「もしもね、悟浄が再起動不可の宣告を受けたら、その時は」
オーナーは小さく溜息をつく。
「チップは処分しないで、持って帰って来て欲しいの。悟浄の素体もこちらで管理しますってことで、手続きをお願いして・・・」
「可能なんですか?そんなこと」
心配気に聴いた僕の眼を、真直ぐに覗き込みながら、オーナーなひとつひとつ言葉を確かめるように会話を続けた。
「再起動は絶対に御法度なんだけどね、所有権はこちら側にあるし、それに、もともと「IR型」の個体を購入しようって考える人間は、決して「処分」を望んじゃいないってことだから、そう言う選択は赦されているのよ。」
「・・・彼は彼として、生き続けるってことですか?」
「そう。心と体は別々にするものじゃないのよ。きっと悟浄が前のマスターとの記憶を処分出来なかったのも、何か意味があることだろうし。たとえそれがどんなに厭な記憶だったとしてもね」
「彼の消せなかった記憶は、悟浄にとって幸せな記憶ではなかった?」
「・・・時々、悪い夢を見るみたい・・・でもね、君がここへ来てか随分と症状は良くなったのよ。びっくりするくらいに。だから、八戒君と出会った彼の記憶も、消してはいけないものなの、そう思う・・・。科学は日々進化しているんですもの、いつか「悟浄」を悟浄として再生出来る日が来るかも知れないでしょう?」
オーナーはそう言って、にっこりと笑ったのだった。
もしかすると、あの日、僕達に振舞われたささやかな休息は、最期の晩餐の意味があったのではないかと思うと、苺の乗った小さなケーキに紅の瞳を輝かせていた悟浄の無邪気な顔が脳裏を過って、僕は胸が痛くなった。
手のひらに、うっすらと汗が滲む。
その扉の向こう、悟浄は・・・・・・
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