2009年9月26日(土)  存在と不在

『ニューシネマ・パラダイス』『時計じかけのオレンジ』『ベルリン天使の詩』『パリ・テキサス』『ショーシャンクの空に』・・・。

ワークショップの塾生たちに、好きな映画を尋ねたことがある。そのときの答えがこれらの映画だ。当時は塾生が多く実際はもう少し挙ったのだけれど、すべては覚えていない。
これらのタイトルを聞いて、順当なところだなと思った。続いて、その映画がなぜ好きなのか、と質問を続けた。彼らの発言はぼくの想像の域を大きく出ていなかったから、残念な気がした。もっとおもしろい独断的な見方や解釈ができないものか。
その中でオヤッと思う塾生がひとりだけいた。『時計じかけのオレンジ』を挙げた相原だ。

奇才と呼ばれるスタンリー・キューブリックの映画の中でも、異質な映画であると思う。確か大学の1年のときに封切られ、その頃はまだ映画にのめり込む前だったから観なかったし、当時ぼくはキューブリックという人をほとんど知らなかった。観たという広島出身の友人に聞くと、「変な映画で気味が悪い」と言った印象だけがある。彼はそれ以上を語ろうとしなかった。語りたくない、その映画をもう忘れたいという感情がその顔に出ていたように思われた。
その友人は愚直なほどに純朴で、好青年を絵に描いたような人間だったから、後年その映画を観たぼくは、彼の感想ならそうなるだろうと正直なところ納得した。
ぼくが初めてキューブリック作品を観たのがどの映画だったかを覚えていない。何本か観たあとでようやく『時計じかけのオレンジ』に行き着いた。すでにその監督を知っていたにもかかわらず、世界観の異質(異常)さと、周到な作り込みに衝撃を受けた。目を覆いたくなるような主人公。人間の本質はあるいはこうなのかもしれない。
後味という意味では、よくない映画だった。よくないけれど、何だか心にずっと引っかかってしまうのだ。例えばヒトラーを悪と認識しながら、人間的には気になってしまうように。
なぜ好きかという相原の答えは忘れた。ただ、星の数ほどある映画の中で、この映画を挙げたところが彼らしい。
そのときぼく自身が挙げたのは、おそらくアンジェイ・ワイダ監督の『灰とダイヤモンド』ではなかったか。イデオロギーが交錯する第二次大戦後のポーランド。全体の構成もさることながら、光が見事だった。ワイダが光の使い方を熟知していることを悟った。
光。それは写真をやる者が避けて通れないもの。

狂いかけるほどと言えば大袈裟すぎる。そのかなり手前だけれど、映画にはまった時期がある。お金がないから封切り館ではなく、とんでもない映画を組み合わて2本立て、3本立てをやっている名画座のようなところを徘徊し、何本もの映画を観ると、下手をすると頭が混乱するのだが、それはある意味でおもしろかった。
3人で2本立てを見終わり、地下鉄の駅まで夜道を歩きながら、こんな会話があった。
「いやー、参ったな」
「そうね。おもしろくて、けっこうゾクゾクした」
「意表をつくシーンがけっこうあったね」
ぼくはピアノを専攻する女友達と『ブリキの太鼓』について語っていた。タイトルを言わなくてもどの映画を指しているかは暗黙の了解だった。シーンのディテールを語ろうとしたとき、油絵を専攻する男がそれを遮り得意げに言った。
「確かによかったなァ『クレーマー・クレーマー』」
女友達とぼくは顔を見合わせて、なんとなく映画の話題はそれで終わりになった。人それぞれである。

近年は映画館に行くことがほとんどなくなり、TVで観ることが多くなった。レジ袋の中の何かを捜すシャリシャリという音のあとに漂ってくる食べ物の匂い、微かに聞こえる話し声、咳やくしゃみ、途中で堂々と入場する客。映画館の他人の言動で、集中が途切れてしまう事態を苦々しく思うぼくとしては、TVで観る方が正解ではないかと思うようになった。

