フィクションはタイトルで泣け 第11回
終章 いいコンテンツにいいタイトルを
溜池通信編集長 かんべえ
http://tameike.net/
2000.5.14
作家が作品を構想するとき、先に題名から考えることは少なく、むしろプロットやキャラクターのアイデアが先にあって、それに合う題名を後から考えることが多いと思います。それこそ『日本沈没』のように、題名と内容が完全に一致するケースは別にして、作家は「この作品の題名をなんとつけようか」と考えることが多いと思います。
冒頭に書いた通り、題名は本が売れるかどうかの勝負所です。そしてこの連載が延々と書いてきたようなテクニックは、特段目をみはるほどのものはありません。気づいている人は多いと思います。にもかかわらず、どう考えても下手な題名をつけている作品は少なくありません。
最近唖然としたのは、『秘密』。映画化されて、広末涼子が主演したから救われたようなものの、内容によっぽど自信があったのでしょうか。おそらくは速やかに忘れ去られ、後日、同じ名前の作品が登場する可能性は低くないように思います。同様に、最近話題になった『日蝕』も、これで読者の印象に残ると思ったらいささか虫がいい。試しにその辺を歩いている人に聞いてみれば、「京都大学の学生が芥川賞を取った」という事実は知っていても、題名までは覚えていないと思います。いずれも新人作家らしい若気の至りではないかと思います。
沈滞気味の小説部門はこの際放っておくことにして、これだけたくさん出ているゲームソフトに名タイトルが出ないのはいかがなものでしょうか。カタカナ名前が氾濫するのはいたしかたないとして、いちばん売れているシリーズが『ファイナルファンタジー』(といいつつ次に出るのは9作目!)ではむちゃくちゃです。
子供が相手だと思って、『ドラクエ』、『ポケモン』『バーチャファイター』など、省略形の語感だけで題名をつけるのは、そろそろ限界じゃないでしょうか。そうそう、少し古くなるけど『信長の野望』はちょっといい感じでしたね。現在、若くて才能のある人は、小説家よりも漫画家よりもゲーム・クリエイターを目指しているはずです。このジャンルにおける名タイトルの登場を期待したいと思います。
これからはコンテンツの時代、などといわれているわりには、「いい題名をつける」という作業が軽く考えられているのは残念なことです。ホームページもしかり。アクセス件数が数十万を超える人気HPや、単行本になったものまで数多くありますけど、題名がコンテンツに追いついていないものが多いように思います。というか、題名を見ただけで読みたいと思わせるようなものが少ない。これも今後の課題でありましょう。
もう少し話を広げるなら、最近新しくできる会社の名前はなんとかならないものでしょうか。とくに金融界は「みずほ」だの「新生」だの、みずからの行員たちを脱力させるようなすさまじい新社名が連続しています。筆者が感心した新社名の唯一の例は「NTTドコモ」で、「ケータイはどこでも使えるからドコモ」と一発で覚えられます。社名は株価にも反映されると、経営者は肝に銘じて欲しいところです。
これが行政の仕事になると更に悲惨なことになります。浦和と大宮と与野3市を合併して「さいたま市」というのも、予想通りの落とし所ではありますけど、こんな名前を喜ぶ人が本当にいるのでしょうか。都営12号線だってそのままにしておけばいいものを、「大江戸線」ではあんまりです。「広く名前を募集して数の多いものを選ぶ」のは、無難なだけあって最悪の選択であることを強調しておきたいと思います。
誤解を恐れずに言わせてもらえば、いい題名をつけるという作業はある程度まではテクニックの問題です。「作者の思い入れ」とか「言葉に対する感性」などは邪魔になることの方が多い。むしろ必要なのは、「読者の側に立つ姿勢」とか「サービス精神」といった理詰めの思考です。この連載を長々と読んでいただいた方には、ご理解いただける考え方ではないかと思います。
最後に若干の自己宣伝をお許しください。筆者かんべえが運営しているHPは、『溜池通信』と申します。コンテンツとしては、毎週末発行のニューズレター、日記「かんべえの不規則発言」、書評欄などがあります。ここに書いたようなこととは似ても似つかぬことを日々、書いております。一度お立ちよりいただければ幸いです。
と、ここで「さんざん理屈こねた上に、自分のHPにつけた題名がそれか」という声が聞こえてきそうです。でもね、ひとつだけ自慢させてもらえば、当初からの狙い通り、今では「溜池通信」と入れればヤフーでもインフォシークでも一発で検索できるようになりました。『日本のカイシャ、いかがなものか』では、こうはいかないでしょう。ね、岡本さん!
それでは『フィクションはタイトルで泣け』はこれにて一巻の終り。さようなら皆さん、またどこかでお会いしましょう。