エルサレムからのHOT NEWS
−イスラエル・パレスチナの紛争の解決を願って−

この記事はイスラエルより発信されている「NONVIOLENCE (非暴力)」のホームページより、製作者 ラエド・アブサリア神父様の許可を得て「聖地のこどもを支える会」で翻訳したものです。


オリーブ・ブランチ NO.195

ベツレヘムだより(50)    2003年3月18日
トワーヌ・ファン・テーフェレン


戦争が始まらないうちに

 不思議にどこか非現実的な時代に私たちは生きています。多くの人が胸苦しさや頭痛を感じています。イラクで戦争がいつ始まるのだろうかと不安に感じているからです。明日が無く、ただ深い淵があるように感じている教師が聖ヨゼフ校にいるとスージーが教えてくれました。またある同僚は、多くの人々のように自宅でニュースのチャンネルを頻繁に変えてうわべの明るい展開ばかりを聞いていますが、否定的な展開によってそれもすぐさま粉々に打ち砕かれてしまうと打ち明けました。こうして彼はいつも失望させられているので、悲しみのはけ口がないと感情が爆発してしまうかもしれません。自分の妻や子供を苦しめたくないので、悩みを学校の同僚に打ち明けます。だから学校に来るのがうれしいんだよと、彼はからかうように同僚たちに言います。同僚たちは苦い顔をしながらも、彼が信頼してくれるのを感謝するのです。

 スージーのクラスの生徒たちは、戦争について考えたくもないと言います。生徒たちは、東エルサレムのYMCAが作った市民に対する指示リストさえ読みたがりません。彼女たちにとって戦争はブラックホールのようなもので、逃げたいと思う否定的な考えや感情を引き起こすだけです。いずれにせよ近い将来何が起こるか予測することは不可能だと彼女たちは言います。学校ではブラックユーモアがはやっています。「毎日エネルギーを補給して、ビタミンを取りなさい」と、ある教師が同僚に言いました。「どのみち遠からず死んでしまうのだから、ビタミンの方が自分より長生きするよ」というぞんざいな答えが返ってきました。スージーは今学期の前半を「戦争が始まる前に」終えることができてとにかく安心しています。私たちは皆このような言い方をたびたび使います。自分の毎日の仕事を戦争が妨害するかのように言うことに、きまりの悪さを感じています。「また会いましょう、インシャラー(神の思し召しがあれば)」と別れ際にスージーは言います。戦争になればおそらく西岸とガザに長期の外出禁止令が施行されるだろうということが分かっているからです。自宅にいてテレビで戦争を見るほかは何もできないだろうということを想像してみてください。またとても不思議で無慈悲なことですが、どういうわけか多くの人々にとり戦争は、積み重なった緊張からの解放として感じられることでしょう。

* * *

 私たちは皆、戦争が始まる前に大慌てで必要なことをやっておこうとしています。私自身も、オランダ大使館にタメルの新しいパスポートを受け取りに行きました。早朝、ベツレヘム−エルサレム間の検問所手前の列に並んでいるときに、パレスチナ人の友人に会いました。彼は技師で、彼もテルアビブに用事がありました。検問所を通るのは女性が先だと、兵士の1人が叫びました。「紳士的なことだ」と列の中でだれかがささやきました。エルサレムに到着すると、その友人はすばやく、ヤファ通りの入り口で通行人を検査する警備員や兵士を迂回するルートを示す手振りをしました。「検問所は可能な限り迂回しろ」と言い、移動のための裏表を知り尽くしているようでした。テルアビブに向かう乗り合いタクシーの中で、英語で少し話をした時ふといつもと違うことに気付きました。彼は意図的に「ベツレヘム」、「パレスチナ」といった地名や、私たちが西岸から来ているということや、自分がパレスチナ人であるということが分かる言葉を避けていました。代わりに、友人は「イスラエル」、「国」、「聖地」といった言葉をしきりに使っていました。タクシーに乗っているイスラエル人が聞いているかもしれないからに違いありませんでした。彼は1990年の湾岸戦争の思い出などを語りました。そのとき彼はドイツに居て(「イスラエルを離れた」のはそのときが最後でした)そこでとても危険な目に遭うかもしれないので、帰国しない方がいいと友人たちに忠告されたそうです。そのとき彼は「死ぬのは平気さ、それが家族と一緒なら」と答えました。それを聞きながら、パレスチナの人々が昨今死ぬことについて平然と語っていることに愕然としました。権利や未来を奪われてしまうと、どういうわけか生命自体の価値が低下してしまうようです。

 大使館からの帰りタクシーに乗ると、ユダヤ人の運転手がイスラエル人としてベツレヘムの食料雑貨店やレストランに行った時のことを話してくれました。彼は今の状況がアラファトのせいだと言いましたが、私が会話に乗ってこないのに気付きやめました。マリーは、パレスチナ人がイスラエルのバスを攻撃するのではないかと心配しましたが、私はインターシティーバスに乗り朝刊を読むより春のような陽気を楽しむことにして、少しうたた寝をしました。エルサレムのダマスカス門に帰ってきたとき、旧市街で社会医療センターを運営しているオランダ人の医師と話しました。彼女はエルサレムとベツレヘムの生徒たちの合同校外学習を行うことを提案しました。「エルサレムに住むパレスチナ人は、最近では西岸に住んでいるということがどういうことかよく分かっていない。たとえばエルサレムに住んでいる病院のスタッフはベツレヘムやベイト・ジャラから毎朝やってくる同僚のつらそうな顔つきが理解できない。自分で通勤の段取りをしてしばしば検問所で何時間も待たされることがどれほど危険かということが分かっていない」と話しました。

