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まだ人間じゃない (1992)早川文庫
まだ人間じゃない


小さな町 Small Town / フィリップKディック 訳:小川隆のあらすじ
初出 Amazing(1954.5) 原稿到着1953 短編 第58作

「あら?もう帰ったの?」
ハスケル氏は、かばんを放り投げた。

「...何とか、言ったら?」
「夕飯は何だ」

「まだ、出来ていないわよ。一体どうしたの?またラースンさんと喧嘩?」

ハスケルは胃を押さえ、台所で炭酸ナトリウムを飲んだ。
「引越しだ。ウッドランドを出よう!」

「夕飯は何が良いの?」
「何でも構わん。シチューの缶詰が有ったろう」

「気分転換にドンのステーキハウスに行かない?」
「今日はもう、他人の顔は見たくない。それに車は修理中だ」

「普段から手入れをしないからよ」
「なら、大事に、引き出しにでも、しまって置け!それに文句があるならGMに言え!」


ハスケル氏は、立ち上がった。
「どこに行くの?」
「地下室だよ」
「また?!あんな、おもちゃの何処が良いの...」


地下室には彼の作った線路があった。信号機、連結器、鉄橋に山や川...

それは町だった。

ぎょっと、するほど正確な、このウッドランド町の模型。

どんな通りも、店も、家も、消火栓まである。
ハスケルが長い歳月をかけ、細心の注意を払って造り上げた町。

それは、子供の頃からだった。
放課後に、少しずつ、少しずつ作って来た。それ以来の物だ。

ハスケルはトランスのスイッチを入れた。
ライオネル重機関車が、滑る様に動き、町の中を走る。

俺の列車。俺の町。
俺が作ったのだ。
フレッド食料品店の看板。これも俺が書いた。

これは、グリーン薬局。こっちはフレイジャー自動車部品店。


7歳の時だった。
父親が鉄道模型を買ってくれた。

それから、作り続け、今は43歳。
ようやく、完成だ。どこも、かしこも完全。


しかし、ハスケルは顔をしかめた。
毎日、俺は汗水流して働いてきた。

しかし、その結果は...
他の連中が、ボスのお気に入り達が、自分を置いて昇進して行くのを見ているだけだった。
年下の、派手なネクタイと、アイロンの効いたズボンで、満面の笑みを浮かべたイエスマンの
「おべっか使い」達が...ここは、そいつらの町だったんだ。

愛する我が町。

しかし、そこに暮らしているのは、この町に似つかわしくない、スノッブなデパート店員。
表面づらのカレッジ友愛会役員。偽善的な警官。
いや、バスの運転手も、それに、女房までもがだ!

そして、ラースン水道配管工務店。

その模型に触れると、昼間の事が蘇って来た。
「...ち、くしょう...」

ハスケルは思わず、そのビルをつまみ上げ、床に投げ捨てた。
靴で踏み潰した。

ハスケルは、その残骸を見つめていた。それから思い直し、新しい材料を持って来た。
そして、その跡地に新しいビルを建てたのだ。

『ウッドランド葬儀場』

して、やったり!とハスケルは喜んだ。
愉快だ。なぜ、こんな愉快な事に今まで気が付かなかったのだろう。


翌日、ハスケル夫人は、タイラー医師に相談していた。
「...なるほど、内向と退行の現象だね...その元にあるのは、劣等感...
   はけ口は、地下室の鉄道模型と言う訳か...典型的な症状だね...
   しかし、子供の頃からとなると、重症だ...ちょっと、見せてくれ......
   なるほど、こりゃ、すごい!こんな細かい所まで!見事だ!素晴らしい作品だ!」

「彼は手先が器用なのよ」
「鉄道は力のシンボルだ。男の子の憧れだよ。それにしても、この町は、凄いな。全く正確だ。
   驚くほど...あれ?こんな所に、葬儀社なんてあったっけ??気が付かなかった?」

「そんな事どうでも良いわよ。さあ、さっさと、上に戻りましょ。模型鑑賞よりも楽しい事があるんじゃないの?」
それを聞いたタイラーは、夫人を抱き寄せた。


ラースン社長は、あっけにとられていた。
「???何だって???もう一度、言ってくれ」

「辞めるのさ。給料の小切手は、家に送ってくれ」
「ハスケル!お前、変だぞ。顔色も悪い。思い直せ!おい!待てよ...戻って来い!」


「まあ、どうしましょう?こんなに早く帰ってくるなんて!」

「い、いやあ、ハスケル。本を借りてたんで、返しに来たんだ。もう帰るよ」
「そうかい」
ハスケルは地下室へ降りて行った。

「どう、どうしたの。一体、どうして、こんなに早く帰って来たの?」
「辞めたんだよ。これでラースンとも、おさらばさ」
「......」

「あの人、分別をなくしちゃったわ!」


さて、次はどうしよう...そうだ、さっき帰り際に見かけたあの店だ...
   『モリス家具店』...いつも、とかした髪と、うすら笑いの店員。買わないとなると、
   途端に見下し始める、こいつに相応しいのは?...よし、これだ...『リッツ 靴磨き店』...
   潰れた高級家具屋の跡地に相応しい奴だ...ははは...

