新年まであと3日となった歳の暮、閉店後に仕事納めの一杯を誘われた僕は、右隣で小さな手を器用に動かしながら豆を挽く悟浄を眺めていた。
そう、一杯と言ってもお酒のことではなくて、この年最後の、オーナーが直々に入れる珈琲を御相伴に与る名誉を得たのだった。たいそう大袈裟な言い回しのようだけれど、店の常連客ですら、オーナーのそれを口に出来る機会はごくごく稀なのだと言う。
実を言えば、僕がこのカフェの門を叩く以前、店自体が「通常営業」をしていたかどうかは甚だ怪しく、ほんの時々、気紛れに営業中の札をドアの前に掲げていることがある、とかないとか。
それがこの店のお約束のような日常だったらしいのだ。
オーナーにとって、このカフェは道楽以外の何ものでもなく、営業中の札を下げていてさえ、給仕と仕込みのほとんどを、「ペット」である悟浄がこなしていたと言うのだから凄い話である。
そして、オーナーは何をしているのかと言えば、小さく、背を丸め、カウンターの隅で黙々と細工ものを拵えることに夢中になっているのだった。あの日、僕がこのカフェの前で立ち止まるきっかけも、この二人の稀有な関係を目にし、死んだようにうっそりとした店の構えに反して、その内部の居心地の良さに心を奪われたからだった。
その時口にした珈琲に、僕は再び心を奪われる結果になるのだが。
はっきり言って、店の面構えは最悪だった。通
りすがりに、一服の休憩を求めて扉を開けようなどと、お世辞にも思えない程、外界に対して閉じたファサードで街の外れに建っていたのだ。
「それで、先刻の話しの続きなんだけど」
真新しいネルを煮沸しながら、オーナーが言う。
「ええ。僕は構いませんよ。二日間、悟浄を預かればいいんですよね」
その言葉に、ダイヤルミルを回す悟浄の手がふと止まる。くりりとした少しつり気味の目が柔らかく綻んだ。
「いつもは一人で置いて行くんだけどね、今年は定期メンテナンスの日と重なっちゃって。あれ、ちゃんと受診しておかないと、資格を剥奪されかね無いんだよね」
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