チャンプルの島の開拓百年、2.「さとうきびの島」の人口・産業経済の動向、3.島の特性と課題を見つめる、4.離島と地理教育という4つのアイテムから構成されている。


2002年4月8日補訂

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