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まだ人間じゃない (1992)早川文庫
まだ人間じゃない


最後の支配者 The Last of the Masters / フィリップKディック 訳:浅倉久志 のあらすじ
The Last of the Masters Orbit(1954.11-12) 原稿到着1954 短編 第46作

意識が戻る。苦しい。引き上げるれる。悲鳴を上げる事ができたら...しかし、
今は、その喉もない...穏やかな暗い淵から...もう、8000回も...


「おはよう、ございます!今日は良い天気ですよ!ご覧下さい」
ファウラーはカーテンを開けた。穏やかな光が部屋に差し込む。
「早速ですが、今日は、面会の方も沢山いらっしゃいますし、決めて頂く法律もあります」

ボールズは思った。考えがすぐにまとまらない。これは機能調整が上手く良っていないのだ。
調整班の業務編成も再考しないと...

「...大丈夫ですか?あなたに何かあったら、我々は生活していけませんよ」
「いや、大丈夫だ。保全チームを呼んでくれ。少し、体を調べてもらいたい」


「よし、スイッチを入れて!」
ボールズの体を電撃が走った。視覚が完全に戻った。周囲は元の、三次元空間に見えた。

「さて、検査結果を教えて欲しい。まず、悪いニュースからだ」
「...運動システムの修理に我々は尽力しましたが、既に技術は
   一世紀前に途切れています。我々に扱えるものではないのです」

「シナプス コイルの劣化ではないのか?」
「そこには異常はありません。運動システムそのものの問題で、やがて、あなたは
   動けなくなります。今の我々には、この技術を修理する事はできません...」

「率直に知らせてくれて、ありがとう。ともかく私にはやるべき事がある。...
   まず、電力供給に余裕がある内に、生産ラインを動かせ。それに発電所は人員増強が必要だ。
   しかし、私がいない間に、システムはバラバラになっている。すぐに復旧させるのだ!」

ファウラーはボールズの体をピカピカの移動車に乗せた。
錆と汚れのついたプラスチックと鋼鉄の体は、きしみを上げた。

移動車は、道路へと走り出した。


トルビーは娘シルヴィアを連れて砂漠を歩いていた。
その先に蜃気楼のような町が見えた。フェアフックス。今日はあの町に泊まる。


「水はないか?」
「よく冷えてるぜ。一杯、1ピンクにしといてやる」
「いや、結構だ」

「人頭税を払って貰おうか。その娘をちょっと貸してくれるなら、免除しても良いがな?」
「ふざけるな。俺達は、こう言う者だ!」
トルビーは自分の身分証を見せた。

「...あんたらはアナーキスト連盟なのか?」
「ああ」

「すごいな。どうやって入ったんだい?」
「試験があるのさ。色々とな。例えば歴史だ。我々がどうやった政府を打倒したか。
   奴らのビルを破壊し、書類を燃やした。それからロボットだ。全て、ぶっ潰した」

「あんた、ロボットを見た事があるのかい?」
「いや、ないさ。ところで、喉が渇いた。ビールはないかい...ありがとう。さて、その次は
   『行進』だ。あれは、凄いものだった。全世界だ。全ての労働者が立ち上がり、行進したんだ。
   全ての仕事は放棄された。全てを破壊する無敵の軍団だ。俺達の大勝利!」

「...でも、軍が撃って来た...」
「ああ、でも俺達は『行進』をやめなかった。撃たれても、撃たれても
   ...そして、兵隊達に訴えたんだ。
   『おーい、ジャック!俺だよジョーだ。撃たないでくれ!話し合おう!ジャック!俺だよ!』
   やがて、兵隊達も続々と『行進』に加わった」

「解放だね。自由だ」
「そうだ。奴らが飼っていた小さい生物も、たくさん逃げ出した。そして秘密基地。
   アメリカに3つ。イギリスに1つ。そしてソビエトに2つ。そして、俺達は、一掃したんだ。
   戦争屋どもを...しかし、良く聞け。俺達は、ある噂を耳にした。
   ここに戦争屋が潜伏していると...何か知らんか」

「冗談じゃない。ここに戦争屋なんて、いるものか。誰も連盟に反対などしていない。
   連盟がなければ、私達は戦争で全滅していた」
トルビーはその答えに満足した。

町の人間の一人、ローラが言った。
「私達は連盟には感謝してるわ。だから、今日は私の家に泊まらない?
   電気はないけど、暖炉はあるし、もてなさせて貰うわ」

トルビー達は車に乗せて貰った。
「うちの1階を全部使ってくれて構わないのよ。家はもうすぐ...」

その時、爆音が鳴り、車は中へと浮かんだ...


