狭山事件の真相

狭山事件には二つの側面があります。一つは誘拐殺人事件です。もう一つは国家権力による部落差別事件だということです。

石川一雄さんは無実です。再審を実現して無実を明らかにしよう。

国家による部落差別を糾弾する

      第3次再審請求やってます 

1977年の最高裁の上告棄却決定や、その後の第一次、第二次再審請求に関わる裁判所の棄却決定では、「万年筆は被害者のものに間違いない」「被告人の自白通りに発見されたのだから被告人が犯人であることは明白」「発見場所は人目につきやすい場所とは言えないから2園の家宅捜索で発見されなくてもおかしくない」と寺尾判決が維持されたままとなっている。さらに上告審段階から問題となった万年筆のインク問題についても、被害者が下校後にインクを補充した可能性もあると、万年筆が別物であるという弁護団の主張を退けている。
しかし、第三次再審請求で、下山博士の鑑定により、このインク補充説はありえないこと、それは事件当蒔に警察が行っていた荏原鑑定でも証明されていたことが朗らかになった。また斎藤・川窪鑑定では、この「発見」万年筆が、脅迫状の訂正に使われていないことも明らかになった。
もはや、寺尾判決は、万年筆問題に隈っても、完全に破たんしているのであるが、事実調べ抜きに再審が開始されることは絶対にないことをみなさんに強く訴えたい。
ご承知のように、寺尾判決以降、石川さんの無実を証朗する多くの薪証拠が明らかになった。最高裁での上告審では被害者が事件当日に書いたペン習字が開示され、発見万年筆のインクと違うことが明らかになった。また第一次再審請求では、脅迫状の日付訂正部分が、赤外線写真撮影により、それまでの「4月28日」が「4月29日」であることが朗らかになった。第二次再審請求では、事件当時に犯行現場近くで農作業をしていた0さんの「被害者の人影を見なかったし悲鳴も闘かなかった」という証言が朗かになった。さらに前述したように、元捜査官の万年筆問題に関わる新証言も出された。その他にも寺尾判決を覆す新たな新証拠が多数朗らかになったのであるが、再審開始決定には至らなかった。それは何故か。簡単にいうと、新証拠を提出しても、それが裁判で調べられないと証拠とは認められないという「伝聞法則」があるからである。たとえば、弁護団は上告審において、二審で開示された荏原第一鑑定(「発見」万年筆と被害者のインクは違う」や上告審で開示された被害者の日記などを新証拠として提出し、「発見」万年筆が被害者のものではないと主張していた。しかし、最高裁の上告棄却決定では、荏原鑑定は(第二審で)証拠調べがされていないとして排除したのに、これも証拠調べがされていない「発見」万年筆と同級生や郵便局のインクが同質であったとする荏原第二鑑定を援用し、都合のよい決定を出したのである。これは、脅迫状日付訂正問題や、0さん証言、元捜査宮証言でも同じである。要するに事実調べがされない限り、裁判官の恣意的判断や憶潤で、どんな有力な証言、薪証拠でも退けられてしまうのだ。これは、下山鑑定でも同じである。「いや、下山鑑定は万年筆の違いを証明した決定的なものだ。だから、裁判官がきちんと読んでくれたら、きっと再審開始の決定をしてくれるだろう」と考えるのは非常に危険である。考えてもみよう。狭山事件は、犯入取り逃がしの失態を挽回するために、部落差別を利用して石川さんを犯人にデッチ上げた権力犯罪なのである。そのデッチ上げのために、被害者のものではない万年筆を石川さん宅の鴨居に仕込んだ。これが下山鑑定によって明らかになったのである。検察や司法が、狭山裁判を、これまで一般的な刑事事件とは違う対応をとり、今まで何度も煮え湯を飲まされてきたことを考えれば、いかなる楽観論も排除しなければならない。したがって結論ははっきりしている。裁判所に期待を寄せるのではなく、裁判所が事実調べを開始せざるを得ない世論の大きな力をつくること、それは、狭山意見広告運動の成功によっていよいよ始まった。下山鑑定人の鑑定人尋問を行え!事実調べを求める大きな運動をさらに進めていこう!
 

 

        

 

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             万年筆のインク