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THE・掲示板
アニばらワイド劇場

 
第34話「今“テニス・コートの誓い”
」 〜命〜



1788年、フランス政府はかつてないほど深刻な財政困難に陥り、打開策として新しい税を増やそうとする国王側と高等法院の対立に、ついに三部会が召集されることとなった。
第一身分(僧侶)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)、すべての国民の代表である議員からなる三部会は波乱の予感を漂わせながらも翌1789年5月、その開会式が挙行される。
荒れる三部会。新しい時代へと思いを馳せる平民議員、一方頑なに旧体制を守ろうとする僧侶、貴族議員たち。議論は平行線をたどり、日に日に過激さを増すパリ市民たちのシュプレヒコールは6月の雨空などものともしない程に高く激しく、パリ全域でうねりを上げていた。

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衛兵隊パリ特別巡回。
三部会が開催される事となり一旦は収まったパリ市民の貴族たちへの怒りは、このところの議論の停滞により再び激しく湧き上がり、昼夜を問わずベルサイユには暴動の報告書が届くようになっていた。
新しい時代への希望と、閉鎖された空間で遅々として進まぬ話し合いへのジレンマで、今やパリ市民の抱えるストレスは爆発寸前であり、警備にあたる者たちもその任務の過酷さに次第に命の危険を感じざるを得ない状況となっていた。
そして、主にこれらの役目を任されているのがフランス衛兵隊であり、A中隊とB中隊とが三部会の議場警備とパリ巡回を交互につとめる事になっていた。

     

「昨日の、サンアントワーヌ地区で発生した暴動の犠牲者の数は・・・?」

ベルサイユの一室で膨大な量の報告書に目を通しつつ尋ねると、訊かれた男は微かに溜め息をついたようだった。

「把握できるだけで女子供を含む市民18名とA中隊の兵士2名が命を落としました。怪我人まで合わせると・・・40から50人規模だと思われます」

ダグー大佐は目の前の私を通り越し、何処かもっと遠くを見つめているかのような表情をする。
もっとも、彼に訊けば同じ事を答えるに違いない。
“ジェローデル大佐、何処を見ている?君に何が出来る?何をしようとしている?”と。

無言の圧力の中で私は何度もその問い掛けを聞いてきた。だが、回答のしようがない・・・。
私の不甲斐なさを解っているから、彼も言葉に出して訊かないのだろう。時折僅かな時間でもこのように面談に応じてくれるだけで有り難い。それというのも連隊長がひたすら現場主義を貫いて、ベルサイユに伺候せねばならぬ案件は殆ど全て副官である彼に任っせきりだから・・・という背景があるのだが。
まぁ、なんにせよ、今はこれが私に出来うる全てなのだ・・・。
本人が・・・連隊長がたとえベルサイユ宮に居たとして、このように面と向かって話をする機会は金輪際、私には訪れようはずもない。

今日は連日報告される殺人、テロ、暴動について、その詳しい状況をベルサイユに被害が及ぶ前に警備鎮圧の責任者から直接話を聞きたいと・・・そういう名目でダグー大佐には手間を取らせてしまっている。
思いがけず陸軍士官学校の話題を共有してからというもの、いや、士官学校などはどうでも良かった。連隊長の過去と現在を知る者同士お互い妙な縁を感じているのが分かる。
もちろん、彼女と私の仕事以外の経緯など大佐は聞いたはずもないだろう。だが、彼は知っている。
何よりもここでこうしている私の立ち居振る舞いの不自然さが、全てを物語っているに違いない。
偏屈者が、何をそんなに執着してみせる?と。
彼は不思議に思うだろうか?私の表情のひとつひとつはどのくらい見苦しく貴官の目に映っているのだろうか?愛する女性を日々命の危険に晒し、それについて何の手立てもない私を無能だと軽蔑しているのだろうか?
いや・・・ダグー大佐の視線に蔑みの色は感じられなかった。

これは私の願望というか希望も入っているのかもしれないが、大佐も恐らくオスカル・フランソワを指揮官以上の特別な目で見ている。そしてそれは私のように生々しい感情を伴ったものではなく・・・言うなればもっと慈愛に満ちたものであるように思われてならない。
だからこそ、私も心で叫びたくなるのだ。気がかりでならない、盾になってやりたくて堪らないのだ!!と・・・。




