連載小説 カンパニー・1985 第10回
10月16日
その日の興奮を、僕は生涯忘れられないだろう。朝、ロサンゼルスから入ったテレックスは、プルードー湾プロジェクトにおける四谷重工と当社連合が一番札であったことを伝えていた。僕にとっては初陣であり、日下さんにとっては弔い合戦だった。
「殊勲賞は、今は故き日下、技能賞はロスの遠藤、それから敢闘賞は1年目の竹下少年だ」
藤原部長がそう言っていた、という話を後で聞いた。うれしかった。それよりもうれしかったのは、その日のうちに秋元さんに報告したときだ。
「さすがは竹下さんだね。10年たったら竹下さん、とこれから僕は歌って歩くよ」
いつものようにおちゃらけたあとで、秋元さんは深々と僕に向かって頭を下げた。
「おかげさまです」
その夜、僕は一人オフィスに残って残務処理をしていた。ふと気になってつけたテレビは、神宮球場のヤクルト=阪神戦を中継していた。
「今日の神宮球場は、松岡にとってすべて敵です」
甲高いナレーションの声が響いた。
すごい光景が展開されていた。神宮球場はレフトスタンドからライトスタンド、果てはバックネットに至るまで、阪神ファンの黄色い姿に埋め尽くされていた。松岡投手ならずとも、ヤクルト選手にとっては気が滅入るような状況だった。
「今日、勝つか、それとも引き分ければ、阪神タイガース21年ぶりの優勝が決まります」
偶然にもその夜、もうひとつのドラマが僕を待っていた。延長10回、幕切れ。引き分け。阪神、セ・リーグ優勝。
僕はそのまま仕事を放り出し、タクシーに乗って神宮方面に急いだ。球場の近くでは阪神ファンの群れが「六甲おろし」をエンドレスで歌っていた。どこのだれとも知らない人たちの輪に入って、一緒になって六甲おろしを歌った。大合唱のなかに、日下さんの姿があったような気がした。