<その三>


斎藤は、その医者の娘の縁談の真否を調べるよう、山崎に頼んだ。
山崎なら、間違いなく自分より短時間で正確に突き止めるだろう。
ただし、あくまでも極秘に、と念を押すと、
「極秘に調べるのが、監察の仕事です」
山崎は、柔和な笑みを浮かべ、さらりと言い切った。
これは、いらぬ心配だったなと、斎藤は苦笑する。

まだ土方への報告はいいだろうと思った。
急を要することでもない。
もし、総司にあきらめさせた方がいい場合でも、いや、それならなおのこと、ある程度、片が付いてからの報告にしたい。
自分に言い聞かせながらも、斎藤は、そう考えること自体、すでに土方の手のひらで転がされているような気がしてくるのだった。
(あの人には、敵わない・・・)
あきらめの境地だな、と自覚する。


    * * * * *


数日後、山崎から、噂は間違いないとの報告があった。
娘の許嫁は、大阪で診療所を開いたばかりの若い医者だそうだ。
娘の父親の弟子のような存在で、父親のたっての願いによる縁談だと聞き、斎藤は溜息をついた。
人の命を救う医者と、人を斬ることを使命としているような新選組。
国のため、町の治安維持のためとは言え、その為すところはあまりにも違う。
医者が、自分の娘を同じ医者に嫁がせようと思うのも、ごく自然なことと思えた。


「ただ・・・」
山崎は、慎重に言葉を継いだ。
「どうも、この話は最近急に決まったようなのです」
「急にだと?」
山崎は、小さく頷くと、
「あまりに急なので、娘の方は最初、父親の冗談だろうと思って、取り合わなかったとか。でも、その間に父親は、どんどん話しを進めていたんですね」
「娘は、乗り気ではないのか?」
山崎は、小さく首をひねる。
「さあ、今は納得したのかどうか、わかりませんが」
斎藤は、腕を組んで考えこむ。
「娘の思惑を無視しても、この縁談を早く決めたかったのか」
そう言って、山崎と視線を合わせる。
おそらく、二人とも同じことが頭に浮かんでいるのだ。

山崎が、考えをゆっくりと口にした。
「偶然かもしれませんが、沖田先生が診療所に通うようになって、しばらくして父親がばたばたと縁談を決めたと・・・、そんなふうに取れなくもないんですが」
「それは、つまり・・・」
斎藤が、眉根を寄せる。
山崎は、はっとして、
「すみません。監察が推測でものを言うなど。このことは、あの・・・どうか、聞かなかったことに・・・」
いささか慌てて、ぺこっと頭を下げた。

「監察の仕事は、ここまでです。後の判断は、斎藤先生にお任せします」
山崎はばつが悪そうな顔で、斎藤が調べてもらった礼を言おうとする前に、そそくさと消えてしまった。
(おい、逃げるなよ)
斎藤は、心の中で山崎に文句を言った。
この後は、自分一人が請け負わなくてはならないとわかっていても、誰かに悪態つきたい気分だった。


山崎の推測が、必ずしも外れているとは思えなかった。
確かに、偶然かもしれない。
けれど山崎同様、斎藤にも、この縁談が娘の父親の、総司に対する牽制のように思えてきてならなかった。
娘に手を出してくれるな、と言う無言の牽制。
この間の、総司と娘の様子がとても似合って見えたせい
パッと頭に浮かんだのは、娘の縁談をついに総司が知ってしまったのでは、と言うことだった。
山崎が最初に言っていた噂と言うのが、どの程度広まっているのかはわからないが、縁談がまとまった時点で、隠す必要もなくなる。
いや、むしろ父親としては、早く総司の耳に入れたいくらいだろう。
そして娘の方も、父親からはっきりと引導を渡されたのだとすれば・・・
ほのぼのとしていた二人の関わりが一変したのも納得できる。
あれこれと湧いてくる想像に、斎藤は悩まされ、眉をしかめた。


ふと、我に返る。
思わぬ光景を見てしまったおかげで、すっかり出ていくきっかけを失ってしまったではないか。
いや、見てはならない場面を見てしまったような後ろめたさで、とても出てはいけなかった。
状況によっては、すでに自分が出しゃばる意味もなくなったのかもしれないが、さて、どう判断したらいいものか。
斎藤は、物陰に身を寄せたまま、また考え込んだ。
と、その時、


「斎藤さん・・・?」
いきなり声をかけられ、斎藤はまさしく息も止まるほどに仰天した。
棒立ちのまま、うっと言葉を飲み込む。
目に前に立っているのは、なんとも複雑な表情をした総司だった。
斎藤は、一瞬自分の立場を呪った。
身体中の汗が、すぅっと急激に冷える気がした。



            
 <続く>