新選組より




疾風(かぜ)の剣

〜沖田総司〜


かつて


わたしの剣は
風の音を知っていた
 
 
のどかな陽射しと
仲間たちに囲まれて


ただ無心に
腕を磨くのが楽しかった


構えた竹刀の先で
相手の気が動く


次の一歩
次の一手


意識するより早く
身体が動く


打ちこんだ瞬間
びんと伝わってくる手応え


剣はまるで
わたし自身を
疾風(かぜ)に変えてくれるようだった


その楽しさの他に
いったい
わたしは何を欲していただろう


強くなりたいと思った


けれど
強くなって何をするのかと
誰かに問われたとしたら


わたしは
答えられただろうか


みんなと一緒に京へ行く
そう心に決めたのは


掴みどころのない己が夢を
仲間たちが熱く語る望みへと
置き換えていたのかも知れない


わたしは
たぶん


わたしを導いてくれるはずの人たちに
ついて行きたかっただけなのだ


あれからまだ
どれほども経っていないのに


なにやら
とてつもなく遠いところへ
来てしまったような気がする



わたしの剣が知っているのは
斬り捨てた相手の悲鳴と
夥しく流された血の匂いのみ


斬らねばならない相手を
目の前にしたとたん
無意識に身体は動くけれど


もう
自分が疾風(かぜ)になるような
颯とした心地よさは
どこにもない


わたしの剣は
風の音を
忘れてしまった


なのに


それでもなお
わたしは走り続ける


なぜ?


わからない
けれど
みんな走っている


嵐の真っ只中のような
時代の薄闇を
己が剣で斬り裂きながら


命懸けで走っている


この剣の前に
数え切れないほどの人が
倒れたとしても


立ち止まることは
もうできない


わたしもいつか
誰かの剣に斃れる日が
来るのだろうか


それとも


もっと酷い未来が
待ち構えているだろうか


命の代償は命


そのくらいは
とうにわかっている


怖れたとて
逃れられはしない


運命は変わらない


ならば
いっそわたしは
笑ってみせよう


あの頃の


無邪気に稽古をしていた
子供の頃の自分のままで


何のくったくもないように
疾風(かぜ)になったふりをして
平然と笑っていよう


剣よ


さあ
おまえも思い出すがいい


わたしが打ち鳴らす
風の音を


そして
最期まで
この手に共に在ってくれ


わたしが
臆病者にならぬよう


笑ったままで
この命
走りぬけられるよう