運営者 つまり、日本の組織のしかるべき立場にいる人たちは、自分の頭で物事を考えなくてもすむようなシステムになっているというのが問題だと思うんです。
飯坂 それは、まったく単純な見方であって、というのは、われわれは先人の蓄積を理解して、自分のものにして、それに付加価値をつけていくわけですよね。
運営者 それができれば十分じゃないですか。
飯坂 それを、単純化してませんか。「自分の頭で考える、考えない」っていう言い方は?
運営者 なるほど、その通り。まったくご指摘の通りですよ。非常に鋭い指摘で、ホントにその通りだと思いますね。
「自分の頭で考える」というと偉そうに聞こえるけれど・・・。
飯坂 「偉そう」ということではなくて、本質をついてないんだよ。
運営者 その通りです。つーか、「ついてるのなら頭を使えよ」ってことですよ。
「考える」ってのはどういうことかというと、誰かがすでに考えておいてくれたことがあって、そういうこと同士や、自分が見たり聞いたりして知っている範囲の現実を、頭の中でかけ合わせているだけのことなんです。
それがひらめきの正体だと思います。
飯坂 それをかけ合わせて、その結果が「よいのか悪いのか」を分析するだけでも立派な業績だと思うけど。
運営者 だからあ。それすらやっていないというのが、僕がさっき言った「自分の頭で考えていない」という意味なんです。
頭の中で、「これとこれをかけ合わせようか」と考えるときには、必ずその両方がどのような意味を持っているのかということをきちんと解釈しているはずです。そこを判断をしている。
飯坂 自分が勉強してきたから、その意味を判断することができるんです。
運営者 判断をしない人間は、せずにすむ環境にいるんですよ。祭り上げられてしまった上司は、そうやって判断力を失ってぼけていくんだと思います。
2つのものの意味を判断して、その2つを足し合わせたらどうなるかを、頭の中で考えてみるわけです。それですべてなんです。
飯坂 足し合わせて書き残す必要があります。
運営者 そうです。だから「考える」というのは、偉そうに言うほどのことでも何でもないのに、ここにたどりつくまでにわれわれは随分長い時間かかってしまっていると思うんです。
常に問題意識を持って、物事を見たり聞いたりしていれば、自然と問題の解決策は頭に湧いてくるはずなんです。
この話は2003年の話で古くなっているかも知れないし、そもそも酒飲み話だし・・・