オリーブ・ブランチ NO.183
イスラエル大統領、教皇訪問の際に教皇から受けた請願
(Zenitよりのニュース)
パレスチナ人との協力をカツァブへ要請
2002年12月12日 バチカン
(Zenit.org)
イスラエル大統領としては初めて、モシェ・カツァブがバチカンに教皇を訪ね、その際にイスラエルとパレスチナの協力によって聖地に平和を実現して欲しいとの要請を教皇から受けた。
カツァブはまた、教皇庁国務省長官アンジェロ・ソダーノ枢機卿ならびに新任の外務局次官ピエトロ・パロリン師と対談を行った。
教皇庁広報局長ホアキン・ナバロ=バロスの声明によれば、この対談において、再度バチカンの立場がイスラエル大統領に説明され、それはイスラエルとパレスチナ二つの国家の存在とその協力、継続している紛争の速やかな終結の必要性を強調するものである。
ナバロ=バロスは、ヨハネ・パウロ二世らが、きたるクリスマスの祝祭のためにイスラエルに対しベツレヘムへの自由な往来を要求したと述べた。
イスラエルの駐バチカン大使館からの声明をもとにロイターが伝えるところでは、テロ警告がなければ、イスラエル軍はクリスマスにはベツレヘムから撤退すると、カツァブが教皇に約束した。
また、イスラエル人11名が死亡したエルサレムのバス自爆テロに続く3週間前、イスラエル軍はパレスチナ自治区のベツレヘムを再度占領したとロイターは伝えている。
カツァブは観光相であった1998年にヨハネ・パウロ二世を訪問している。その年は、多くのイスラエルの官僚が大聖年の準備の監督にあたっていた。
教皇が2000年3月に聖地を訪問した際、カツァブはまだイスラエルの大統領ではなく、カツァブはその年の7月31日にシモン・ペレスを破りイスラエルの国会によって選出された。
1993年12月30日にバチカンとイスラエルの間で国交が樹立される以前から、ヨハネ・パウロ二世はイスラエル政府の元首や大臣の訪問を受けていた。
今日の会見で、イスラエルとバチカンの関係が検討されました。文化面での協力を強化する機会について、特に関心が払われたとナバロ=バロスは述べている。
カツァブは1945年にイランに生まれ、6歳の時に家族と共にイスラエルに移住し、右派リクード党員として1977に初めて国会議員に選出された。また国会と政府で、労働大臣、アラブ系イスラエル人少数派担当大臣の要職を歴任している。
カツァブは大統領として、民族的および宗教的少数派に対する開かれた態度を見せているとバチカン放送局は報じている。
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