馥郁たる薫りに、呑まれる。
まさに、そんな感じで。
12月29日。オーナーは一泊二日の会合に出かけ、僕は悟浄を「ペットショップ」へ連れて行く。店の前を通
り過ぎたことは何度かあったのだけれど、店内へ足を踏み入れたのは初めてで、僕は少し緊張しながら悟浄がメンテナンス室から出て来るのを待っていた。
ショップと言っても、商品である人型が陳列されているわけではなく、数台のパソコンと、簡易修理用やメンテナンス用の細かな商品が陳列されている棚があるだけだ。窓際に商談用の応接セットか3つ置かれていて、今はその3つともが塞がっていた。
「ペット」の所有人口が増えている現状に、僕は昨日オーナーから聞かされて悟浄の話を思い出していた。
悟浄がオーナーの所へやって来たのは今から一年程前のこと。彼は所謂、「IR型」と呼ばれる再生個体で、諸事情で再生過程において不具合が生じてしまった人型なのだ。この過程で不具合が発生すると、非常に厄介なことに、行動制御系統に暴走の危険性があるとみなされてしまうのだった。
悟浄の場合、前マスターとの間の記憶を完全にリセットすることが出来なかった個体で、通
常は再生不可個体として処分されてしまうもの。それをオーナーが引き取ったと言うわけだ。
何らかの理由で処分される「ペット」にも、救いの手はあるもので、個体それぞれに起きている不具合症状を加味して、購入意志のあるものに関しては扉が開かれているのだった。しかし、「その不具合によって生じる不利益、損失の責任を当社に於いては一切放棄します」と言う注意書きが付いて、メンテナンスの際に暴走の危険性がある一定値を越えた場合、チップの処分を宣告されることがあるのだと言う。
その時点で、個体の再起動は認められず、最悪の場合メンテナンス室の扉を潜ったまま、その「ペット」と二度と言葉を交わすことが出来なくなるのだと。非情な話のようだけれど、おそらくこれは、人間の機械に対する畏怖なのだ。
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