深夜1時を回り、常に渋滞だらけ首都高は豹変する。多くの飢えた野獣たちが獲物を

求め深夜の首都高を徘徊し、朝になるまで命を懸けたバトルを仕掛けてはまた仕掛け、

そして普通の生活に戻る。端から見れば奇妙なことをしているようにしか見えないが、

彼らにとってはこういった生活こそが日常だ。天国への切符を何時だって切られるにも

関わらず、彼等は走る。何のため?自分のため?答えなんてない…ただ走るだけ…。


深夜12:00、箱崎PA。新環状左回り。

「今夜のバトルは面白くなりそうだな」

そう語るのはここらじゃぁ有名なストリートレーサー兼ラッパーのショーン・ナイトロだ。

多くのラッパーやHIPHOPファン、それに同胞の走り屋達に敬愛される彼は最強のGT-R

乗りとして知られている。一度引退したのだが、ココ最近起こっているGT-R勢力の弱体

化をどうにかしようと再び復帰。自身のレーベル「DOPE MAN INC」より集めた精鋭た

ちと共に首都高制覇を狙っている。

今日はこの後行われるバトルのギャラリーを後輩ラッパーのノブユキとしにきたようだ。

「ハチロク対シビックっていうより完全にジョニーとブライアンの頂上決戦といったほうが

正しいだろうな」

ショーンの独り言に一緒にいた後輩のノブユキが口を挟む。

「…ジョニーとブライアンって誰です?」

「ジョニーってのはハチロクに乗ってるヤツで、ブライアンはシビックに乗ってるヤツ

のことさ。俺はどっちかっていうと今回のバトルはブライアンが勝つと思ってるんだけど、
  
ジョニーも相当マシンを入れ込んでるらしいんだよな、まぁそりゃ金持ちのボンボン

のハチロクとあっちゃ相手がスープラであろうとブッチギリだろけどな」

「へぇ〜、しっかし今時ハチロクに乗ってるなんて随分銭稼いでるんすね、相場見たけど

希少価値があまりに高すぎて値段がうなぎのぼりらしいし…」

2人が話しているうちにジョニーが到着した。黒塗りのハチロクレビン2ドアが彼の愛車だ。

貿易で成功した大富豪の息子で、小さい頃からレースのノウハウを叩き込まれ、かつて

はプロデビューさえ噂されたほどの実力の持ち主であるジョニーだが、何故かココ首都高

で毎晩バトルをしている。そのワケは誰も知らない。

そしてそのジョニーとバトルするのが、ブライアンというイギリス人。地元ではストリート

ライダーをやっていたが、あることがきっかけで突然来日、ライダー上がりだけあってあっ

という間に四輪でのスキルを上げてきている。事実彼のおかげで所属するチーム「Yellow

Flames」は物凄い躍進をしたとさえ言われているんだとか…。

「君がブライアンか、よろしく」

「ほう、アンタがジョニーか。ってか今時金持ち位しかハチロクは乗れないっていうけどまさしく

そーだよなぁ、アンタ見てると余計にそう思うぜ、相場もハチロクはハンパねぇしな」

「ん…?」

「おっと、口が滑ったみてぇだな、いやぁてっきり金持ちの道楽かと思ってさ。最近流行ってんじゃ

ん、なんだっけレストアだっけ?」

「ふん、…まぁバトルも終わればどう態度が変わるのか楽しみだな」

「それは俺じゃないけどな、アロンソ(←F1レーサー)みたくアンタのハチロク

ブッチギってやるぜ」

早くも互いに噛み付く素振りを見せた2人、今夜はヤバいことになりそうだと誰もが思った

シーンだった。



マシンに乗り、エンジンをふかすことで互いを挑発し合う2人。車内からブライアンは窓を開け

「YOYO!ハチロクが速いのはイニシャルDだけだぜ!リアルストリート首都高

じゃミゾ落としは通用しないぜ!豆腐の配達なら俺のほうが全然速いぜにーちゃんよう!」

とジョニーに向かって挑発するかのごとく叫んだ。ジョニーは何も返さず、車内から

ただブライアンのほうをじっと睨んでいた。

PAを出て、カウントが始まろうとしている。



ここで最近の首都高シーンでメジャーとなっているバトル方式を説明しよう。

各車種にはそれぞれ「スピリットゲージシステム」というものが付けられている、これは

TVゲーム「首都高バトル」シリーズでお馴染みになった「スピリットポイントバトル」が

ベースとなっていて、それぞれに「スピリットポイント」がありそれが全てなくなってしま

ったら負けとなる。基本的に敵の前に出ることでスピリットポイントを減らすことが可能

だが、自分も相手に接触したり、一般車や壁に接触若しくは激突した場合は減ってしま

う。なので一発逆転ということも十分ありえるということになり、非常にスリリングなバトル

が可能となる。制限時間はないので、バトルによっては30分以上も駆け引きの続いた

場合もあったという。

バトル開始の合図は「3,2,1,GO!」というスピリットゲージシステムから出される声で

示される…。両者のマシンが2レーンの新環状それぞれ並んだ。


「3,2,1,GO!」

バトルが開始された!両者とも全く譲る気配なしだ。

2台並んだ状態からまずジョニーが前に出た。ブライアンは敢えて相手との距離を置く作

戦に出たようだ。

ちょっとしたウンチクだが、実は2人の走りのスタイルは全く異なる。ブライアンはFFなが

らハイパワーエンジン(彼のシビックはボルドインターボによって450馬力までパワー

