花 影

〜山南敬助〜



貴女を残して逝くことは
わたしにとって
切ないほどの痛みであり
絶ちがたい悔いでもあり


けれど
貴女がこれからも
けなげに生き続け


わたしがもう一度
見たいと願っていた
穏やかな風景の中で
笑ってくれたなら


巡る花の季節に
青い空を振り仰いで


ふと
わたしのことなど
なつかしく思い出してくれたなら


それは
旅立つわたしの
ささやかななぐさめになる


最期の別れに
駆けつけてくれた貴女の涙


格子を握りしめて
ぽろぽろと流したあの涙ほど


哀しく激しく
そして美しいものを
わたしは知らない


そんなにも
生き生きとした感情を
わたしのために
見せてくれたことに


どれほどか
深く感謝している


いつからだろう


このこころは
少しずつ
虚しさに擦りへっていった


理想と現実
誇りと幻滅
平和と狂気


何もかもがそれぞれ
正反対に走り出し


わたしの魂を
引き裂こうとしていた


何が違っていたのだろう
どこで道は分かれたのか


わたしは
どうすべきだったのだろう


目指していたのは
こんなものではなかったはず


逃げ出すことを
惰弱だと
恥じなかったわけではない


けれど
わたしが
高々と掲げていた志しなど


無残に叩き落とされ
泥と血と屈辱に汚れ


居場所さえも見失い
ただ戸惑うだけの自分がいた


もう
ここにはいられない、と
気がついた時には
東を目指していた


追っ手がかかることなど
わかりきっていたのだよ


ただ
納得の行く相手が
追ってきてくれたなら、と


だから
わたしは
観念して捕まった


もういい
これが自分の運命だったのだ


やはり
わたしの帰る場所は
あそこしかないのだと
小さく笑いながら


せめて
信頼に足る人が
わたしの命の最期の灯を
断ち切ってくれることに
心底安堵しながら


不思議だな



こんなにもあっさりと
こころが凪いでいる


わたしが
駆け抜けてきた道は
はたして何だったのだろう


いや
今さら答えなどいりはしない


たとえ短い時ではあっても
わたしは
確かに夢を見ていた


熱く胸を震わす
理想と言うときめきに
歓喜した自分がいたのだから


やさしかった貴女よ
どうか
あまり深く嘆かないでほしい


あれほど
ぎりぎりに追い詰められた中でさえ


貴女に
愛しいと言う気持ちを
覚えることができたのは
わたしには
嬉しい発見だった


いつか
この京を
薄紅の花が埋め尽くす頃


ひらひらと舞う
花びらの下を歩く貴女を
わたしはやすらかに思い浮かべる


明るすぎる陽射しを
そっと避ける貴女を


かすかな風に
後れ毛を押さえる貴女を


やわらかく包む花影に
わたしはなろう


貴女の上に
平穏な幸せをもたらそう


そう
きっと
なれると思うのだよ


貴女が
つと足をとめて
愛おしそうに見上げてくれる


そんな淡く切ない
花影に