「ここで降ろしてくれ」
ボールズは車を止めさせた。ファウラーは彼を車から降ろし、
   金属の体を、磁気アンカーで固定した。

丘の上、ここからの眺めがボールズは好きだった。自分が守っている社会。
文明。細心の注意がなければ壊れてしまう。フラジャイルだ。

この盆地から目を他に向けると、そこは二世紀も前に破壊された都市の欠片だ。
アナーキスト連盟によって、覆され、そのまま復興のできない街。


ボールズの頭脳、シナプスコイルがハム音を上げた。過去の情報。これで、彼は
街を以前の状態に復興し、維持しているのだ。ボールズはそれを、じっと見つめていた。


ファウラーはマクレーンに語った。
「残念だが、ボールズはもう長持ちしそうにない」
「新しいシナプス コイルを作る技術が、我々にあれば...」

「いや、それ以上に、彼は精神的にまいっている。この世界の全てを維持する事にだ。
   彼は、その優秀な頭脳で的確な対応策を作る。しかし、彼が目を離した途端に、そのシステム
   は劣化する。彼が様々な事に気を配り、もう一度、その問題に注意を向けると、
   始めと同じ状態まで戻っている...永遠の苦行だ。宇宙を動かし続ける...神だけの業なんだ」

「そして、彼は、そのシナプス コイルは擦り切れてきた。彼と言えども、新品だった頃ほど、
   素晴らしい考えが、思いつく訳ではない..そして神経症に...なるんだ...」
「結局のところ、彼も我々も、檻の中で、必死に輪を回し続ける、ネズミなのさ」


..うう.う..トルビーは気がついた。横倒しになった車。車体はねじくれ、運転手のローラは
死んでいた。シルヴィアはまだ、息があった。トルビーは骨折した娘の体を、外に出した。

その時、空から音がした。見上げると、そこには、昆虫のような飛行機が飛んでいた。
なんと!小型のジェット機だ!過去の資料では知ってはいたが、トルビーが実物を見るのは初めてだった。
トルビーは身を隠した。

着陸したジェット機から、兵士が降りてきた。

「ローラの奴、失敗したな。飛び降りそこなったんだ」
「この娘はまだ生きているぞ、這い出したようだ」
「殺せ!それから、逃げた男を捜すんだ!」

そう言った、司令官は倒れた。トルビーの銃が当ったのだ。
更にもう一人が倒れた。見えない敵を恐れた、兵隊達はジェット機へと逃げて行った。

上から攻撃されては、トルビーに勝ち目はない。トルビーは逃げた。やがて、ジェット機は去って行った。

トルビーが戻ると、そこにシルヴィアはいなかった。連れ去られたのだ...
ジェット機が飛んで行った、あの山の向こうに...


「ボールズ!困った事になった。『連盟』の人間がフェアフックスに現れた。彼らを
   始末しようとしたが、一人に逃げられた。負傷した一人はつかまえたが」

「失策だ。全員殺せないなら、何もするべきではなかった」
「すまない」

「緊急事態だ。全ての生産品は軍事設備に切り替える」
「では全面戦争を始めるのか」

「避けたかったが、しかたがない」
「我々にはジェット機がある。最新鋭の兵器もある。地雷で周りを固め、細菌兵器も
   持っている。しかし、彼らにあるのは、ただの銃と背中のリュックだけだ」

「彼らを甘く見るな。彼らは全世界を握っている。我々はほんの一握りだ。
   それから、生き残った者を、連れて来たと言ったな。私が話してみる」


シルヴィアの前に、ボールズが現れた。錆びた体を、ぎくしゃくと動かし、座った。

「お前は、機械ね!」
包帯だらけの体で、シルヴィアは言った。
ボールズは黙ってうなずいた。そして、窓の下を指差した。

そこでは兵隊が隊列を組み行進をしていた。

「我々の防衛隊だ」
「機械!兵隊!あんた達が世界を破壊したのよ。こんな所で生き残っていたなんて...
   父は?父はどうしたの?」
「わからない。消息は不明だ」

「こんな所に隠れても、すぐに連盟に見つかるわ。そして、あなたは破壊されるのよ」
「2世紀前...私は運が良かった。仲間達は皆、破壊されたが、
   私は偶然、助かった。そして、この地を封鎖して文明を再興させたのだ」

「2世紀も...生き延びてきたの?でも、もうお仕舞ね、あんたは、もうすぐ、刷り切れるわ」
「私は永遠だ」
「でも、もう錆びてるわ。時間の問題よ」

シルヴィアは不意打ちをした。ボールズの体に体当たりした。
ボールズは倒れた。シルヴィアは押さえつけられた。
「だ、大丈夫だ。わたしを...執務室へ...連れて行け...やる事は沢山ある」


トルビーは丘の上から、盆地の様子を調べていた。ジェット機、爆撃機、兵士の隊列。
どれも、2世紀前に消えたはずのものだった。それが、こんな所で、復活していたとは!


