エージング効果と劣化   オーディオの科学へ戻る

オーディオ機器を新しく使い始めるとき、エージング効果により、しばらくすると音が良くなるといわれる。車など機械物では慣らし運転(英語では Break-in)といわれ、全くの新品より、少し使い込んだほうがスムースに動くことなども同じことであろう。

実際、スピーカーや楽器などでは、いい加減な耳の持ち主の私にも良くわかるほどにエージング効果が認められる。そこで、この現象を少し物理的な側面から考えて見る。

ここでは、具体的に紙コーンのスピーカーについて考えて見よう。スピーカーのコーンやエッジに(少なくとも昔は)紙コーンが使われることが多い。これはパルプ繊維間の摩擦で振動のエネルギーを吸収し、固有振動を抑えてくれるからである。これを内部摩擦というが、内部摩擦の大きさは繊維の絡まり具合や、繊維のケバ(ギザギザ)などにより変化するだろうと想像できる。そうすると、製造直後の不安定な状態から振動が暫く加えられると、ケバや繊維の突起が取れ、安定な状態へ変化していくものと思われる。恐らく、スピーカーの場合、過制動の状態から適当な制動状態に移行していくのではないかと思う。ベテランの設計者はそこを見越して製造しているはずである。ただし、このような経時変化は無いに越したことがないので、最近の新素材を使う場合は(音がいいかどうかは別として)初めから最適な制動状態を実現しエージング効果は出来るだけ生じないようにしているの場合が多い。(私の経験では昔の紙製コーンのスピーカーの方がエージング効果が大きかったような気がする)

もう少し一般的に、摩擦がその性能に影響を及ぼす場合、例えば機械物の慣らし運転の効果を考えてみると、切削直後、あるいは機械研磨後の金属表面はかなり鋭い微小な凹凸が(ギザギザというべきか)あるはずである。このような凹凸も、運転を始めると鋭い部分は比較的早期になまされスムーズな動きが実現するものと思われる。

ここで注意する必要があるのは、エージング効果と劣化(あるいは疲労)との違いである。どちらも、特性の経時変化であるが、エージング効果は比較的短時間使用することによる変化で、プラスイメージで捉えられる現象であるのに対し、劣化の方は、長時間使用することによる変化で、材料そのものが変化する場合、大きく摩滅してしまう場合など、普通性能を落とす方向に働く。いずれの場合も、材料や使用条件、環境により大きく左右され、またエージングと劣化の区別も付けにくい場合もあり一概にはいえないのはいうまでもない。

最後に、最近よくいわれるケーブルのエージング効果について考えてみよう(別に、ケーブルに恨みがあるわけではないが、この分野では、材料科学のの立場から見て、極めて非科学的な議論が横行しているので一言)

金属については、先のの機械の例など、表面状態の変化などによるエージング効果は期待出来るが、電流を流すことによる、伝導特性に対するエージング効果は期待出来ない。しいて考えれば、銅線を折り曲げたりすることにより、導入される転位(ケーブルについての3つの迷信の項参照)による電気抵抗のわずかな増加が、電流を流すことによる温度上昇がもたらす焼きなまし効果によって減少するということが考えられるが、このような効果が仮にあるとしても、定量的に考えると別項で散々議論した、純度のよる抵抗変化よりずっと小さく問題にならない。もちろん、構造が変わるわけでもないのでケーブルそのものの伝導特性は経時変化しないと考えてよい。また、絶縁体に使われる高分子材料にしても最近のものは短時間で劣化するとは考えられずエージング効果は期待できない。なお、線材を作るとき、引き抜き法で所定の太さにするわけであるが、この時大量の転位が導入され、2,3%の抵抗増加が生ずる。しかし、この転位は電線として出荷する場合は焼きなまされほぼ消失しているはずである。このような処理をしていない線材を使う場合は論外である。

ただし、ターミナルとの接触抵抗については、多少の経時変化が考えられるので、その点について考えてみる。

普通、スピーカーケーブルなどではターミナルとの接触はネジによる圧着による場合が多いが、この場合、芯線同士、線とターミナルとの接触は決して点接触ではなく、圧力(応力)により、多少なりとも変形するので面接触になっている。

ところで、金属の変形は弾性変形(元へ戻る変形)と塑性変形(元へ戻らない変形)があり、前者から後者へ移行する応力を降伏応力という。銅、特によく焼きなまされた高純度銅あるいは単結晶銅はこの降伏応力がかなり低いことで知られている。恐らく、接触面では一部塑性変形を起こしているものと思わる。さらに、降伏応力以下でも、長時間で塑性変形するクリープ変形というのもある。普通高温でしか起こらないが、高純度銅の場合は室温でも生じる可能性がある。実際、だれしも経験があると思うが、一度硬く締め付けたつもりのターミナルが、時間を置くと、少しゆるくなり、さらに締めつけることが出来るようになるのは恐らくこのせいではないかと思う。(この分野の専門家に聞いたところ、高純度銅では確かに室温でクリープ現象が観測されるそうです)

ということで、もし経時変化があるとすればターミナルの接触抵抗の増加が考えられる。

ところで、そもそも接触抵抗がどれくらいなのか? ケースバイケースで一概には言えないが、きれいな表面をした銅線(酸化皮膜が十分薄い状態)をよく締め付けた場合の値は1mΩ(1/1000 Ω)以下のようである。ただし、締め付けが弱くなると簡単に一桁くらいは増加するそうである。(この部分、AF掲示板でのO-Yさんからの情報による)

ということで、ケーブル自身のエージング効果は考えられないが、接点抵抗は増加する可能性はあるので、時々ターミナルを締め付けなおすというケアーが必要である。

さらに、酸化の問題もあるが、これは使用環境にもよるが数年単位の劣化の問題でありエージング効果とは別問題であろう。

いずれにせよ、接点の変化を含めたケーブルの経時変化はいい方向(伝導特性の向上)に変わる可能性は無く、エージングで音がよくなったというのは心理効果に他ならないだろう。

もう少し付け加えると、何か(実際にはエージングなど起こりそうに無いケーブルなど)変えたとき、その時はそれほど違いがわからなくても、だんだん音が良くなっていくということがあるのではないでしょうか。(ケーブル関係の掲示板などでよくそのような投稿を見かけます) これは、そのもの自身の特性が変わったのでなく、聞き手の脳の方が適応していくと考えた方がよさそうです。特に、高価なものに変えたときには、良くなってほしいという強いバイアスがかかるのでそれに応えていくのではないでしょうか?つまり、脳のエージング効果の方が大きいのでは?