春の名残



やわらかな光を携えて
透き通る風にくるまれて


こころ震わせる春が
訪れたと思っていたのに


花も木々も
鳥も大地も


すでに新しい季節へと
走り行こうとしている


ひととき咲いて
ひととき芽吹いて
ひととき鳴いて


美しく萌え出す春に
いのち輝かせていたものたちは


時の女神に促され
足早に
次なる季節へ姿を変えて行く


どれほど愛した花だとて
いつまでも咲き続けてはくれない


散ることも
種となることも
枯れることすらも


さりげなく流れ行く
自然のひとこま


ならば


人の想いもまた
同じ場所に留まらなくとも
不思議ではない
たぶん


たゆたうことも
うつろうことも
消え去ることすらも


めくられて行く
記憶の1ページ


ただ静かに
みつめていればいいのだと


振りかえって
なつかしく微笑めばいいのだと


わかっているのに


なぜ
こんなに
胸の奥が軋むのだろう


わたしの中の季節は
あの日から止まったまま


まるで
醒めない白日夢のように


やさしい面影が
作り出した迷宮を
ひとりさまよっている


わたしは
季節を終えた庭の門を閉ざし


かすかな春の名残を
辿りながら


やわらかな大気のような
淋しさに包まれる


聞こえるはずのない声に
耳を傾ける


春の花も
春の鳥も
春の陽射しも風も


もう今は
どこかへ
立ち去ってしまったけれど


わたしの想いは
いつまでも


ここで
貴方を待ち続けているから


いとおしさに
揺れ続けているから



(絵写真 HAL-KODAさん)