陰陽の理 …後編…


caution!

このssは、少々鬼畜要素を含みます。
「恋唄」で、分かっちゃいるけど比良坂が死んじゃって、死なせた監督許せん!
とか、
打たれ弱いところが壬生の特徴だけど、傷つく壬生を見るのは嫌!
って人には向きません。
また、そういった苦情は受けかねるので、ご了承ください。
…マジで。(笑)




「闘いでは、最後まで冷静を保った者が勝利する」
 そう遠くない記憶。
「闘いで怒りに身を任せれば任せるほど、闘いの主導権は自分から離れていく」
 夕闇の道場。ぴんと背筋を伸ばし正座する壬生の前で、同じように座する拳武館館長が、諭すようにそう告げた。
「闘いでは決して怒りで我を忘れないように。肝に銘じなさい」

(まだまだ未熟だな、僕は)
 壬生は、館長の言葉を思い出しながらも、怒りの収まらない自分をあざ笑った。
 すでに怒りを抑えようという意志はない。常に意識して冷静を保つ壬生にとって、それは、思いの他心地よかった。
 でも、このまま倒れていくわけにはいかない。まだ、しなければならないことがある。
 すでに、体に残っている気は残りわずか。その残りわずかな気も、体から脈々と流れ出ていく。ふとすれば、意識も遠のいてゆきそうだった。
 時間はない。
 奥歯を噛み締めて、拳を固める。大きな水がめに残るわずかの雫に、集中する。ほんのわずかの気はそれでも、濁りのない炎を体の芯に点けた。
 陰気の壬生は、小さな壬生の変化に気づいたようだった。
「なんだ。まだ抵抗するつもりかい?静かに終わりを待ったほうが苦しまなくて、いいよ?苦しいだろう?」
 確かに、体は油の切れた機械のようだ。軋んでひどく痛むが、動く気配は一向にない。
 しかし、その陰気の壬生の言葉を、壬生は聞いていなかった。
 …聞こえてはいた。だが、すでに脳は陰気の壬生の声を拒否している。いや、壬生を取り巻くすべてのものを、壬生は自らから遮断していた。
 一点の曇りもない気は、わずかながらも静かに青い炎を上げていた。壬生の中の音が消えていく。まったき静寂が壬生に訪れた。
「比良坂さんを、離せ」
「だから、馬鹿だと言っているだろう?君に残されたものは、『終わり』しかない」
「比良坂さんを、…離せ…」
 静かに、低い声が同じ言葉を繰り返す。
 陰気の壬生は、いらいらと応えた。
「だから!君は死ぬ運命なんだよ。そんな体で何ができる!」
「僕の命などくれてやる。そんなことはどうでもいい」
「どうでもいい?何を言っているんだい?君の命だよ?」
 陰気の壬生は、初めて戸惑った表情を浮かべた。こいつは何を言っている?本当に、自分が言った言葉を理解しているのか!?
 狂っている。
 どうしてそんなことを壬生が言うのか、陰気の壬生には全く見当がつかず、考えを巡らせた末に出た結論がそれだった。
「正気かい?本当のことを言いなよ。本当は、自分だけでも生き残りたいんだろう?」
「本当のことを言ってやる…」
「ああ!そうだろう?言いなよ。『僕だけは助けてください』って」
 陰気の壬生は、心底安心したように、笑みをこぼした。そう、その言葉を聞いて、母体の気を全て吸い取り、僕は完全になる。もう、すぐそこに目指す未来が見えていた。
 そして、母体は口を開いた。
「比良坂さんは、死んでも守る!!」
 母体は、陰気の壬生を跳ね飛ばして、突然勢い良く立った。
「なっ…!!」
 跳ね飛ばされながら、陰気の壬生は混乱した思考を整理しようと必死だった。なぜだ?なぜそんな結論になる!?どうして、さっきまでぴくりとも動けなかった男に跳ね飛ばされているんだ!!
 すんでのところで体勢を立て直すと、陰気の壬生は壬生の胸倉を掴もうと手を伸ばした。
「調子に、乗るなよ!!」
 壬生に伸ばした腕が、ふいにぐずりと崩れた。それは、空気に溶けて、ゆらりと歪む。
「な、なんなんだ!?これは!!」
 そして、その壮絶な痛みに気付き、絶叫する。
 壬生は、そんな陰気の壬生に、容赦なく蹴りを浴びせた。容赦なく、は間違っているだろうか。すでに壬生にそんな注意力など残っていなかっただけでもある。
(…そう…か……)
 気の狂うような痛みの中、陰気の壬生が悟ったことがあった。
 掌から砂がこぼれるように、霧散していく気。それは、母体の壬生に還ることなく、文字通り空気に消えてゆく。陰気の壬生からは、急激に気が薄れていった。
(生存、放棄…)
 壬生は、自分の命を差し置いて、比良坂を選んだ。それはいわば、自らの命を捨てた、生存意志の放棄である。
 人は、様々なものでできている。無論、肉体も当てはまるが、肉体のみではない。気や精神、意志も重要な体の一部で、ひとつひとつに存在意味があった。そして、意志は全てを支配する。
 その意志が、自らを放棄した。
 母体の生存放棄は、母体の気、つまりは陰気の壬生の気も含め、壬生自身が持っていた気が、母体の意志が作り出す束縛から解放されたことを意味する。気が、壬生という存在に依存する必要はなくなったのだ。
 気が意志を左右するのではない。意志が気を支配する。それは、絶対的なこの世の理。
 知っていたはずではなかったか。壬生の怒りの意思を利用して、陰気を手に入れた。自分は知っていたはずだ。
 崩壊してゆく均衡。
 陰気の壬生は、倒れゆく中で、自らの崩壊を予感していた。