アップしている)を活かしたドリフトをバリバリかますタイプだが、ジョニーはかつてドリフト

マシンとして有名だったハチロク(ちなみに彼のハチロクにはアメリカでは伝説のエンジン

とまで言われている2JZエンジンが搭載されている)をきちんとグリップして曲げるタイプ

なので、ほぼ対極しているともいっていいほど相反しているのだ。

それだけにこのバトルの注目率は非常に高い。ただでさえ首都高のナイトシーンはここ

数年、海外勢の進出もあって非常に盛り上がっているが、今回は特に凄い。ウワサによ

れば路肩にいるギャラリーの中にはモータースポーツ関係者もいるとか…。


バトルのほうは相変わらずジョニーがリードを広めている。しかしブライアンも負けじと後ろに

ピッタリ張り付く。勝負は環状線にまで持ち込みそうだった。環状線という場所では抜き所

が少ないので前に出たほうが有利だろう、と考えていたジョニーであったのだが、

当然前に出ることはそれだけプレッシャーも並ではなく、また首都高という場所は夜

も車が少なくないわけではない。逆に前の車に張り付いていれば後ろの車は一般車両

の処理をしなくてもよく、バトルに集中できる。またずっと後ろに張り付いている場合、SP

ポイントが減ることもほとんどない。

2台は環状線外回り方面へと向かった。

何より危険地帯が非常に多い銀座線でブライアンは決して前に出ようとはしない。道も広い

とはいえないココで、前に出てリードを広めようなんていうことはそれでこそ危険なことだと

誰もが承知していることだった。勝負は銀座線を抜けてからとなりそうだった。

だが危険地帯の多い銀座線を抜け、分岐点をまっすぐ行こうとした瞬間だった…。突然ジョ

ニーのマシンからモクモクと煙が上がった。その煙はやがて大きくなり、次第に辺り一面

を覆ってしまった。これにビックリしたのはジョニーだけでなくブライアンも一緒だった。

「(マジかよ…)」 ブライアンは思わずそうつぶやいた。

車を端に停めるジョニーとブライアン。突然のアクシデントに一般車両のドライバーからも

視線が送られる。

「こりゃハナシにならないな、すまない、しかしなんで…」

一言漏らすジョニーに、ブライアンがこう切り替えした。

「ドンマイドンマイ、2JZエンジンみてぇなエンジン載せてれば

こういうこともおきるって、まぁ俺はトヨタのことはよく知らねぇけど…」

「それもそうだとは思うが、しかしもっと対策が必要だな、全く情けない」

レッカー車を呼ぶため携帯電話を使うジョニー。その姿にはどこか寂しげなものがあった。

とそこに1台のレガシィが近づいてきた。前方に停止したかと思えば、いきなり窓を開けて顔を

出した。ジョニーたちに向けて野次を飛ばしてきた。

「おいおい、いまどきハチロク乗ってるヤツだなんていたとはな、ダッセー」

そう挑発してきたのはロッドという男。「DA BOXING」の自称NO.2で、首都高シーンきって

の問題児だ。喧嘩の数も多いが、これまでほとんど負けてきたというウワサも…。

「そのデカイ口は俺に勝ってからにするんだな、フェイクギャングスタのチキン野郎、おっとワンク

スタのマチガイだった、失礼坊ちゃん」

ブライアンが反撃した。ロッドがまた言い返す。

「俺がお前みたいなアマとは違うってこと知ってんのか?俺がこの辺走ってたら走り屋

気取りの坊主が皆道を空けていくんだ、「首都高のREAL GANGSTA」といえば皆俺の

名前を挙げるしな。そんな俺に…」

「それだけが自慢の種だもんな、けどお前は地元の893やギャングスタを発見すると

とっさに尻尾巻いて逃げることしかできねぇらしいって有名じゃねぇか。そうだ、お前ギャング

のヘッドやってたとかパチこいてたらしいな、これだから**は…」

「この野郎!調子こきやがって!いいか、俺は関東最強の…」

「関東最強?最弱のマチガイじゃねぇの?そうだ、お前のオムツってパンパースなんだろ?サイド

ガード付きだからお漏らしの心配もないってCMでやってたけどどうなんだよ?」

「てめぇ…!!」

一触即発な状態の時、ジョニーのよこしたレッカー車がやってきた。何故か慌てた様子でロッド

が口を開いた。

「…おい、今日のところは勘弁してやろう、だが次に首都高で逢ったときは俺のケツを舐める事

になろうだろうけどな、覚悟しとけ」

「お前のケツは**付きだってご評判だから楽しみだぜ、ママにそのケツ拭いてもらえよ」

「てめぇ、マジで次見かけたらぶっ殺すぞ!」

と捨て台詞を吐き出し、ロッドは闇に消えていった。

「全く、とんだ命知らずだな、君も」

ジョニーがそう話しかけてきた。

「あんなヤツショボすぎて相手にならないぜ、この前なんてHARDCORE DRIFTERZ

のトモさんに喧嘩売ってボコボコにされてたしな、バトルじゃ亀のほうが速いって評判だぜ。

アイツジャックさんに同情されて拾われたことを認められたって勘違いしてから益々調子

こきやがってんだよな」

「そうか…まぁ僕はああいうヤツは無視する主義でね」

「アンタどこまでも中立主義だな(笑)」

「モメゴトはキライでね(笑)」

2人の間には不思議と友情が生まれていた。さっきはあれだけ睨みあっていたのがウソ

のようだった。性格こそ違えど、2人は何か共通するものを見つけたのかもしれない。






次へ