レッカーが2人の前に止まった。降りてきたのは伝説的な男、ギャングスタ・ホンダ(以下

ホンダ)だった。実はロッドはこのホンダの顔を見たのであれほど焦って逃げていったのだ

が、とうのホンダ本人はロッドに対して何もそういった感情は抱いていない…。

「ホンダさんじゃないっすか〜」

ブライアンが親しげにそういった。

「こんなとこでエンストだなんて全くついてねぇなぁ、ブライアン」

「いや、エンストしたのは俺のじゃなくて、こっちの車っすよ」

ホンダの言ったことにブライアンがそう返した。

「そうか、しかしアンタもついてねぇなぁ、おっと、名前は?」

ジョニーにホンダが話しかけた。

「仕方のないことです、あ、名前はジョニーです。それと牽引のほうお願いします」

「任せてくれ、近くに「サウスサイドファクトリー」いうところがあるんだが、そこで預

けるってことでいいかい?」

「構いません、あとそのショップの連絡先を教えてください」

「おお、これこれ。この名刺に書いてある住所と電話番号に書ければ連絡つくから。

ところでアンタこっからどーやって帰るつもりなんだい?まさか歩きなんてこと…?」

この問いかけにブライアンが答えた。

「俺がPAまで乗せてくから大丈夫っすよ」

ジョニーはブライアンに「助かるよ」と一言感謝した。


ジョニーの車は無事レッカー移動も済み、ブライアンはジョニーを箱崎PAまで送っていった。

そのままジョニーは仲間の車に乗り家路に向かっていき、ブライアンたちもミーティングを

終えてそれぞれ家路に着くところだった。だがPAでは相変わらず熱が冷めないようで、

大型モニターを搭載したステップワゴン(ちなみにこれはDOPE MAN INCの車で、メンバー

の1人がギャラリーポイントで撮影し、その映像をブロードバンドでこの車に送っていた)に

未だ離れようとしなかった。

DOPE MAN INCのメンバー達が相変わらず今日の短いバトルについて語っていた。

「お楽しみは次ってわけか」

ふとショーン・ナイトロがこぼした。決着の付かなかったバトルに、多くの人がまだ不完全

燃焼だったようだ。

首都高を抜け、外環と一般道を通り家路に付いたブライアン。家に着いたのは夜中の3時。

また明日も仕事かと思いながらベッドに向かった…。



午前7時。目覚ましでブライアンは目を覚ました。今日は4時間寝られたからまだマシな

ほうのようで、ヒドイ時は一睡もせずそのまま仕事に向かうこともあるとか。しかしやっぱり

体も頭も非常にだるくて仕方がなかった…。

朝は決まってテレビをつけるのではなくて音楽を流す。音も漏れることがないので、とに

かくボリュームを上げて好きなヒップホップソングを流している。たまたま見つけた倉庫のよ

うな風貌の家は、ガレージと家が合体しているのでベッドからでも車が見える。シャワー

を浴び、顔を洗い、朝飯を済まし、歯磨きをし、そして着替える。最近買った新品のDICK

IESのツナギは見た目もカッコいいとかなり気に入っているようだった。準備が整って、愛

用のティンバーランドのブーツを履き、勤務先へ向かっていった…。



午前8時半、既にショップではいつものメンツが揃っていた。工場長のゲンタ、同僚のリョウ、

そして工場唯一の紅一点アユミ。実は彼女DOPE MAN INCの所属で、週2日ここでちょっと

した小遣い稼ぎをしている。見た目で惚れてしまう男は数多いが、性格はかなり男っぽい

ので彼氏は未だなし。つりあう男が見つからないんだとか。そんな彼女がブライアンに

挨拶した。

「おはよう、ブライアン」

「ちぃっす。(あくびをし)そっちの調子どう?」

少し眠そうな声でブライアンが切り返した。アユミがまた話を続けた。

「絶好調とはいえないけどまぁいいって感じ。聞いたよ、またロッドとやりやったんだって?」