 倒れた陰気の壬生に視線をおとすこともなく、壬生は比良坂の前にゆらりと立った。無表情のまま無造作に手を伸ばす。
 比良坂の首に食い込み始めていた蛇を掴むと、手前にぐいと引っ張り、引きち切った。蛇の肉片が飛び散ったと思った瞬間それは紐に変化し、飛び散ったのは糸屑と知れる。
「げほっ。ごほっ」
 しばらく息もつけなかった喉に突然入りこんできた空気で、比良坂は激しくむせた。それでも無理矢理息を整え、大きく息を吸い、肩の緊張を解くと、首の呪縛を解いた目の前の青年の名を呼ぼうと、口を開く。
 青年の瞳には比良坂の姿が映っていた。確かに映ってはいたが、その焦点は比良坂に合っておらず、そこには意識が感じられなかった。うつろな瞳は、何も「見て」いなかったのだ。
「壬生…さん…?」
 いぶかしげに問いかけてみる。
 ふいに、青年の体はぐらりと傾いだ。人形が倒れゆくように、そこに重力に抵抗する素振りはない。ただ、立っていたそのままの格好で、床に落ちてゆく。
「壬生さん!」
 駆け寄りたいのに、腕の束縛がそれをさせなかった。無理に腕を抜こうとすると、痛みと共に、手首にぬるりとした感触があった。体の芯にずしりと響く痛みが比良坂を襲うが、それでも構わず腕を動かし続ける。
 …と、比良坂の視界の端で、むくりと起き上がる者があった。
 薬品で溶けたように、表皮はびらんし、黒ずんでいる。顔には黒い血がだらだらと流れ落ちていた。ふとすると、背後の空間に薄れていきそうな、不安定な造形。
 先刻まで、自信ありげに笑っていた人物だ。
 圧倒的な陰気は、見る影もない。人であれば、これを瀕死と言うのだろう。
 幾筋もの黒い血の間から、陰気の壬生はじとりと比良坂を見上げた。体を起こしきることができないのだ。長身の体を折り曲げたまま、危うげなバランスで体を支えている。
 その瞳の暗さと執念に、比良坂はぞっとした。
 陰気の壬生は、視線をそのまま床に倒れた壬生へと移した。口の端に暗い笑みが浮かぶ。
 比良坂は、咄嗟に歌を歌おうと口を開いた。
「間に合わないよ」
 静かな、低い声。背筋が寒くなるほど、その声音には呪いめいた恨みがこもっていた。自然に、背中を冷や汗が流れていく。
 倒れた壬生は、ぴくりとも動かない。その体から生気も感じられない。比良坂からは、壬生の瞳が開いているのかさえも、見えなかった。
 ゆっくりと、陰気の壬生の足が持ち上げられる。
「母体を殺してしまえば、母体の気は僕のものだ…。母体の気の束縛からも解放される…」
「だめ!やめて!!」
 比良坂の能力である歌が間に合わないことなど知っている。歌を口ずさもうとするのなら即座に、陰気の壬生は壬生にとどめをさす気だ。間に合うはずがない。だが、すぐそこにいるのだ。壬生はすぐそこに倒れているのに!
 手首を拘束している枷を振りほどこうと、腕をめちゃくちゃに動かす。つと、と生温い感触が腕を伝った。頬に飛び散る赤いものがある。それでも、手首の束縛は一寸もその力を緩めることはなかった。
 比良坂は、自分の無力さを呪った。
