- Elysee -
 
 

 その手から目を離さずに、僕はオーナーが頃合を見定めて、適温まで降下した湯温を感覚で認知していることを知った。
 ふむ、と一つ頷いて、
「今日は、特別サービスってことで・・・」
 オーナーは足下の冷蔵庫の中から方形の包みを取り出す。
「あ〜。それ丁香紫(ティンシァンツー)のっ」
 悟浄は大きく見開いた目でオーナーの手の中にある浅紫の箱をじっと見つめて声をあげた。美味しいと評判の洋菓子店の梱包だった。
 箱の中から出て来たのは、ピスタチオのダックワーズの敷かれた小振の焼菓子。苺を使ったTエリゼUと言う名のかわいらしいケーキだった。
「うわぁ。綺麗」
 みるみると輝きを増す悟浄の瞳を微笑ましく眺めていると、交差した視線の先でバツの悪いはにかみが小さな頬に昇った。
「・・・今、八戒俺のことガキとか思っただろ」
 上目使いに僕を見る悟浄の顔がとても愛らしくて、僕は伸ばした手でくしゃりと髪をなでてあげた。
「僕、子供大好きですよ」
 黒くて長い耳がぴんと震える。見上げる紅が熱を持って、
「俺も、八戒大好き」
 小さな告白と同時に腕にしがみつきながら悟浄は額を擦り寄せて、甘えた声で目を細めた。

 湯を注ぐ。
 ゆるく、細めの遅速。

 オーナーは、窪みにポットの先をできるだけ近付けて、一回目の湯を静かに注いだ。ゆっくりと、粉に湯をのせる感じで。
 湯の太さをなるべく平均に保ちながら、中心から外側へ「の」の字を描くように丁寧に注いでゆく。最初の数滴がサーバーに落ちて、蒸らし作業を終えた。二回目以降の注湯はなるべく細かい泡が出来るように注ぎ入れ、適度な回数の注湯で抽出を完了させた。

 
 
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