お次は誰だ?エドの大邸宅!そうだ、あの家の犬ころめ、俺に噛み付きやがった...
それから、ハリスン電気店、あそこの店員は...


「...ねえ、本当に、会社を辞めたの?どうして...」
妻が心配そうに尋ねた。タイラー医師も一緒だった。

「忙しくなったからさ。仕事をしている暇がないんだ」
「忙しいって言うのは、君の街をつくる事にかね?確かにこの町は立派だ。しかし、
   君は逃げ出しているんだ。現実から...」

「...そんな事はどうでも良い。出て行ってくれ...」
ハスケルは町の模型の改良を始めた。


「...どうすれば良いの?」
「しかたない。退行だ。彼は代替世界に閉じ篭りたいんだ...」


深夜2時になった。
新しい町も完成間近だった。
集中したハスケルは大工事を一気にやってのけたのだ。

街路の基本構造は変わっていた。中央地区に手を加え、
公共施設と無秩序な商業地区を取り外した。

新しい、簡素な市役所。大きな公園。噴水。大げさな看板は消えた。

住宅地にも変更は加えられた。幾つかの大邸宅は、消え去った。その分、町外れに、
粗末な共同式アパートが加えられた。
残った大邸宅も、敷地は縮小した。

ラースンの家は消えていた。替わりも無かった。

今が創造の時だ!今、行わなくては!今なんだ!


新しいウッドランドは、こざっぱりとした。綺麗な町になった。
貧しい地区は改善された。商業地区は減り、農地と工場が増えた。

文化面は?そうだ、馬鹿でかいアップタウン劇場の替わりに、小劇場を。

アップタウンは、品行方正な町になるのだ。

そして、市庁舎の上階部屋の机に顕微鏡で書いた名札を置いた。

『市長 ヴァーンRハスケル』


完成だ!いや、まだする事がある。
犯罪者達だ。刑務所が必要だ。大きな奴が。

教育は?そうだ。高校を大きくしよう!

医療?そう、病院がもう一つ必要だ。

赤線街まがいなど撤去だ。バー街も減らせ。
警察を強化しろ!消防署だって...


更に新たな町が完成して行った...


(完成だ!)
地下室からの声が今にまで聞こえて来た。
もう朝方だった。

ハスケル夫人は、タイラー医師は、その声を聴いた。
「地下室に行こう!」
「あの人を連れ戻さないと...現実の世界に...」

地下室の扉を開けた。
そこにハスケルは居なかった。

「あの人は、何処?」
「大丈夫。彼は幸せだよ。自分の理想の世界に入ったのさ」

「模型の町に?...でも、模型もないわ...どこに消えたのかしら?」
「行ってしまったのさ。彼の世界に、すべてがうまく行ったんだ。さあ、警察に行こう。
   ハスケルの失踪届けを出しに行くんだ」


「でも、本当に消えてしまったの?警察が彼を、見つけるかも知れない」
「大丈夫さ。彼はあの街を現実にしたんだ。子供の頃からの情熱で。理想の世界からは戻っては来ないさ」
「じゃあ。大丈夫なのね。戻って来る事はない」
「ああ、彼にはユニークなそして素晴らしい才能があった。現実創造さ。そして、そこでの暮らしを願ったんだ」

二人は、まだ明け方の人通りのない道を、車で、警察署に向かっていた。
「しかし、不思議な事がある。消えてしまった事だ。彼じゃない。模型の方さ。だれが持って行ったんだろう?」

車が四つ角を曲がると、そこに新しい看板が見えた。
『ウッドランド葬儀場』

「みて!あの看板!...あれも!」
『ステューヴェン ペットショップ』

奥に見えた市役所は、これまでとは違う、簡素な造りだった。
二人の車の前後に、パトカーが止まった。

四人の警官が降りてきた。
「これは、これは、ハスケル夫人じゃないですか?」

警棒を持った彼らは、有能そうだった。


..............

私はディックの短編作品は何度も読んでいるのですが、この「小さな町」と「地図にない町」は、いつも間違えていました。でも最近は、
間違えなくなりました。
それは、原題も覚える様にしたからです。小さな町は "Small town"ですが、地図にない町は "Commuter"つまり、通勤列車なのです。
これで、どんなストーリーかも、思い出しやすくなります。

邦題と言うものは親切な様ですが、やっかいなものでもあります。
例えば、映画の『望郷』ですが、原題は(カタカナで言うと)ペペルモコですから、原題で覚えれば、主人公の名前も一緒に覚えられます。


記:2011.12.16


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三分 小説 備忘録

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