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悪夢機械-新潮文庫
悪夢機械


くずれてしまえ Pay For The printer / フィリップKディック 訳:浅倉久志 のあらすじ
初出 Satellite Science Fiction(1956.10) 原稿到着1954 短編 第75作

崩れ落ちた街が広がっている。廃墟、残骸、腐食、風に散る灰、粒子。

「気がめいるな」
アレンは車を運転しながら言った。ハイウェイも既に、壊れ、瓦礫が上を覆っている。

「なら、見なけりゃいいわ」
シャーロットは言った。
ラジオから流れる、さわやかな音楽はブラームス。デトロイトからの放送だ。
あっちでは、まだ、こんな事は起きていない。

「何か飲むものはないかい?」
「スコッチなら、あるわよ。ちょっと、プディング化してるけど」

「どの程度だい?」
「他のものと同じくらいよ。飲めなくはないわ」


その時、ウサギもどきが、車の前に飛び出した。
アレンは慌ててハンドルを切ったが、奴は、車に体当たりして跳ね飛ばされた。

道端に転げ、よたよたするウサギもどきの奇形の体に、巨大な野犬が食らいついた。


「早く町へ帰りましょ。ここは危険だわ」
「しかし、君が言っている様な状態なら、町も安全とは言えない」

「始めは、彼がなまけていると思っていたのよ、みんなは。今でも、そう思っている人は多い。
   でも違うわ。彼は衰えているの。病気か、老衰か...」
「彼らは、何世紀も生きるはずなんだが、プロキシマと、ここでは環境が違い過ぎるんだろう。
   故郷では集団だった彼らが、別々に引き離されているのも大きいかも知れない」

「でも...彼には働いて貰わなくちゃ。この前、彼がコピーしたのはこれよ」
シャーロットは丸い金属を取り出した。

「腕時計だったの。始めは、何とか動いていたけど、その内、古びて、動かなくなり、
   今じゃ、ボロボロ。これを得るために半日も行列に並んだのよ!それが、もうプディング!」

「コピーの元は何だったんだい?」
「彼が35年前に、母のためにコピーした品物よ...
   でも、そのコピーがこんなガラクタなんて!本当に嫌になるわ!」

アレンは、道脇のガソリンスタンドに入ろうとした。
しかし、そこは既に崩壊していた。
ネオンサインは僅かに点滅し、ポンプはさびつき、建物全体も、風に吹かれ、黒い粒子に戻ろうとしていた。

アレンは思った。
(俺の住んでいるピッツバーグではビルトゥング生物がすぐに、変わりをコピーしてくれる。
   こんな風にはなっていない...しかし、いずれは...)

ビルトゥング生物は、プロキシマの出身の生物だ。彼らは重要な特製を持っている。
物をコピーできるのだ。 それが、地球にやって来た。たぶん、地球の出す水爆の閃光に引きつけられた様だ。

戦争で、全てを破壊した人類は、ビルトゥング生物を使い、僅かに残った物のコピーを始めた。
文明は急速に戻った。コピーがコピーを生む。全ての町にビルトゥング生物は配置された。
彼らは、飽くなくコピーを繰り返した。文明を復興させた。

人類は、ただ、行列にならび、ビルトゥング生物に商品を見せるだけだった。


アレンとシャーロットは、町に入った。街路は亀裂と穴だらけ。商店は傾き、看板は落ち、割れた窓は
塞がれている。汚いカフェ。割れたカップの中には、泥のような液体。新聞の活字は崩れて、読み取れなかった。


そこで、彼等はジョンに出会う。シカゴからの難民。
ここもシカゴの様になるのか?ビルトゥング生物が死に、崩壊した都市。


「もしも、この町が消えたら、どうなるの?」
「我々の町に来ればよい」
アレンは答える。

ジョンは聞く。
「貴方の町のビルトゥング生物は、百人もの人を更に抱えていけるだろうか?」


彼等はシャーロットの部屋に入った。もう部屋は、半壊していた。プディング化は一層、進行していた。
ドアを開けると、蝶つがいが外れた。天井はボロボロ落ちてくる。床すら、きしみ、傾きが大きくなる。

「ここは、危険だ」
「わたしの物が..わたしの物が...」

彼女の服すら、崩壊が始まっていた。
「車に戻ろう、毛布がある」


「ともかく急ごう。彼に、これを見せるんだ」
アレンはアタッシュケースを掲げた。

ジョンが聞く。
「ビルトゥング生物は卵を産んだかい?」
「ええ、でも、殆ど、かえらなかった。かえったのもいたけど、生きられなかった。産んでも、野犬に
   食い荒らされた時もあったわ」

ジョンが、車のドアを閉めると。ちゃんと閉まらなかった。
(これも不完全なコピーなのだ!俺の町でも、進行していたとは!!)


