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AKIFUMI SHIBA 芝 章文
浮遊する磁場 荒井千春子
この絵の前に立った時、まず浮かんできたのは『死者の書』(折口信夫著)の冒頭であった。つまり、塚穴の底の死者が目覚めたときの第一声である。 有機的な陰りの中で、さまざまな光は、ふと、どこからか湧いてきた和音のように淡々と華やかさをにじませていた。 中心を設定することなく、また、焦点を結び合す直線の存在しない構成。豊かな色彩にも関わらず、いずれの色の優劣も定めない配置。絵の表面には、張り詰める緊張感も、激しい身振りも示されず、代わりに、微妙な均衡が緩やかに保たれているばかりである。 今やオブラード状に和らいだ画面の表層を一たん抜けてしまえば、その朦朧とした空間がたちまち私をとりこんでくる。 それでも諦めずにあぶなっかしい波乗りを繰り返していたら、画面に散在する光の間の距離が、次第に、自分のかつて経験した感覚;卵の温かみ、夜の樹、兎の目、遠い電話、蜂蜜の流れ、硝子の影 等によって補われ始めているのにふと気がついた。 そういえば『死者の書』は、こう結ばれていた;其は、幾人の人々が、同時に見た、白日夢のたぐひかも知れぬ。 1997年7月1日〜7月19日 オオヌキ アンド アソシエイツ個展カタログに掲載 |
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MAO - 2210597 キャンバスに油彩 150×150 cm 1997年 | ||||
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