先日、アカデミー賞をもらった『おくりびと』をやはりTVで観た。
いい映画だと感じつつ、惜しいという気持ちが残るのは、もっともっといいものに出来たのではないかと、関係者の苦労も考えず、単刀直入にヌケヌケと思うからだ。ミスキャストではと思う俳優がふたりいたし、観ている途中で悪い意味での違和感を持つ部分もたまにあった。
山崎努はよかった。山形の風景もよかった。納棺夫を映画にしたいと考えた本木雅弘は大したものだ。
映画と直接に関係がないことだが、受賞直後にインタヴューを受ける監督の大声ではしゃぐ様が頭に付いて離れない。その様子と映画の内容とに、なんだか気持ちの悪い違和感があったのだ。そして映画を観たあと、やはりその光景が浮かんでしまった。
同じ日『つみきのいえ』でアカデミー賞の短編アニメ賞を受けた若い日本人監督は、上がって(上気して)いたが、舞い上がっているようには見えず、たどたどしさに好感を持った。なかなかの大物ではないか。

その映画を観たあとに、頭をよぎったのは、黒木和雄という監督の映画だった。
2006年に亡くなったその人の晩年の2作品に心惹かれていた。黒木さんの映画を初めて見たのは、かみさんが観ていたとき、途中で参入した『父と暮らせば』で、途中からは嫌だったのだけれど、気になっていた作品だったからつい画面を覗き、とうとう最後まで観てしまった。
その後、『紙谷悦子の青春』は黒木さんの映画だから観た。
これらは黒木さんの戦争レクイエムと言われる映画三部作のふたつである。別に戦争ものが好きなわけではない。しかし二作とも最後まで引っ張ってしまう力がある。それはどんなジャンルの作品でも良いものの最低の条件だ。しかも、それらの映画は終わってしまうのが惜しいという気さえした。
驚くほどの斬新さはない。淡々と日常が綴られる。ある見方をすれば、ただそれだけの映画だ。登場人物の少なさ、長いセリフ、小津安二郎よりもずっと長いと思われるカット。場所の設定はほとんど変わらない。そんな黒木監督の特徴を記せば、映画好きは観ていなくても何となく理解できるかもしれない。
『父と暮らせば』は、宮沢りえと原田芳雄のほぼふたり芝居だ。そう、映画なのに芝居のようだ。芝居嫌いのぼくが見てしまうのだから、その意味でも恐れ入った。いかにもセットだと素人にもわかるのが玉にキズとしても、それがさほど気にならない。ぼくはその映画で宮沢りえの可憐さに参り、原田芳雄を発見した。その映画の原田は、少なくともぼくが知る原田芳雄ではなかった。
『紙谷悦子の青春』では、本上まなみを発見した。ダイコン役者と思い込んでいた、というよりも役者として認めていなかったのに、薩摩オゴジョに成り切っていたのにはちょっと驚いた。土地の人が見れば、正確な薩摩言葉ではないかもしれない。しかし堂々とした薩摩の女だった。小林薫もさすがである。ふたりのやり取りの「間」が絶妙なのだ。ぼくは没入していた。

二作ともに見慣れた映画と作り方が決定的に違う。
落ち着いた色合い、低いカメラ位置、極力押さえたアップ、カメラをやたら振らず、割りすぎないカット、劇的でない音楽、・・・。これらの手法は作りすぎないこと、例えばカメラワークや、音入れや、編集でごまかすことのない世界を目指しているように思える。言い換えれば、これらの手法の逆を適切にできれば、あるレベルの映画はできてしまうはずなのだ。しかし黒木さんは敢えてそれをせず、役者の力を引き出すことに賭けているように見える。
この手法は、力のある者だけにしかできない芸当である。それでいて映画を観る者に、その手法は黒子のような存在となる。
控えめにしか映らない手法。これは結果として、重い内容をあまりにもそれらしく見せないことにつながっている。だからこれらの映画は、見る者を力まかせに引き込むのではなく、しっとりと心をつかむのだ。

三部作のもう一作『美しい夏キリシマ』を、そのうちに観たいものである。
惜しい人を・・・と思いつつ、そんな通俗ではなく、黒木さんはもう死んでしまったのだと思った。

映画を撮っているカメラというものを観る者に感じさせないような手法の数々は、黒木和雄という人自体が、映画の前では黒子のような存在でいたかったからではないか。
そんなことをふと思い、死によってそれはひとつの完成を見た気がした。
黒木さんの映画をもっと観たかったと思いつつ。


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