トルビーは、そっと兵舎にしのび寄った。そして、見張りの兵隊に銃を突きつけた。

「...お、お前は『連盟』の工作員...」
若い兵士は、すぐに観念して武器を預けた。

「お前達の指導者は誰だ?」
「ボールズだ」

「ボールズ?変わった名前だ。まるで、昔の政府ロボットみたいな...そうか!
   それが破壊されずに、今もいるんだ!そいつが、この軍を、作った!」

隙を突いて、逃げ出した兵士をトルビーは撃った。そして、そいつの体から、
兵服を剥いだ。そして、オートバイ。これで、この中を自由に動ける...


バイクで逆走しながら、トルビーは思った。
前線へと向かう兵士の隊列。死を厭わない集団。狂信的なレミングの群れだ。

そして大きなビルに着く。
「身分証を見せろ!そして合言葉だ!」

若い兵。おどおどした態度。こいつらは、ままごと兵士だ。
トルビーは、銃を抜き、その二人を簡単に殺した。

ビルの屋上からの銃弾が浴びせられる。
しかし、あてずっぽうの射撃!トルビーは、ビルへと素早く、入った。

兵士達は後を追って来る。トルビーは逃げ場を探した。
そして、いきなり後頭部を殴られ、崩れ落ちた。

「貴様は誰だ?...逃げた『連盟』員はお前か?...そうか、よし行け!
   ここを真っ直ぐだ。『彼』はこの先にいる...」
ファウラーだった。

「どうして?『彼』とは、誰だ??」
トルビーは、ともかく、ファウラーの指す扉に向かって走った。

扉の向こうは人がたくさんいた。研究員達?綺麗な身なりの、文明的な人間達。
トルビーはそれらに、体当たりしながら、走り抜けた。

突然の暴漢に驚く、女子職員。兵士とおぼしき者が銃を向ける。
「アナーキストだ!人殺しだ!」「捕まえろ!」「捕まえろ!」

あまりに沢山の職員に兵士。
トルビーは追い詰められた。

「君は、ファウラーか?」
トルビーは、そのロボット声に振り返った。

「いや、そうではないらしい。君は『連盟』の工作員だね」
ボールズは銃を握り、トルビーに向けた。

その手を、トルビーはステッキで打ち下ろした。
鋼鉄のステッキ、連盟者のシンボル。
そして、そのロボットの頭蓋骨めがけて、さらにステッキを振り下ろした。一度、二度。

人々は驚愕した。ボールズの体から、部品が飛び散った。導線、シナプスコイル、潤滑液...


「ボ、ボールズが...殺された...」
混乱で人々は騒ぎ出した。

人々は、もうトルビーには構わず、騒ぎ出した。あちこちで混乱が起こった。
その中で、ボールズの部品を一つ一つ集めている者がいた。ファウラーだった。

「ここに連れられてきた、連盟の娘を知らないか?」
ファウラーは言った。
「判った。合わせよう」


「父さん!無事だったのね!」
「ロボットは俺が破壊した。これで、ここは崩壊する」

「でも...私は見たわ。彼がここで成し遂げた事。住宅、工場、たくさんの品物。快適な生活...」
「いや、彼らが作っているのは戦争だ、武器、兵器、殺し合いの道具だ」

「でも、武器なら私達も作っている。幼稚だけれど」
「ともかく、俺達は任務を果たした。あのロボットだって、自分の任務を
   果たしていたんだ...しかし、今は、俺達に分があったんだ」

「私達は、何か、間違いを犯したのかも...」

ファウラーは無言だった。
そして、ポケットの中の、3個のシナプスコイルを握りしめるのだった。
万が一の場合のためだ。もしもこれが必要になった時の...


..............

この話の、原題は、The Last of the Masters。どう考えても、『最後の支配者』ではなく『支配者の最後』です。
ただ、こう言った事は、良くある事なので、ミスではないと思うのですが、なんで、”の”の表す主客の関係を
入れ替えてしまうのでしょうか?不思議です。

この作品、作者の意図はどうか、わかりませんが、強烈なサスペンス感があります。おそらく、
それを作っているのは、この作品はどちらに着地するのだろう?と言う不安感がなせるものです。

つまり、ボールズを、
「戦争を復活させる悪魔の集団のリーダー」と描くか、
「混乱の中に文明の陽を灯すために、あがく努力者」と描くか、の違いです。

短編ながら、それが話の途中でブレており、結果として、奥行きが拡がっていると思います。

と考えて、ここで、判るのです。邦題の『の』前後の倒置の意味が、
つまり、題から、『終焉』・『滅亡』意味を薄めたかったのでしょう。落ちがバレますからね。
しかし、そんな事をしなくとも、読者は混乱の内に、題の事など、忘れているものなのですが...

あ、それから、蛇足ですがあ...トルビー、暴力的ですねえ。反戦主義者が暴力的と言うのは、
ある意味で、歴史の必然なんでしょうか?

ついでに言うと、この話、文化大革命なのかも知れませんが、それよりも、昨今の反原発運動が、
ちょっと頭をかすめませんか?まあ、勝つのは、そっちの方なのですが

記:2011.12.02


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