村山鬼城句集
 
鬼城句集「大正6年版」

元旦やふどしたたんで枕上ミ
大門に閂落とす朧かな
たんと食うてよき子孕みね桜餅
闘鶏の眼つぶれて飼はれけり
己ノが影を慕うて這へる地虫かな
地虫出てまた捜しけり別の穴
川底に蝌蚪の大國ありにけり
静さに堪へで田螺の移りけり
鶏の二振り三振り百足かな
大根咲く里に才女を尋ねけり
夏の夜や遠くなりたる箒星
松風に近江商人昼寝かな
君来ねば円座さみしくしまひけり
蝙蝠や飼はれてちちと鳴きにけり
まひまひや影ありありと水の底
夕焼やうぐひ飛出る水五寸
老鶯に一山法を守りけり
今朝秋や見入る鏡に親の顔
痩馬のあはれ機嫌や秋高し
十五夜や障子にうつる団子突
明月や海につき出る利根の水
飼猿や巣箱を出でて月に居る
相撲取のおとがひ長く老いにけり
草相撲の相撲に負けて踊かな
走馬燈消えてしばらく廻りけり
大風や石をかかへる赤蜻蛉
美しき馬鹿女房や螽取
樫の実の落ちて駆け寄る鶏三羽
杉の実や鎖にすがるお石段
小春日や石を噛み居る赤蜻蛉
冬山を伐って日当る墓二つ
埋火や思ひ出ること皆詩なり
冬蜂の死にどころなく歩きけり
冬蜂をなぶりて飽ける子猫かな

鬼城句集「大正15年版」
となりから四五本はえて竹の秋
たてよこに蒲団しいたり雛の間
庵主や雛の間に寝る北枕
浅間山の灰ふる空や凧
山中の一軒家の猫孕みけり
雉子おりて長き尾をひく岩の上
少しばかり山林持ちて木の芽かな
雷晴れて夕日さしこむ岩屋かな
高樋を蛇のつるんで落ちにけり
大門に閂落とす夜寒かな
秋雲や富士を離れて横なびき
川霧にともして並ぶ娼家かな
秋水を蹴分くる蛙挟みかな
鶺鴒のしたたか飲んで飛びにけり
玉蟲や妹が箪笥の二重ね
菊あげて御堂の錠をおろしけり
鍬鍛冶や冬木に小さき煙り出し
大根引馬おとなしく立眠り
一汁の掟きびしや根深汁

続鬼城句集「昭和8年版」
雪解やひよろひよろと鳶の声
菱餅のそりくりかえる五日かな
鶯や隣へ逃ぐる薮つづき
二三日早起をする桜かな
桃ちるや戦ひ勝ちてしやもの声
芳草や閨秀作家二三人
痔バンドの腹に喰入る暑さかな
芋畑へすっぽんあがる旱かな
待宵やふところ紙の假つづり
笠飛んで目も鼻もなき案山子かな
よく光る高嶺のの星や寒の入り
大寒や北斗七星まさかさま
凍雪におりて嘴とぐ雀かな
寒烏戦飽きて唖々と鳴く
何も彼も聞知ってゐる海鼠かな

第三鬼城句集「昭和13年版」
春風やあかねまきたる牛の角
山焼やかさきてうるむ峰の月
わら苞のとけて蛤こぼれけり
音もなくさしくる汐や蘆の角
雹晴れて深山烏の鳴きにけり
かがり火に見えて鵜匠の老なりき
草の戸の夕飯おそき螢かな
蓮の花ゆらりとゆれてちりにけり
すき腹に鐘のひびきや夜半の秋
飼鶴の秋の空恋ふ高音かな
十六夜や遅参の僧に秀句あり
籠鳥の遠くも飛ばず放生會
船窓にかたまつて見る花火かな
蟷螂の頭らまはして居直りぬ
補聴器を祭って年を送りけり
雪虫や目鼻ぬけたる雪達磨
ずるずるとずり落ちにけり屋根の雪
逃げながら吼立つ犬や冬の月
松笠の真赤にもゆる囲炉裡かな
船住の波にゆらるる炬燵かな

以後
いとど飛ぶまだ生きている枕上

補遺
悪筆もかたみとなりて扇かな  明36
春の水指で硯にたらしけり   明37
姉がつき妹が唄ふ手まりかな  明42
幾人の母になりけん踊かな   明43
ゴンボチの跡懐しき裸かな   大 2
 
 
 
 

鬼城の句鑑賞

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