2009年2月10日(火)  連鎖

奇妙な事象が続く。
前回、連鎖について触れたら、まさに連鎖が起こる。しかもシンクロニシティー、あるいはそれにまつわる連鎖だ。

2月1日の夜半、Tさんからメールがきた。雜賀雑貨の女性用腕時計・ベンラスを購入希望のメールだった。ぼくはさっそく時計を取り出して、時計が動くかどうかを見るために竜頭をフルに巻き上げた。精度をきちんと調べて、日常使用できるかどうかを確かめ、24時間後に問題がなければ、メールを出すつもりでいた。
時計を作動させて21時間が経過するころ、一通のメールが届いた。
「ベンラス (スイス) 415を購入希望します」
返事が待ちきれずに再度メールがきたのだろうと思ったら、別人だった。

そのメールにはこうあった。
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「雜賀雑貨」のページをを以前(おそらく1年以上前)初めて拝見させていただいて以来、
心の片隅でこのカクテルウォッチのことがずっと気になっていました。
ご返事お待ちしております。よろしくお願いいたします。
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同じ日に同じ時計を購入したいとメールして来た2人の女性がいた。雜賀雑貨に品物を出すようになって、こんなことは初めてである。購入希望の人を匿名で表記しようとして、いま気がついた。ふたりともTさんである。
24時間が経過して問題がないことを確かめ、それを最初のTさんにメールした。そのなかに次の文面も入れた。

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昨日Noteを更新しましたが、その内容を彷彿とさせるような出来事がありました。
先ほど、ベンラスを購入希望の方からメールがきました。
売り切れのことは、これからメールするつもりです。一足の差でしたね。
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次いで、後のTさんに返事を出した。
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申し訳ありませんが、ベンラスは一足違いで売り切れてしまいました。
本日のことでしたので、まだサイトに売り切れの表示を出しておりませんでした。
Tさんも記されていますように、長い間売れずにいましたが、
売れる時はこういうものでしょうか。
どうぞご了承ください。
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最初のTさんからメールがきた。
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ベンラスの注文が重なったとお聞きして不思議なこともあるものだと思いました。
実はもう少し早く注文をお願いしようと思っていたのですが、風邪をひいた
り、仕事が忙しかったりと機を逃していました。
ようやくお願いしたところに1日違いで他の方も希望されるとは、おっしゃる
ように本当に一足の差でした。(雜賀註 : 1日違いでなく、同じ日でした。)
何となくベンラスと自分との縁を感じてしまいます。
Noteの『シンクロニシティー』も読ませていただいて、そういことは確かに
自分にもあると思っていた矢先でしたので。
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後のTさんからもメールがきた。
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同じ時計を、ほぼ同じタイミングで
「購入したい」という決断をした方がいらっしゃったことに、少し驚いています。
残念という気持ちもありますが、不思議とうれしい気持ちの方が大きいです。
こんなことがあるのですね。
どうか、お気になさらないでください。

1年ほど前にベンラスのページを初めて拝見したとき、
直感的に「素敵な時計だ!」と思ったのが始まりでした。
(私事で恐縮ですが、当時は学生でしたので、経済的な事情もあり
すぐに決断ができなかったのです。)
実際に触ってみたわけではないけれども、長くつきあえそうな、そんな気がしました。
この先また、そのような時計に出会えれば良いなと思います。
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複雑な思いで、最初のTさんにベンラスを発送したら、礼状がきた。
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ベンラスは華奢でとても軽く、身につけていることを忘れそうになります。
文字盤の放射状の線もうるさくないですし、時刻の表示がない代わりにこの線
が目安になります。ブレス部分も細かくカットがはいっていて光がきれいに反
射するのでつい見とれてしまいます。
届いてから昨日、今日と腕につけてみましたが遅れることもなくきちんと動い
ています。
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購入がかなわなかった後のTさんには申し訳がないけれども、なぜ売れないのか不思議なほど、ベンラスはなかなか良い時計だった。それが、売れる時はこういう成り行きとなる。
ふたりの女性がどんな人柄か、メールの文面を読んでいただければ察しがつくと思う。最初のTさんは『月の道-Borderland』のオリジナルプリントを購入していただいたことがある。思慮深い大人の女性だ。
後のTさんが大学を出たばかりの若い女性であることに驚いた。全文を掲載すればわかっていただけるのだけれど、22、3歳の女性とは思えない文章なのである。
2月1日はベンラスの連鎖だった。