 パレスチナ人にとって、エルサレムとベツレヘムの間の道自体が常に危険をはらんでいます。ダマスカス門で、数十台の汚れたほこりだらけのバンの見慣れた光景を目にしました。ほとんどは払い下げられた警察の車両で、塗り変えられて乗り合いタクシーとして再利用されています。駐車場は排気ガスで真っ黒です。さらに、運転手の服も黒くなっています。まともなトイレもありません。隅の方では、濃いコーヒーの濃厚な香りと尿のにおいが入り混じっています。数ヵ月前から警察は有効な許可証または身分証明書を持たない者を乗せないように運転手に命じています。運転手たちが、ベツレヘムまで誰が、何処を通って行くかを議論していました。乗客は狭いタクシーの座席に押し込まれ、すぐに別のタクシーに乗り移り、それからまた」別のタクシーに移るように言われました。最後の運転手が乗客の証明書類をチェックしたとき、1人の老人がモカセド病院から出てきたばかりで許可証はないがその代わり今日まで入院していたことを証明する病院の書類を持っていると言いました。どうして警察がこのような無害な老人のことをとがめるのでしょうか。「冗談じゃない」と運転手はいらいらして言いました。救急病院から出てきたばかりの自分が車に乗せた女性を警察が逮捕したことがあると運転手は言いました。この運転手は、「非合法」な乗客を乗せていたためにこれまで2度も車を30日間没収され、何千シェケルもの罰金を支払わされました。今度また捕まった場合は、罰金3万シェケルを支払うという書類に警察署で署名させられています。そのため、もう危険を冒したくないのです。それから彼は苦難をいろいろ話しました。彼は英語が上手でした。立派な教育を受けているのですが、周囲の事情から仕方なくタクシーの運転手をしているのです。うまくとりはからってくれる「友達」が警察の中にいないのが問題だと、彼は言いました。

 道中運転手同士が合図をし合い、警察の検問が近づいたとか、迂回した方がいいとか合図しているのに気付きました。パレスチナの人々は表現力豊かな民族で、指と手、手首のひねりを使った視覚的合図を素早く交わす才能を持っています。

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 私自身のちょっとした移動上の問題は、3ヶ月間有効な観光ビザを更新するために出国しなければならないということです。前回の就労許可証更新の申請書を、イスラエルの民生局(軍の民生課)が紛失してしまいました。就労許可証の更新を待つ間、観光ビザを延長して合法的に国内に滞在した方がいいというアドバイスを受けました。それで、戦争が始まる前に飛行機で出国して帰国したかったので、大急ぎで短い旅行を計画しました。ビザの延長のために毎日お祈りするようにと、マリーはヤラに言いました。最近、外国人がイスラエルに入国するのが難しい場合がしばしばあります。もちろん、ヤラはビザとは何か分かっていませんでしたが、真剣にお祈りをしたと後になって聞きました。

 はたせるかな、3ヶ月のビザが取れました。仕事のために入国するオランダ人の同僚とたまたま同じ飛行機に乗り合わせましたが、同僚は2週間しかもらえませんでした。私の利用しているエルサレムの(ユダヤ人の)旅行代理店の担当が、この高くつく方法を聞いてため息をつきました。彼女の13歳の息子が、プリム祭に司祭の扮装をしたがりました。バビロン捕囚後の離散時代のエステルの賢明な策を記念するこの祝日は、カーニバルのように扮装したユダヤ人の青年たちが特色です。「以前息子はラビや売春婦、その他色々のものになりたがりました。今回は単なるお遊びで司祭の格好をしたがりました。しかし彼が大きな十字架をさげていると、衣装を替えたほうがいいと学校の友達に言われました。イスラエル社会は外国人嫌いになってしまった。」と彼女は言います。

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 そして私たちは様子をみています。日曜の夜マリーと一緒に、戦争に抗議する数百の人々による聖誕教会前での沈黙のビジルに参加しました。マリーによると、何人かのパレスチナ人の新生児がフランス大統領のシラクにちなんで名づけられたとのことです。ガザで働いていて今エルサレムに滞在している同僚が、「はっきり言うと、歌が始まらないうちに急いでガザに戻りたい」と言います。ヤラは、なぜマイケル・ジャクソンが女性のような格好をしているのか知りたがっています。タメルは突然部屋の一方の端から反対の端まで這うことができるようになりました。タメルは首を振りながら投げキッスをします。そして、いつも「アジャ」(彼が来た)と言っています。タメルは私が旅行から帰ってきたのがうれしいんだとマリーが言います。これから数日は天気がよくないでしょう。「世界は混乱し春に雪が降り、指導者たちは自国民の声に耳を傾けず、そして世界中の反対にもかかわらず戦争が近づいている」とマリーは言います。


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