「別に大したことじゃなかったけどな、ま、いつものことさ」

「アイツ最近益々調子こいてるから一発ヤキ入れてやりたいよ、あの**野郎」

「そのキモチよく分かるぜ、けどまぁあんまり癇癪起こさないほうがいいぜ、ただでさえ

「アユミはキレるとヤバい」って評判だから大変なことになるだろうしさ(笑)」

ブライアンがそうジョークを言うと、今度は間にリョウが割って入った。

「おう、またバトルでもしたみてぇだけど…、ってか少し顔色悪いぞブライアン」

「大丈夫、全然余裕、マジで」

そうブライアンは言ったが、全然余裕なわけがなかった。

「やっぱ顔色悪いぜ、今日は休んで家でゆっくりしろよ。俺がゲンタさんに言っとくから」

リョウが声をかけてくれた、ブライアンは少し嬉しかったが休むのも申し訳ないと思った。

「大丈夫、けどもしゲロでも吐き出しそうになったらそん時は言うからよろしく」

「おいおい、ブライアン。キモチはマジ嬉しいけど客の車にゲロだけは吐かないでく

れよな(笑)」

今日は車検で1台、それに改造で2台予約が入っていた。ブライアンとアユミは改造の仕事

を、リョウは車両の点検をしていた。アユミは相変わらず男顔負けの仕事っぷりで、重い

大径ホイールも難なく持ち運んでいた。リョウはとにかく仕事熱心な男で、車検も改造も

決していい加減な仕事をしない。そんなマジメなリョウに対しブライアンはいつも感心ばか

りしていた。


午後7時、一日の仕事が終わった。なんだかんだ言って体調が懸念されてたブライアンも

無事仕事を終えた。リョウとアユミがなにやらテレビを見ながら雑談をしていた時、ゲンタが

話をかけてきた。

「今日はお疲れさん、随分体調が悪そうだってリョウから聞いたぞ、大丈夫か?」

「大丈夫っす。まぁ、今はとにかく寝たいけど(笑)」

「今日は家に帰ってゆっくり休んだ方がいいと思うぞ。ところで昨日はどうだった?」

「相手のエンジンがブローしておしまい、まぁ仕方ないっすね」

「そうか、ま、次はがんばれよ」

「ういっす」

と、ここまではいつもの会話だったが、この後ゲンタが質問をしてきた。

「ところで、最近の首都高はどうなってる?」

「まぁなんていうか相変わらずって感じっすね、新四天王の座も変わらないみたいだし」

「新四天王か、どんなヤツだか俺も気になるな」

四天王…首都高には主に環状線、湾岸線、横羽線、新環状を代表する4人の走り屋

がいる。実はかつてゲンタはこの四天王の中の1人と呼ばれていた時期があった。またブラ

イアンの走りの師でもある。四天王はこれまでクセモノが多く、妬み恨まれていた

が、ゲンタは例外でどの走り屋にも支持がとても強かった。彼を嫌い妬む人間のほうが

珍しかった。そんなゲンタをブライアンも信頼し、またゲンタもブライアンを弟子として可愛

がっている。ちなみに現四天王で嫌われているのは1人だけで、それは…、後ほど明らか

になると思うので今は伏せておくことにしよう。

今日のブライアンは本当にクタクタだった。片付けを終えて、工場を出たときにはもう夜1

0時半を過ぎていた…。


午後11時、今日は特にチームのミーティングもなかったので家でゆっくりすることにした。

普段はあまりテレビを見ないブライアンだが、この日は珍しくテレビをつけた。以前録画

してあったF1を見るためだった。この日のレースはブライアンの好きなホンダが活躍

していたレースだったらしいので非常に楽しみにしていた、しかし結局疲れが残っていて、

テレビの電源が入ったままそのまま寝てしまった…。


ふと目が覚めた…ここはどうやら山…というか峠道のようだ…。夜だから明かりもほとんどない

し暗いから前が見えない…それに車の通りも全くなかった…。と思ったそのとき突然ブライ

アンの前方で大きな爆発音が聞こえた…と同時に大きな炎も見えた…。とても耳が痛かった

