エルサレムからのHOT NEWS
−イスラエル・パレスチナの紛争の解決を願って−

この記事はイスラエルより発信されている「NONVIOLENCE (非暴力)」のホームページより、製作者 ラエド・アブサリア神父様の許可を得て「聖地のこどもを支える会」で翻訳したものです。


オリーブ・ブランチ NO.175

ベツレヘムだより(36)    2002年10月19日
トワーヌ・ファン・テーフェレン

 私は週二回ヤラを平和センターへ連れて行きます。彼女はそこで手芸と、お話とバレーのワークショップを受講しています。お話のクラスでは受講者は彼女たった一人でした。ベツレヘムの家族は、お化粧のクラスにはあんなに大勢の女の子たちが通うのに、お話や読書には興味がないのかしらとお話のクラスの講師はこぼしていました。少しでも多くの受講者を確保しようと、お話のクラスを手芸のクラスの後に置きました。ヤラはピンクのレオタードを手に入れてからというもの、バレーのクラスに前にもまして熱心に通うようになりました。家ではベッドの上で飛んだりはねたりバレーのような動作をしたりビデオの一場面のような動きをし、合間に突然何度か射撃のポーズをとります。

 ヤラをセンターに連れて行く際に、聖誕教会の前の馬小屋広場を静かに見渡すことができます。この教会はバド・アル・デルつまり、修道院への門と地元では呼ばれています。この広場はそれほど壮大なものではありません。それはヨーロッパの所々の町にある典型的な市庁舎前の広場を思わせます。考古学者は、この広場がある理由の一つとして、ベツレヘムの南にあるソロモンの池からエルサレムに水を運ぶため古代の送水路がちょうどこの広場を通っていたということをあげています。

 先ず最初に視界を大きく占めるのは、要塞のような特徴を持った聖誕教会です。そのちょうど反対にあるオマールのモスクは、細く高い尖塔を持っており、七世紀、イスラムの軍隊の進出以降にこの地を征服したオマールの、教会を破壊したり占拠したりしないという意志を表しています。2、3年前に比べ、イスラム教の信者が増えたように思えます。(先週ヤラとエルサレムのプールに行った時に、オランダ出身のイスラエル人の女性に会いました。彼女は、知人のベツレヘムの大工が、イスラム教徒が多数派なので町を出て行くことになったと言っていました.。彼女はオランダもモスクだらけだと言っていました。私たちの会話は途切れがちになり長くもちませんでした。)

 平和センターは広場の周りで三番目に大きな建物です。親しみの持てる開放的な外観の建物で、コミュニティー活動の拠点となっています。その敷地は以前イスラエル軍が、その前はヨルダン軍と英軍が監視所を設けていた場所です。スージーと私はセンター内の書店によく行くのですが、訪ねてくる人が少ないのでそのたびに鍵を開けて入れてもらいます。

 私は広場のすぐ後ろの小さな店でファラフェルを食べます。この店の主人はベツレヘム2000の祝賀式典のために立ち退きさせられることを望みませんでした。そしてその店は今も町で一番おいしいファラフェルを食べさせてくれます。

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 広場はにぎやかな日常の生活のにおいがします。広場に止めてあるたくさんの車には困ったものですが、特別な行事の場合などのほかは移動させられることはありません。(以前は、もっとひどくて、観光客のバスの駐車場になっていました。)平和センターの向かいはおみやげ屋が入っているアーケードです。パレスチナ警官がムカタのビルが爆撃され破壊され行き場を失った後にこのおみやげ屋の前で寝ていました。売り子がナツメヤシのジュースのタメルルを、背中に担いだ美しい大きな金色の容器から売り歩いています。

 広場は、世界中のすみずみから来てそこを通って教会に入って行った何百万もの巡礼者たちだけでなく、そこで生活している、そしてかつて生活していた庶民の思い出と感情そしてイメージであふれています。運命を決する政治、宗教そしてとりわけ日常生活が入り混じっています。広場の右側には、聖誕教会の包囲の際に広場を制圧しようとしたイスラエル兵士が、家人を一室に閉じ込めた家があります。その反対にはファウドのいとこの、おみやげ屋の主人がいます。彼は同じ時に押し入られ、被害を受けた店の写真を見せてくれました。そして、その右隣には静かなセント・ジョージ・レストランがあります。ここは来訪者との待ち合わせに格好な場所です。一年前に広場を歩いていて、戦車から撃たれたジョニー・タルジエのための記念行事が近々催されます。明日メリーと一緒にタメルを教会に連れてきて、イエス生誕の場所と伝えられている星の上に置きます。(でも彼をじっとさせておくのは難しいでしょう。だれもが驚いて、「どうしてこの子が、こんな物静かな両親の子どもなのだろう」と訊ねます。私たちにとっても、広場は日常生活の中の人生の盛衰を表しています。ヤラの洗礼、アボウ・ハンナの葬儀、結婚式そしてベツレヘム2000の祝賀式典でのすばらしい祝いの時。

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 私は広場の回りを一周します。教育者のグループが、ラマダンから待降節までの毎週広場の回りを横断幕をかかげ、静かに太鼓をたたき、そして多分特別な衣装を着て行進を行います。私たちは、外出禁止令や路上バリケードそしてその他の障害によって、子どもたちや若者が失っている学校での授業を記念します。この行動は、教育を受ける権利を支援するため先日宗教指導者や国家指導者と共に行われた示威行動の続きとして行われます。日常生活の基本的な要求を訴えるための静かで、象徴的で、整然とした行進です。

追伸: 先般アラブ教育研究所は、世界中の多くの人々同様ジェリー・ファルウェル師のイスラム教に対する攻撃を批判する声明を出しました。その後ファルウェルはこの発言(その中でも特に、預言者モハメッドを奇抜にもテロリストと呼びました。)について謝罪しました。


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