六 花


― 藤堂平助を悼む ―



しんしんと
容赦ない寒さが
足元から這い上がる


見上げれば
一面に闇の色


凍りついたような空から
白いものが
舞い始める


あの夜
冷たい路傍にくずおれ


蒼ざめた月の光に
照らされたおまえを


動かなくなってしまった
おまえを


置き去りにするしかなかった


口惜しさに
歯噛みしながら


立ち去るしかなかった


本当は
逃がしたかったのだと


できるなら
我等のもとへ
引き戻したかったのだと


今さら
そんな言い訳じみた言葉で
許しを乞うつもりもない


わかっていたはずだった


命を賭けた
斬り合いの場では


決意も駆け引きも
はかりごとも


一瞬の間に
吹っ飛んでしまう


己の剣と運のみが
生死を支配する


甘い予測など
当てにならないのだと


わかっていながら
それでも


おまえを
救えるのではないかと
思ってしまった


おまえはすでに
覚悟を決めていたのだろう
戦うしかないと


その先に
何が待とうと
向かって行くしかないと


わだかまりを抱き続けるより
きっぱりと決別することを
おまえが選んだ時から


我等の道は
もう交わることは
ありえなかったのかもしれない


あんな形での終焉など
さぞ無念だったろう


だが
おまえは
最期まで武士だった


まっすぐで
誇り高き生き様には
悔いはないはず


ならば
我等も
後ろは振り向くまい


おまえたちの屍を越えてでも
幾多の血煙りを掻い潜ってでも


力の限り
誠の旗を打ち立てて行く


それが
我等の
武士としての在り方だと信じる


けれど
せめて今は


今だけは
おまえを悼むことを許せ


志し半ばで
斃れたおまえに


ひそかに
呼びかけることを許せ


かつて
共に夢に向かい
奔った日々が


哀しいほど遠く
なつかしい


これから先
ふと思い出すおまえが
あの頃の
くったくないおまえだといい


天を振り仰ぎ
冷たく儚い欠片を
顔に受ける


雪よ
もっと降れ


そして
汚れなき白さで
かの者の墓標を包め


花を手向けることすらできない
我等の代わりに


短き日々を駆け抜けた
益荒男(ますらお)の魂を


どうか
清らかに鎮めよ



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六花・・・りっか。結晶が六角形であるところから、雪の異称。