Umbrella

<4>

 雨音だけが二人の間にあった。時折グラスの氷がカラリと音を立てるだけで、言葉は無かった。



「帰る」
 サンジはそう言いながら立ち上がり、扉に手を掛けた。いきなり現れて、唐突に去ろうとするサンジに、ゾロは咄嗟に何も言うことが出来ず、呆然とその後ろ姿を見送る。
 はた、とまだ雨が降っている事に気付いたが、傘なんて洒落たものはこの船には存在しない。なのに、何故そう声をかけてしまったのだろうか。
「濡れるぞ」
 掛けられた言葉に驚いた表情でサンジが振り返った。
 初めて見るその表情にゾロは少し意外な感じがしたが、それは一瞬で消え、先程まで見せていたような薄笑いを浮かべ、少し開いた扉をそのままパタリと閉じる。
「なに?一人じゃ寂しいって?」
「んな事ぁ言ってねぇ」
「帰って欲しくねぇなら、そう言えよ」
「だから、んなこたぁ言ってねぇって。濡れるぞって…」
 肩に手を掛け覗き込むように顔を近づけてくるサンジに、ゾロはドキリとした。男にしては色素の薄い肌とか、深く澄んだ蒼い瞳とか、改めて近くで見て、綺麗な顔をしていると思う。

「傘がある訳でもねぇ、来る時だって濡れて来た。それを帰る時になって、今更濡れるぞって言う事は、行って欲しくねぇって事だろ」
 近くにあったサンジの顔が更に近づき、唇に触れて離れた。柔らかな感触と微かな煙草の匂い。少し離れた顔がまた近づいて来て、触れる直前で止まった。
「セックス…する?」
「あ?」
「野郎二人でこのまま酒飲んでても、不毛な気がするし、どうせなら一度限りの快楽ってのも、いいんじゃねぇ?」
 サンジの瞳が伏せられ、また口づけられた。軽く啄むようなキスを、嫌がるでもなく受けるゾロに、サンジは舌で閉じた薄い唇を舐める。
「どうせ、もう会う事もねぇだろ…」
 二度目はないんだから、と小さく呟いた。
 ネクタイに手を掛け、サンジは妖艶に嗤ってみせた。



「セックス、しようぜ」



 ユラユラと揺れる船上で、ベッドも甘い言葉もない、互いに気持ちよくなるだけの行為をしようと、軽く言う。船上生活が長いからなのか、そんな道徳観念を教えて貰わなかったからか、男同士とか会ったばかりだとか、そんな事は気にもならないらしい。
 ゆっくりと、三度口づけられ、雨音だけを聞きながら、ゾロは最初で最後だと言う快楽に身を投じた。

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2002/10/25