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第37話 「熱き誓いの夜に」 〜隊長〜



1789年7月12日 朝
昨日、大蔵大臣ジャック・ネッケル氏が罷免された。
そして愛国者虐殺のデマが飛び
民衆が武装を開始した。

パリにもう昼と夜の区別はない。
人々は棒を持ち、ナイフをかざし、路地裏を走り回る。
パリに集められた10万の軍隊がかがり火を焚き、市民を怒鳴りつける。
混乱 そして疑惑・・・
これが新しい時代への胎動なのだろうか・・・

輝ける明日の為の何かなのだろうか・・・?

・・・わからない

わからないが見つめよう。
この時代の節目を、俺の右目で・・・
もう、ほとんど見えなくなりかけた俺の右目で・・・


    


早朝の厩舎にやって来たアンドレはその懐かしく優しい匂いを嗅いで先ずはホッと息をついた。

初めて此処へやって来た時にはあまりの環境の悪さに絶句したものだが今ではだいぶ改善され、穏やかな表情を浮かべる馬たちのコンディションも以前と比べて格段に良くなっている。

軍馬の調教、管理にあたっては陸軍による専門の機関が存在し、馬それぞれには担当の馬丁が付く習わしがある。よって遠征や戦闘時といった例外を除いて、兵隊自らが普段これらを一対一で世話することは無い。
だが、アンドレは違っていた。
職業柄という味気ない言葉では説明できない生き物に対して特別な情のようなものが彼には生まれつき備わっていた。
暇をみつけては衛兵の厩舎へ足を運び、掃除をし、触れ合いコミュニケーションを図ることによって少しづつ信頼を勝ち得ていったのかアンドレの気配を察知するやいなや馬たちは一斉に彼の方を振り向いた。そして各々が甘えるように鼻を鳴らすと尻尾を振り回し精一杯歓迎の意を表した。

「よぅ!おはよう」

明るく声をかけ厩舎の中に入るアンドレを見て、真っ白な馬が一番長く首を伸ばしヒヒ〜ンと誰よりも甲高く嘶いた。

「よしよし、いい子だ。おまえ、今日もご機嫌だな」

アンドレは干したての柔らかい藁をつかむとそれで馬体全体を丁寧に撫でながら優しく語りかけた。
すると白馬は輝くようなたてがみを揺らして満足そうに目を細める。そして顔をすり寄せ、まるで鼻歌でも歌うかのようにリズミカルにフフンと鼻息を鳴らすのだった。

白馬はしばらくのあいだ気持ちよさそうにしていたが、その日は動揺から来るほんの少しの手加減の違いから、アンドレの心に暗い影を落とす物の存在に気が付いたらしい。
突然、白馬はピタリと動きを止め、彼の顔をじっと覗き込んだ。

「・・・やれやれ、俺の方がおまえに観察されてるみたいだな」

笑いながら鼻面を撫でる男の仕草に白馬は再び目を細めたものの、心配そうな様子は変わらず、ゆっくりと向きを変えると頭をアンドレの肩に擦り寄せた。

「おまえは知ってるのか?・・・オスカルは、何を隠しているんだろうな・・・・・」

消え入りそうな声で尋ねるアンドレに反応したのか白馬は耳を小刻みにクルクル動かしたかと思うと、視線を泳がせぶるると短く唸ってみせた。

「あ・・・ごめん、ごめん。大丈夫だよ。たとえ何があろうが、大丈夫だ、オスカルは」

鼻面を優しくぽんぽんと叩きながらアンドレは明るく微笑んだ。
それに安心を取り戻したのか、白馬は上下に首を振って、再び厩舎に響くよう大きくヒヒ〜ンと嘶いた。



     


「あ・・・アンドレ、おはよう」

人の気配を感じ振り向くと小柄な男のシルエットが目に入った。
逆光で眩しく姿を確認できなかったが、声を聞いてそれはラサールだとすぐに分かった。

厩舎で作業をしていると何故か彼に出くわす事が多い。
というより、意識して此処に足を運んでくれているのだろうなとアンドレは思った。
最初の頃、一連のこの行動を不審な目で見られた時に、ラサールに話したことをふと思い出す。


「軍隊が力を発揮する為に馬の存在は大きい。機動力と突撃力、馬の健康状態は仕事の質に直結するんだ。だから、すみずみまで丁寧に観察し、優しく接してやらなきゃならない。まずは馬との信頼関係を築くことだ。そぅ、はっきり言って騎兵隊ともなると軍の良し悪しは跨る人間以前の問題だ。そこで、腕のよい馬丁は優遇される。何より、馬に好かれるようになるとな、楽しいぞ、ラサール」


アンドレの発言に目を丸くしたラサールは馬丁という単語に大いに引っかかったようだが、以来何かと手助けしてくれる場面もあり、今では立派な奉仕活動家として馬たちからの信頼も厚い。

動物が好きなのだろう。かなりきつい、しかもこれは時間外労働である。報酬が目当てでない以上、彼は馬という生き物が好きなのだ。
一頭一頭に名前をつけ、語りかけ、体を撫でながら生き生きとして来るラサールを眺めながら、いつしかアンドレもなんとも言えず穏やかな気持ちに包まれていくのを感じていた。




逆光に目が慣れ、ラサールの姿が確認できるようになると、ぼんやりとだったが彼の複雑な表情が目に入った。
ふいに、胸が苦しくなり堪らなくなる。
きっとラサールも辛いのだろうな・・・とアンドレは思った。


