東インド会社発祥の地


マドラス:Madras

1月21日〜23日 晴れ

バンガロール――>マドラス   列車・300Km:(530ルピー/\1,400)



 マドラスへの帰りは2度目の列車の旅になった。 前回は寝台列車であったが、今度は全席指定のエクスプレス列車で、2等が付いていない。 列車に乗ると、先ず飲料水のボトルと新聞が配られ、次に弁当タイプの軽食が一人一人に配られた。 「値段の割にいやにサービススがいい列車だな」、と感心していると、しばらくしてスープに夕食まで出てきた。 そして最後はアイスクリームのデザートと、まるで飛行機のビジネス・クラス並みのサービスである。 満席の1列車分を、たった一人のボーイがすべてサービスするという、およそ分業の国インドらしからぬ仕事ぶりに感激し、つい私だけチップを渡してしまった。

 マドラスは、ベンガル湾に面した南インドのゲートウェイで、ボンベイ、カルカッタ、デリーと共に4大都会の一つで、人口540万人を数える南インド一番の都会だ。 古くから栄えた港街で、1639年には東インド会社がここにイギリスによって設立された。 マドラスはインドに着いた時、空港だけしか立ち寄っていないが、何故かインド国内の旅を終えて帰ってきたような気がした。 駅に着くと、リクシャーの運転手がさっと近寄ってきて、「どちらまで?」と言うので、バンガロールから電話で予約しておいたホテルの名前を言って「いくら?」と聞くと、「40ルピー」と言うので、「OK」と承諾した。

 その運転手はリクシャーの駐車場までさっさと荷物を持って先を行く。 かなり歩いて、暗がりの駐車場に付いた時、「そのホテルは遠いから、100ルピーをくれ」と言う。 「約束が違うよ」と言ったが、強硬に折れようとしない。 駅まで引き返すのは面倒なので、渋々承諾した。

 マドラスの市内は、ボンベイほどの喧騒ではないが、やはりうるさい。 街の東側の海のそばに、東インド会社の商館を守る為にイギリスが築いたセントジョージ砦がある。 当時の南インドの植民地支配の橋頭堡とした要砦で、かなり堅牢な造りである。 ここはバンガロールと違って、いわゆるインドのごみごみした人の多いごったがえした街で、何とかはやく田舎に逃避したくなる思いが募る。


マドラスの日の出:

 マドラスはインド大陸の南部の東海岸に位置し、ベンガル湾に面している。
 「ここは、ベンガル湾に上がる日の出を見るには絶好の場所に違
いない。」
 と思い、朝5時に起床した。
 ホテルから海岸までは約5Kmで、
ゆっくり走って30分かかる。
 日の出時間が6時半頃と言う事なので、
5時45分にホテルからジョギングでスタートした。
 まだ薄暗く、日中
はごった返す街中も未だ完全には眠りから醒め切らず、
 半分静寂の中にあ
る。 朝もやの中を軽快に疾走する気分は最高だ。
 リクシャーから見て
いる街と、走っている時に感ずる街は何処か別物だ。
 やはり、自分の足
で踏みしめていると、自分自身がその街の一部になってしまうようだ。
 マドラス海岸は300mにも及ぶ広大な砂浜で、
 砂浜の海岸線は延々と
10Km以上にわたって南に延びている。
 ほんのりと明るんできた水平線
を眺めながら波打ち際まで進み、
 今まさに顔を出そうとしている太陽を待
った。
 同じような思いの日の出を待ち構えている人々が、他にもちらほ
ら見かけられる。
 やがて、水平線の一部が赤みを強めながら、見てる間
に太陽が顔を出してきた。
 その太陽からわずかな光の糸が自分の足元に
向かってうっすらと延びてくる。
 太陽が海上に現れる頃には、その光の
糸は幅を広げて、
 金色の輝きを放ち始めながら自分と太陽を一本の光の道
で結んでくれる。
 その光の道に切り裂かれた白い海原は、輝きながら漁
師達が繰り出した小船を
 影絵の様なシルエットで浮き立たせ、幻想的な光
景を作り出している。
 海辺に立った自分の後方には広い砂浜が広がる。
  その砂浜に自分の影が細く長くうっすらと影法師をつくる。
 その影法師
の延長線上に、昨夜見た鮮やかな満月が、
 既に色褪せてぽっかりと中空に
浮かんでいる。
 「太陽と自分を光の道が結び、その延長線上の影法師の
先に満月が浮かぶ」
 太陽と自分と月とがほぼ一直線上に並んだこの現象
は、
 おそらく赤道に近いこのマドラスだからできた体験で、
 自分を大自然
の中の一つの存在と認識できる珍しい機会に巡り合えた。
 しばらく自然の演出してくれる壮大なスペクタクルに陶酔しているうちに、
 太陽はどんどん高く上って行く。
 さっきまであった太陽と水平線
の間に光の道が途切れ、
 自分との間の光の道は見ている間に幅を広げて行
き、
 やがてぼやっとした白い輝きに変って行く。
 あれほどまでに強く結
ばれていた太陽と私の間の光の糸の絆は、
 はかなくも消え去ろうとしてい
る。
 先ほどまでの精神の高揚がまるでうそのように、平凡な海原の景色
に戻りつつある。
 あの大自然の光景をまの当りにした感動と、その後に
来る落胆とで、
 力なくマドラスの海辺に背を向けて走りだした。


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