・・・けど同時に少女の泣き声も聞こえた…「助けて!誰か助けて!」と…。助けようと向

うブライアン…しかし走っても走っても現場に届かなかった…それでも必死で走り続けた…


目が覚めた。まだ目覚ましも鳴らない午前6時だった。ブライアンは冷や汗をかいていた。

そして非常に心配な気持ちになった…あの子はどうなったのか…あの子の親は大丈夫なの

か…そんな思いが頭をよぎって仕方がなかった。しかし自分の記憶にそんなことは今まで

ないのにどうして夢に出てくるのだろうとも思った…何故?

起床時間まであと1時間あったが、眠ることができず結局起きてしまうことにした。

今日は休みだった。外は晴れていてとてもすがすがしい朝だった。たまには朝マックでも

しようと、ブライアンは部屋着のスウェットのままガレージの扉を開けて車に乗った。

マクドナルドに来ることはしょっちゅうだった、よく首都高を走った後、近所の24時間営業の

マックで、チームメンバーの誰かと夜食をとることは1つの楽しみとなっていた。この日はドラ

イブスルーでなく珍しく店の中で朝食をとることにした。

とそこに1人の男がいた、どこかで見たことにある顔…そこにはHARDCORE DRIFTERZの

リーダー、ユウジロウがいた。1人で食事している。きっと会社に向かう途中に立ち寄った

のだろう。休日だというのに忙しそうだ…、と思いながらブライアンは話しかけた。

「久しぶり」

「おお、ブライアンかぁ。いやぁ久しぶりだね〜」

「調子どう?」

「まぁ、いいといっちゃいいよ。いや、よくないかな…この前新しく買ったレースゲームに

夢中になっちゃって最近睡眠不足気味なんだよ〜」

ブライアンは微笑を見せた。ユウジロウは東大卒のエリートだが、人を学歴で判断しない男

だった。見た目はちょっと変わっているが人当たりはよく、首都高にも友達が多い。ブライ

アンとも親しく、よくバトルもし合ったり一緒に酒を飲んだりと交流も深い。

「ところでチームのみんなは元気?」

ユウジロウがブライアンに質問した。

「相変わらずって感じ(笑)シンジはシンジで自分の愛車のDIYに夢中だし、コウジは未だに

エミネムしかヒップホップアーティスト知らないし、アイツの聴いてる音楽はマニアックで

さ、俺もついていけねぇんだ全く(笑)」

「へぇ〜、あとこの前ミカとシンジが別れたって聞いたけど本当?」

「別に付き合ってたわけじゃないぜ(笑)ま、そういう素振りは見せてたけどね。ミカは

もう新しい彼氏できてるみたいだしね」

「やっぱり噂だったんかぁ、ところで君はどうなんだい?」

「俺?俺は相変わらずストリート一筋って感じ。ま、彼女もそりゃ欲しいけど…

ユウちゃんは?」

「この前アユミに1人紹介してもらったんだけど、やっぱり友達止まりでさ。

友達でいてほしいけど、恋愛対象としては僕を見ることは出来ないってさ」

「信頼されてるってことじゃない?それ。相談相手になるってのも凄く大切だと思うぜ」

とそこに、タイミングよくアユミがやってきた。今日はやけに知り合いとよく会うとブライアン

は思った。

「あら、ユウちゃんおはよう!」

「やぁどうも、…元気してた?」

「あたしは相変わらず元気だよ、ところでこの前の子とはどう?付き合えそう?」

「それは残念ながらなさそうだよ〜、けど友達にはなれたからよかった」

「残念だね、あたしももっとユウちゃんと気の会う人紹介すればよかった、ごめんね」

「そんな謝ってもらう必要全然ないよ〜、ホントいつもありがとう」

3人とも会話が弾んだ。意外にもユウジロウはDOPE MAN INCのメンバーと非常に仲が

いい。彼が音楽活動をやっているということもあるだろうが、やはり彼の人間性がどれだ

け温和なのかがよく分かる。



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