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-KURENAI-
Vol.6

 頭を撫でられている。
 大きな掌が、繰り返し頭を撫でている。
 遠い記憶を呼び起こす懐かしさに、サンジはゆっくり目を開いた。
 視界に入る彼にサンジは薄く微笑む。
「…ゾ、ロ」
「…気が付いたか」
 頭を撫で続けていた手を頬に滑らせ、ゆっくり離れて行くのが名残惜しく思ったが、自分が何故ココに寝ているのかを思い出した。
 血糊を纏っていた筈のゾロからは血の匂いはしない。恐らくシャワーを浴びて来たのだろう。以前サンジが言った血塗れのまま居るなという言葉を覚えていたのだろうか。
「あ…オレもシャワー…」
 ふと自分も動いて汗をかいたし、血も浴びた事を思い出し身体を起こそうとすると、肩を押されソファに逆戻りさせられた。
「粗方拭いた。とりあえずまだ寝てろ」
「ふ…いた?」
「ああ、骨に異常が無いかナミが調べた。そん時拭ける範囲は拭いておいた」
「ナミさんが…?」
 驚いて頭を上げたが、肩を押さえ付けられているので、それ以上は上がらなかった。女性のナミさんに身体を拭かせたのかと、愕然とするサンジにゾロは端的に告げる。
「俺が」
「…ああ…そう」
 それよりも、何故この男は自分の頭を撫でていたのだろう。
 自分を犯し、それすら無かったことにしようとしていた男が。
 ゾロに肩を押さえ付けられている為、必然的にのし掛かられ、上から見下ろされている体勢に、居心地の悪さを感じた。視線を合わせないように顔を背け、ソファに頬を当てると、肩に置かれた手から力が抜ける。そのまま身体を起こしたゾロは、ソファの下に座り込んだ。
 居心地が悪いだろうに、身体を捩り、動こうとしないその背を見詰める。
 一体この男は何がしたかったのだろう。
 サンジが気に入らなくて、あのような暴挙に出たにしては、自分を呼ぶ声が切なすぎた。
 有り得ない事が脳裏を過ぎる。それは一瞬で、やはり何故、という事の方が強かった。

−− だって…有り得ねぇだろ、そりゃ…

 愛しく思う、好きな相手を強姦しよう等とは決して思わないから。
 項垂れて動かない背に、小さく声を掛けた。
「なぁ…」
「なんだ」
 ゾロは振り向かない。
「みんな何してる?」
「…ナミは部屋に籠もってる。ウソップは船の修理してて、ルフィは定位置だ」
「そっか…ルフィ腹減ったって騒いでねぇかな?」
「…っ」
 ゾロは何か言おうとして、そのまま口を噤んでしまった。
「ナミさんは怪我してねぇのか?」
「一番ピンピンしてる」
「ウソップだけで修理してんのか?手伝わなくて…」
「もう黙ってろ」
 サンジの言葉をゾロが遮る。その声には苛立ちが隠される事無く現れていた。
「なぁ…」
「だから黙ってろって…」
「何で、オマエ、あんな事した?」
「……!」
 それまで背を向けたままだったゾロが、驚いた顔をサンジの方へ向けた。
「オレは…オレは男だから、あれくらい別にどうって事ねぇけどよ。でも、何でだろうって思うじゃねぇか」
 視線は揺るがない。真っ直ぐにゾロを見据えて問う。
 ゾロからの返事はない。
「オレが、気に入らなかった?」
「…違う」
「何が?」
「違う。そうじゃなくて…」
 言葉を探しているのだろう、ゾロの視線が揺らいだ。
 サンジはじっとゾロの言葉を待った。
 何を言われても、傷つく事はない。
 それよりも、真っ直ぐに前を見続けて刀を振るうゾロが、振り向く事の方がつらい。
「すまなかった」
 漸く出された言葉は小さく掠れていた。
「…そんな言葉が聞きたいんじゃねぇよ。何でだって、オレは理由を聞いてる」
「……」
 有り得ない事、考えられない事への期待がゆるりと頭を擡げる。
 ゾロは自分の行動の意味すらも理解できていないのではないのかと、サンジは別の方向から質問を投げる。
「……じゃ、何でさっきオレの頭撫でてた?」
「触りたかったから」
 この質問の返事は早かった。
「ふぅん。何で触りたかったんだ?」
「キラキラしてっし、柔らけぇのかなと思って」
「柔らかかったか?」
「ああ…」
「何でオレを犯した?」
「……」
 黙ってしまったゾロに、これでも駄目かとサンジは溜め息を付いた。
「…った」
「え?」
 小さく、低く呟くような声は聞き取れない。
「欲しかったんだ」
「欲しかった…オレを?オレの身体が?自由に欲望を吐き出せる、都合の良い体だったから?」
「違う。笑ってるお前が。笑いかけて、飯作って、闘ってるお前が、俺のものだったらいいのにって思って…」
 訥々と語るゾロを、信じられないような気持ちでサンジは見詰める。
「酷い事をしたと、思ってる。悪かった」
「クソ野郎」
 ぱちんと派手な音を立てて、ゾロの両頬を挟み込むように叩いた。叩いたその手で頭をガシガシと掻き回す。
「それだけでいいのか?」
 蹴り殺されても文句は言えない事をした、とゾロは項垂れた。
 闘う時は獣のような目をして、触れることも躊躇われるような気を纏わせるこの男が、叱られた犬のように項垂れている仕種は、ある種滑稽だ。
 馬鹿で、どうしようもない飲んだくれで、自分の気持ちも分からないガキで。
「欲しいって、どんな意味か分かって言ってるか?欲しい、欲しいで突っ走るガキかよ、オマエは。そんな時は、まず何かオレに言う言葉があるだろ?ん?」
 ゾロの目を覗き込み、微笑んだ。



「サンジ、お前が好きだ」



 真摯な目をして、面と向かって言われる事が、こんなに擽ったいものだとは、知らなかった。
「こんな事言って…俺がした事が許されるとは思っちゃいねぇ。でも、どうしてもお前が欲しかったんだ…」
「先に言えよ、そーゆー事は。オマエは遅ぇんだよ。アホマリモ」
 再びゾロの頭を掻き回し、そのまま胸に抱き込んだ。ゾロは大人しくされるがままになっている。
「オレが欲しけりゃくれてやるよ」
 腕の中でゾロの身体が揺れた。
「オマエの背中にはオレが居るから…オマエは前を見て、前だけを見て進めばイイ」
「そんな簡単に許していいのか?」
 顔を上げて眉間に深く皺を刻んだゾロの額を、ぺちぺち叩く。
「馬鹿かテメェ。誰が許したって言ったよ。オマエはこれから、オレの機嫌を直すべく、努力するんだろうが」
「どうすりゃ直る?」
「そんな事自分で考えやがれ、クソッたれ。オマエたまには脳味噌使わねぇと、本気で脳まで筋肉になっちまうぜ?」
 ゆっくり身体を起こし、ゾロの頭を手放すと、ジャケットの煙草を引き抜いた。
 真剣に考える表情になっているゾロに、サンジは声を上げて笑った。
「取りあえず、オレはキッチンで腹を空かせたクルーの為に飯を作る。オマエはソコに居ればいい」



 振り返るな

 立ち止まるな



 オマエは、前だけを見ていろ



 血に濡れたその背は、オレに預けていいから…

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2004/9/13UP



一応もう一回続く。
これで終わりでも良いんですが、何か書き残している気がするので…

*Kei*