明日明後日には俺たちB中隊にも出撃命令が下るだろう。
その時は、こいつらにも、残酷な運命が待っているのだろうな・・・・・





「アンドレ、隊長の馬と 本当に仲がいいんだね・・・」

思わず吹き出した。
・・・なんなんだ?表情からしてもっと深刻な話があるのかと思ったら・・・ラサール、おかしな奴だ。


「あ、あぁ、長い付き合いだからね。気心が知れてるっていうか・・・・・」

「ごめん、変なこと言って・・・。あの、俺もさ、隊長の馬、・・・最近やっと・・・ブラッシングしても嫌がられなくなったんだ!」

気のせいか若干目を潤ませながら叫ぶラサールを見て、とうとうアンドレは笑い出した。

「それは・・・出世したなぁ、ラサール!けっこう気位が高いんだ、こいつは。なかなか人に気を許さないんだけど・・・なぁ、代わろうか?」


持っていた藁を脇に置いてぱんぱんと手を払うとアンドレは白馬をぐっと引き寄せ、小声で何かを囁いた。白馬が耳をピクンッと動かし、ぶるっと鼻を鳴らす。



「じゃ、ラサール、続きを頼むぜ。愛情込めて、念入りになっ!」


       


「それで、なんて言ったんだ?」



A中隊がパリへと出動し静まり返った兵舎内をアランとラサールはぶらぶらと歩いていた。
やがて練兵場にやって来ると足を止め、大きく伸びをしたアランがボソッと呟く。

「・・・こんなに広かったかねぇ・・・」

深呼吸とも溜め息ともつかない大きな息を吐きながらアランは練兵場をぐるっと見渡した。そして寂しそうに笑いながらその場にしゃがみこむと小石を拾い、空へ向かって放り投げる。まるで空中へ吸い込まれるように、投げた小石は一瞬姿を消して、やがてコツンと微かな音だけを残して練兵場の地面に消えた。

「よぅ、で・・・アンドレの奴はなんて言ったんだよ?」

興味があるのか無いのか微妙な顔つきでアランは振り返り、上目遣いでラサールを眺めると意味ありげにニヤリと笑った。

「あぁ・・・殆ど聞こえなかったんすけど・・・・・たぶん、その・・・『おまえのご主人様のことを好きなんだろうな、きっと』・・・って・・・」

「なんだって?」

背中を丸め、うつむきながらボソボソと話すラサールがおかしかった。
わざと聞こえなかったふりをしてからかうと真っ赤になって黙り込んじまった。

こんな時に・・・幸せな野郎だ。と、しみじみ思う。



なんて言うか・・・不思議な女だ。

どうしてか知らねえが、突然胸をかきむしられるような気がして・・・泣きたくなった・・・。




「・・・お・・・ラサール、来たぜ。白馬のご主人様がよ」


     


陽射しの中、ゆっくりと歩いて来た隊長は何故だかとても穏やかな表情をしていた。

B中隊にやって来てすぐ、此処で見た決闘は、隊長が圧倒的に強く、恐ろしかった。
でも・・・同じひとなのだろうか・・・あの時の隊長と、いま目の前にいるひと・・・・・
本当に、同じひとなのだろうか・・・・・?

ドキドキとどうしようもなく高鳴る胸の鼓動に気付かれそうで、今は、ただそれが怖かった。




「何をしている?こんなところで」

「・・・別に。手持ち無沙汰でよ。なんとなく」

隊長の問い掛けに班長は笑いながらそう答えると、すくっと立ち上がってもう一度大きな伸びをした。

「パリは一触即発の状態だってのに・・・静かなもんですよ。ベルサイユの連中は今頃なに考えてんのかねぇ・・・いつもと変わらず狩りに舞踏会ですかね?俺たち弾除けは明日をも知れねえ運命だってのに・・・ねえ、隊長」

班長のやや意地悪な問い掛けに隊長は静かに目を伏せると、小さく「そうだな・・・」と呟いた。


「私は、やり残したことはないか・・・今それを大急ぎで考えているところだ」

隊長の思いがけない一言に班長も俺もビクッとなった。
“やり残したこと”・・・・・それはとてもとても深刻な響きをもって、俺たちの胸を貫いた。

「二人とも、無為に過ごしていい日はないぞ。・・・と言っても、待機の状態ではな・・・明日に備えて、よく体を休めておいてくれ」

絶句し動けずにいる俺たちにかすかに微笑んだかと思うと、隊長はすっと姿勢を正した。
コツコツと鳴る凛々しい踵の音を響かせながら、視界から消えてゆく隊長・・・

遠ざかってゆく隊長を背中で感じていると、ふと立ち止まる気配がした。
そして「そうだ・・・、アラン!」と、隊長は振り向いて、班長に呼びかけた。



「・・・え?なん、なんですか・・・?」

狼狽する班長の元に戻って来た隊長はゆっくり静かな口調でこう言った。


「アンドレの入隊時に、手を貸してくれたのはおまえか?」

「うん?あー・・・、おう、そうだよ」

隊長は班長を見つめ、やがてにっこり笑ったかと思うと、こう言った・・・・


「そうか・・・ありがとう、アラン」


真っ直ぐな瞳で、いつになく丁寧な物腰の隊長に、俺は『ああ・・・・』と思った。





“アンドレに、私が呼んでいると伝えてくれないか” そう言って去って行った隊長の後姿をじっと見つめて、班長が呟いた。


「おぅ・・・・・可愛いじゃねえか・・・・・・なぁ、ラサール」


俺は、俺は、・・・悔しいのか、寂しいのか、嬉しいのか・・・・・
分からないけど、とにかく、とにかく涙が一気に溢れ出て、たまらなかった。


「・・・班長、今さら気が付いたって、お・・・遅いっすよっ〜!!」


練兵場の乾いた地面に、俺の精一杯の叫びと涙は空しく・・・だけど優しく・・・優しく、染み込んだ。



     

 
    

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