「近頃では同時多発テロも頻発し部隊もバラバラで行動せざるを得ません。多勢に無勢です。しかも相手は決起した農民などではなく武装したテロリスト集団である場合が殆ど。少人数では鎮圧に至る前にやられる。それに緊張感は24時間保ち続けられるものじゃない・・・昨日殺された兵士の一人は12、3歳の少年に刺されて息絶えたのですよ。少年が群集に揉まれ押し潰されそうになっていたところを彼は救出しに行き、安全地帯で応急処置をしていた。その直後、少年は隠し持っていた短剣で・・・・・。今や女や子供までもがそのような状態で、我々としてもぎりぎりの状況です・・・」
話し終わるとダグー大佐は今度こそ深々とため息をついた。

酷い世の中になったものだ。
このように惨たらしい報告を聞いても耳を疑うこともなく、その場の光景をまざまざと思い浮かべる事が出来る。一体いつからだ?いつから人々の心はこんなにも荒んだものになってしまったのか。夢を語り恋を歌ったセーヌ川に、やがて死体が浮かぶ時代がやって来る等と・・・あの頃の一体誰が想像できただろう。

パリ全域が特別警戒区域となった今、明日をも知れぬ思いでいるのは何も平民たちばかりではない。去り際に振り返ったダグー大佐の唇が何か言いたげだったのが気にかかるが・・・恐らくは連隊長に関することなのだろう。だが、それを言葉にして私に伝えることが憚られたに違いない。結局無言のまま行ってしまった。私のあまりの不甲斐なさに言葉を飲み込むしかなかった大佐に申し訳なさが込み上げた。




結婚などと大それた夢をみたのは、もう過去のこと・・・。
未練がましいと非難されようとも構わない。

貴女を愛しいと思う。この世で一番、かけがいのない存在だ。
この先永遠に願い続けるだろう。私の命と引き換えでもいい。
オスカル・フランソワ・・・貴女の命と安らぎだけが、・・・私のすべてだ。





     


「けどよー・・・先週のA中隊のよー・・・パリ巡回の話、ありゃ、やば過ぎだよなぁ・・・」

止めとけばいいものを話題に出し、怖気づく気持ちを吹き飛ばそうと急に一人の兵士がケラケラと笑った。
「びびちまってよ!!2ブロック行くのにも勇気振り絞んなきゃなんないわけよ!見ろよ。あの角曲がったら何が起きるか分かんねえぜ。常に肝試しだ。・・・ははは・・・この安月給でよ、身がもたねえぜ全くっ!!」

毒づく台詞が煤けて乾いた路地に反響し、虚しく石畳に吸い込まれた。
「・・・あ〜ぁ、鼻歌うたいながら適当に流してた頃が懐かしいわ」

「おいルイ、静かにしろよ」
アランにたしなめられて「はいよ」と大人しくなった兵士はB中隊でも古参の部類だったが最近の命がけ任務に納得できず、真剣に転職を考え始めているようだった。
「ここにいるよりよ、田舎に引っ込んで自給自足した方がまだ生き残れる可能性高いぜ」
昨夜も宿舎で独りごちていた。けれどアランは誰よりも彼がパリ好きであることを知っている。「この大転換期に離れられんのか?逃げて田舎で生き延びて、それでもパリジャンかよ」とからかってやったら男は「もう俺の気に入ってたパリじゃねえけどな」と精一杯おどけて苦い作り笑いを見せていた。

A中隊で殉職者が出て以来、パリ巡回は警戒レベルを引き上げ、フル装備で常に5、6名からなる班単位で行動するよう義務付けられていた。夜の間降った雨が蒸気となりゆらゆらと立ち上っては一同の気持ちを一層滅入るものにしていたが、大多数である善良な市民たちを危険から守れるものならば守りたい。ベルサイユの砦としてではなく軍人として当然持ち合わせている意地やプライドのようなものがどうにか原動力となって兵士たちを日々命がけの任務に向かわせていた。




オスカルは馬の足を止め耳を澄ます。
入り組んだ路地の中には人々の生活があり、そこにはまだ温かな会話もあるのだろう。
貧民窟というわけではなく比較的まともな暮らしを営む界隈には子供たちの笑い声さえ微かに響いていた。石畳を駆け回るタッタッタッタという木靴の音が楽しげに響き、複数の母親らしき女の声がする。

水の流れる音、木々の揺れる音、食器を並べる音、衣擦れの音、人々の笑い声・・・・・

どれもがかけがえのない命の音なのだと思う。銃声や爆竹の破裂音などが轟くのを許してはならない。


ふと振り返り共にいる者の顔を見渡す。
アンドレ、アラン、ラサール、ルイ、ジャン・・・・・・
緊張感が伝わる・・・耳を澄ませば早鐘のような彼らの心臓の音までが聞こえるようだ。



オスカル・・・出来る限り耳を澄ませ・・・。命をかけて守らねばならないものがここにはある。





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