2月3日、電車を乗り継いで市ヶ谷の歯科医院に出かけた。わざわざ遠くまで出かけるのは、先生の腕が抜群にいいからだ。
1月の終わりに、長年お世話になっている歯科医院から定期検診のはがきが届いた。だんだん歯も悪くなる年齢に達したのに、一年以上もご無沙汰しているから、異常はなくても一度顔を出すか。そう思っていたら1月30日に突然右下の奥歯に異常が出た。まるで定期検診の連絡に触発されたように。
歯科医院の診察台の上にすわり、先生の登場を待っている間、電車の中から読み続けていた新潮社の『波』という小雑誌の2月号を手に取っていた。その時に開いたページには、藤原正彦さんの文章があった。藤原さんはお茶の水女子大で教鞭を執る日本有数の数学者で、並の文学者に勝る文才がある。ぼくはその真面目と可笑しみが渾然一体となった文章のファンである。診察台で読みながら笑いをこらえていて、ふと思い出した。そう言えば藤原さんもこの歯科医の患者だ。
以前のことである。氏の著作のどれかに、それを匂わす下りがあった。そのとき、おそらくぼくと藤原さんが同じ歯科医の患者だと確信し、医院で尋ねたら、やはり正解だったのだ。
歯科医の老先生は以前は小学校の先生で、藤原さんは教え子なのだった。その縁で藤原さんはこの医院をかかりつけにしているらしい。
「藤原正彦さんは治療にいらっしゃっていますか?」
「そう言えば、しばらくはお見えになってないですね。」
医院の受付の壁には小説家・新田次郎さんの俳句の色紙が額装して掛けてある。ご存知の方も多いだろうが、新田次郎さんは藤原さんのお父上だ。親子の文章は対極をなす。しかし文才は受け継がれている。
2月3日は藤原さん絡みの連鎖だった。


その日(3日)の夜、急に広島に電話する必要が生じた。広島への電話など珍しいことで、これまで経験がないかもしれなかった。
翌日、あるメールがきた。名前を見ても思い当たる節がなかったから、内容を見ずに消去すべきかなと思っていたら、ぼんやりと思い出した。
2002年頃何度かメールのやり取りをした広島のY君だった。彼は機知に富んだというか、相手の身になれる人である。ぼくがすっかり彼を忘れている可能性を考え、また、以前ぼくのPCがパンクしてすべてが吹っ飛んだことを知っていて、以前のメールのやり取りをすべて送ってくれていた。
ここのところ多忙で、返事をまだ出していない。兎に角、2月3日と4日は広島の連鎖だった。


今日、会社のかみさんから、ただ一行のメールがきた。
「今『建物のカケラ展』(一木さん所蔵品)やってます。」
新たな連鎖だ。

一木(いちき)さんとは上記の歯科医院を紹介してくれた、その人である。というのも、一木さんはむかしそこで働いていた歯医者さんで、今は茨城の地元に帰り家業を継いでいる。「歯科医の一木さん」と聞き、それだけで一木さんを理解する人は、無類の建築オタクである。一木さんは「路上観察学会」の開設メンバーで、赤瀬川原平さん、藤森照信さん、南伸坊さん、マンホールの林丈二さんたちの仲間である。そしてぼくの友人でもある。
一木さんは日本広しと言えども、ある分野では日本で唯一無二の奇人である。何が唯一なのか。どこが奇人なのか。説明するのが面倒だから、江戸東京たてもの園のサイトを見て下さい。
今晩、一木さんに電話したら、日曜は会場にいるそうです。建築好きは是非出かけてください。建物園内には名建築も数々あります。一木さんは背が高く、おかっぱ頭の男性です。奇人といっても頭のおかしい人ではありません。頭脳明晰で気だての良い優秀な歯医者さんです。話好きですから声をかけてみてください。ぼくたちも一度出かけます。

2月に入って、これだけ連鎖が続くと、なんだか気味が悪くなり、連鎖の連鎖がどこまで続くのかと思いつつ、けっこう楽しんでいる。



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