春の記憶



繰りかえす 繰りかえす
春の記憶は永遠に


ふと迷いこむ小路の端に
集いて咲ける沈丁花


強い香りに手繰り寄せられ
あの日のわたしが
そこにいる


幼い恋に背を向けて
歩き出そうと
佇むわたしが
そこにいる


あれはいつの春?


少し埃っぽい道端に
切ないほど光は溢れて


乾いた風にさらされた
小さな花に顔を寄せた


泣いたりしない
もう会わない


それでいいと
決めたのだから


強がりは
後戻りしないため


つんと目の奥に
こみ上げる痛みを
香りにむせたせいにして


歩き出した町並みは
とてもやさしく無口だった


季節は去り
そしてまた巡り


繰りかえし 繰りかえし


大切に紡いだ想い出だって
しまいこめば色褪せて行く


忘れてしまおう
忘れていよう


ひとつ曲がり角を
通りすぎれば
ひとつ遠くなる


そう思って
歩き続けたはずなのに


なぜ?


香りは
透き通った鍵のよう


あの日の扉が
また開こうとしている


戸惑って
なつかしんで


ああ やっぱり
今年も立ち止まってしまった


この花に
惹かれてしまった


永遠と言う
花言葉を持つ沈丁花


小さな白い星たちが
よりそい合って
香り合って
春の記憶を呼び覚ます


繰りかえし 繰りかえし


わたしは
面影に揺らぎだす


繰りかえし 繰りかえし


いとおしき春が
胸に溢れだす


沈丁花が咲くたび
きっと永遠に


《イラスト やすこさん》