ビルトゥング生物の列が長く、続いていた。なかなか進まない順番にイラ立つ人々。
コピーが不完全だ、作り直させる!とどなる者。うんざりと苛立ち。
「たった四日前に作った芝刈り機が、これだ!」
男の持っているのは、先に黒い物がついた棒だった。


ビルトゥング生物は疲れ切っていた。古びた黄色い原形質。
アレンは、ビルトゥング生物に、アタッシュケースの中の物を見せた。

ビルトゥング生物は、それに興味を持った。
他の者が持ってくる、複製品、または複製の複製品ではない。本物だ。

銀色のロンソンのライター。ボーシュの双眼鏡。スチューベンのクリスタル グラス...

「すごいな!オリジナルばかりだ!すごい価値だろ」
「俺の町の宝物だ」

ビルトゥング生物は、久しぶりにオリジナルに出会い、コピーをしようと頑張った。

偽足が、クリスタル グラスに触れる。
別の偽足が、原形質を出し、こね始める。

しかし、途中で作業は止まった。原形質はグラスにならなかった。

「遅すぎたようだ。彼は完全に消耗してしまった。オリジナルからすら、コピーを作れない」
「じゃあ、私達はどうしたら良いの?これから、どうやって品物を手に入れるの??」


ジョンが、前に出た。
「これを試してくれ」

ジョンはポケットから、木の塊を出した。中がくり貫いてあり、取ってがある。コップのつもりらしい。
「何?それ?そんな物をコピーしても価値はないわ。第一、そんな物なら、私でも作れる」

「そう、私が、一から作ったんだ。これで水が飲める」
「馬鹿らしい。それじゃ文明生活はできないわ。第一、それをくり貫くナイフは、どうしたの?
   くり貫こうとしたら、ナイフがいるわ。ナイフを作るためには、研磨機がいる。研磨機を作るためには、
   切断機がいる。切断機を作るためには...切りがないのよ。私たちには、永遠に物は作れないの!」

「...ナイフは、これだ...」
ジョンはポケットから、大事なナイフを取り出した。尖った石に木の柄を付けた。貧弱なもの。

「そんな、もんじゃ何も切れないわ。私の家には、ステンレス製のピカピカのナイフ セットがあるのよ..あったのよ」


群集の苛立ちが頂点に達した。何もコピーしないビルトゥング生物に、怒りが向かった。

驚いた、ビルトゥング生物は必死に防護壁を作ろうとした。それは不完全な出来だった。作る端から灰となって、崩れて行った。
辺りは、酷いありさまになった。

アレン達は、逃げ出した。


「見かけほど死に絶えた街でもないさ」
「ああ、しかし、野犬に奇形のウサギ。雨だって昔の様には降らない」

「溝を掘るんだ。そのうち、水溜りが出来る。一度に変えるのは無理だ。一つ一つ、段階を踏む」
「だが、ビルトゥング生物なら、すぐにコピーする。苦労して、作る必要なんてない」

「それが、我々の障害になっている。やがてビルトゥングは地上からいなくなる。このままでは、彼らは自滅する。
   来た時の様に、勝手に帰っていくさ。その時、お前はどうする」
「そんな事になったら、我々の文明の終焉だ」


ジョンはアレンの持っている。スチューベンのクリスタル グラスと、自分の手作りの木のコップを並べた。

「これらは、オリジナルだ。コピーじゃない。しかし、この2つは大きく違う。今の我々は、木のコップだ。
   しかし、これを、つまらんと、言ってはいけない。これも文明なんだ。ここから、もう一度スタートするんだ」

「随分と、そのコップが気に入っているんだな?」
「ああ、あんたにも判るよ。自分の手で作ってみれば」


..............


私が、ディックの考え方の中に、ピューリタニズムを感じるのは、こう言う作品です。この様な作品に出てくる、打ちひしがれた、
しかし、それに耐え、信念(=彼の正義)を貫く人と言う、存在。これを描く時、ディックの文章は熱く(悪く言えば、クサく)なるのです。

ただ、全体としては、失敗する超能力者のテーマの一つでもあります。つまり、ビルトゥング生物=物を作り出す超能力者、
と言う構図です。そこに現実崩壊を合わせた訳ですね。これはもう、楽器演奏で言うところの、 "手くせ" みたいなもんですね、
ディックの場合。

ちなみに、ディック ワールドでは、このビルトゥング生物ですらコピーできない皮が、宇宙の公式貨幣となっております。

ディックの世界では、忠実性が、二つの意味で使われます。それも、大きく相反する概念として、
一つは、このビルトゥング生物のように、コピーを諦めない、献身的な存在として、
もう一つは、一度設定された殺人を、決して諦めない、悪魔的な存在として...

記:2011.10.16


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三分 小説 備忘録

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