Kei Kitamura
Vol.1
「ナミさん」 いつもの彼らしくない押さえたような低い声で呼びかけられ、ゆっくりと読んでいた本から顔を上げた。そのタイミングでコトリとカップがテーブルに置かれる。 「なに?」 「…頼みがあるんだ」 いつも見ている顔とは違う、真摯な表情にナミは首を傾げた。 珍しい。 サンジが頼み事をすることなんて、滅多にある事ではない。 「ふぅん。珍しいのね、サンジくんが頼み事なんて。何?」 開いていたページにブックマークを挟み、パタリと閉じた。 少しの違和感。 (ああ…トレードマークが無いのか) いつも口の端に銜えている煙草が見当たらなかった。 買い置きの煙草が切れたのか、ナミの前だから吸っていないのか。後者ではないだろう。ナミが居ても居なくても、彼は口が寂しいのかと思うくらいに煙草を銜えている。 「あー…次の島に着いたら…」 とても言いにくそうだ。 やはり煙草切れかとナミがクスリと笑うと、サンジは続けて言った。 「行ってみたいトコがあって、ちょっと行ってきてもいいかな?」 「?」 思っていた事と違う言葉が返ってきて、ナミは瞠目する。 「時間とか、そんなかかんねぇと思し、買い出しもついでにしてくっから…いいかな?」 「あ、ええ。別に構わないわよ」 一瞬答えに詰まったが、軽く肩を竦めそう答えた。 「何?何か面白い場所でもあるの?」 「…いや。別に面白くはねぇと思うけど」 「知り合いでも居るの?」 「んーそんなんじゃねぇけど」 はぐらかすように言葉を濁しながら、トレイを片手にキッチンへ戻っていった。 暫くはその、らしくない彼の背を見送っていたが、テーブルの上のカップから甘い香りがして、ナミは再び本を開いた。 それが、二日前の事。 島に着くなり、梯子も使わずにサンジは船を飛び降りた。さして大きくないこの島に、サンジの求める何かがあるとは思えなかったが、ログが貯まる数時間の間はそれぞれの自由時間だ。 あれから島に着くまでの間、サンジが煙草を吸っている姿を見かける事は無く、やはり煙草が切れていたのだろう、とナミは思い出し、一人笑った。 見張りにはチョッパーとロビンを残し、各自バラバラと街に散る。 「おい、ナミ」 「何よ」 船を降りたところで先に降りていたゾロに声を掛けられた。 「あいつ、あんなに急いでドコ行ったんだよ」 「はぁ?誰が?」 「アホコックだよ。船が着くなり飛び出してったろうが」 苛立ちを隠せない様子で、しかも傲慢な物言いにナミは一瞬ムッとしたが、ゾロも知らない事だったのかと、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。 「ふぅん。アンタも知らなかったんだ。へぇぇ〜」 「るせぇな。聞いてんだろ?」 「サンジくんがドコに行ったか知りたいの?」 僅かにゾロの眉間の皺が深くなったが、それでも素直にコクリと頷いた。その仕種が妙に動物じみていて、この船に乗るもう一人の動物を思い出し、少しだけげんなりする。 「知らないわ」 「あぁ?」 「だから、ドコに行ったのかは知らない。行きたいところがあるとは言ってたけど、どこに行くとは言ってなかったもの」 「なんだそりゃ。行きたいトコロ?どこだよ?」 「だーかーらー、知らないって言ってるでしょ。知りたきゃ追いかけるのね。ただアンタの方向音痴じゃ…」 無理だろうけど、という言葉を聞く前にゾロの姿は無かった。大股に歩く背中を見つけたが、早速サンジが行った方向とは逆に向かっている。 (これじゃ会えないわね…てゆーか…) 「ゾーローッ!!ちゃんと時間までに戻って来てよ!!」 振り向かないまま片手を挙げた。了解の意味だろう。 「それとー!逆方向に向かってるわよ、アンタ!!」 ピタリとゾロの足が止まり、くるりと踵を返し何事も無かったかのように再び歩き出した。 買い出しで何か欲しい物でもあったのだろうと、街に向かって歩いていた筈なのに、気が付けば林の中に入っていた。こんな所に街があるのか、と特に疑問も持たずに目の前の枝を払いつつ、前に進む。 急に開けた視界に飛び込んで来たのは、一面を染める赤い絨毯。 「…へぇ…彼岸花か…」 群生して生える割りに、所々に土を覗かせる花の中を出来るだけ踏まないように進むと、赤い中にひょっこり金色が見えた。動かないそれを花かと思い近寄ると、花に埋もれるようにサンジが座っている。 「…何してんだ、お前」 「っ!!」 不意に掛けられた声に、サンジが勢いよく振り返った。 「…?!」 金の髪も白い肌も蒼い瞳も見慣れたものだったが、双眸から止めどなく溢れている透明の雫は、滅多に見るものではない。驚いた為かそれを隠す事もなく、呆然とゾロを見つめる瞳からは、新たな涙がほろほろ零れては落ちる。 驚いたのはゾロも同じで、暫くは言葉も出せずに見つめてくるサンジを、ただ見つめ返すだけだった。 先に我に返ったのはサンジの方が早かった。 「…んでっ…テメ…がココに居るんだよっ?!」 「んでって…歩いてたら着いたんだよ」 探していたとは口が裂けても言えない。 「テメェの事だから、街に行こうとしてどうせ道に迷ったんだろ。街は向こうだよ、迷子ちゃん」 口から出てくる言葉はいつもと変わらない。変わらないのだが、涙が止まる事はない。もしかして泣いている事にも気付いていないのだろうか。 「…何で泣いてんだ?」 「へ?」 本当に気付いてなかったのか、言われた言葉を理解するまでに数秒を要した。恐る恐る頬に延ばした手が濡れている事に気付くと、慌ててゾロに背を向ける。 「…な…違…」 膝に顔を埋め、膝を抱え小さく蹲るその背が震えていた。 |
2003/10/22UP
続いちゃった…;;
Kei Kitamura
蛇足:ちなみに通常の彼岸花(曼珠沙華)は学名「Lycoris radianta」
これは品種改良された花…なのかな?私は生で見たことはないです
でも白蓮華もあるくらいですし、突然変異で咲く事もあるのかも?
白蓮華は劣性遺伝で咲くらしいです。
生物の授業の時習ったような記憶が遙か遠くにあります
曼珠沙華とは梵字で『赤い花』という意味らしいですよ
でもこれ↑は白い彼岸花