 私がいなければ、壬生は陰気の壬生と対等に闘えたのに!私が陰気の壬生の来訪時に気付いていれば、対抗できたかもしれないのに!
 全てが虚しい。
 比良坂は何もできないまま、目の前で傷ついていく壬生を見ているしかなかった。
 頬をあたたかなものが流れ落ちていく。
「嫌だ…。壬生さん…」
 それは、次々と床に透明な染みを作った。
 陰気の壬生の足は上がりきり、蹴りを放つ前の一瞬の間があった。
 比良坂は、その動作を目を見開いたままじっと見つめていた。
(嫌だ……)
「これで、終わりさ」
 陰気の壬生の足が急激に降ろされる。
 比良坂は悲鳴を上げた。
「壬生さん!!」
 バタンッ!!
 足が蹴り降ろされる瞬間、勢い良く扉の開く音がした。
「紅葉っ!!」
 どこを見て、壬生と陰気の壬生を判別したのか、飛羅の勁は一直線に陰気の壬生に向かって飛んでゆく。
 間に合わない!
 そう思ったとき、一瞬ながらも陰気の壬生の注意が飛羅に逸れた。
 ガツン。
 重い音がして、飛羅の勁を受け、陰気の壬生の体は傾いでゆく。
「どうやら間一髪だったみたいだな」
 部屋に駆け込み、小さく息を吐いて、飛羅は陰気の壬生を見下ろす。ぐずぐずと崩れゆく体のまま、それでもなお陰気の壬生は起きあがろうとしていた。
「リュー!」
「分かっとる!」
 いつのまにか飛羅の背後に立っていた劉は、懐から符を取り出すと、呪文のような文言を吐いた。
 呪文とともに、陰気の壬生の体が赤く光り始める。禍禍しい色を放つそれは、徐々に体の中心に集中していき、勾玉の形をとった。
「アニキ!そいつの核はその赤い勾玉や!そいつを壊し!!」
「了解!」
 その言葉に反応したかのように、陰気の壬生はがばりと立ちあがった。すでに体全体を黒く染め、ところどころが崩れ骨を覗かせている。それでもなお反撃する意志があるのか、必死の形相で構えをとった。壬生への蹴りが最後の攻撃だったに違いないはずなのに。
 飛羅は、ある種感嘆を込めて微笑した。
「さっすが。根性は紅葉並みだな。往生際が悪い」
「……」
 陰気の壬生は、何も応えなかった。応える余裕がないとも言えるが、喉が黒ずみひしゃげている。それが原因といえた。
 そんな陰気の壬生を目の前にして、飛羅は顔をしかめた。その表情にあるのは、哀れみか、悲しみか。…良く分からない。
「ほんとに、柳生はむかつくヤローだよ。おまえみたいな置き土産遺しやがって」
「……」
「でも、悪いな。そもそも悪いのは柳生で、おまえに罪はなくとも、今の俺はすっげえ虫の居所が悪いんだ」
 飛羅はそれまでのある種穏やかな表情を一変させると、陰気の壬生を睨み据えた。
「消えろ」
 陰気の壬生の放った最期の蹴りを微動だにせずに受けとめ、無造作に拳を突き出す。その拳は崩れ始めた陰気の壬生の体になんなくのめり込み、不気味な光を上げる勾玉を掴む。
 飛羅は冷えた表情のまま、拳に力を入れた。
 パキン。
 小さな物の割れる音があり、同時に陰気の壬生の体が霧散した。落ちていたはずの黒い血の跡も残さず、その存在は言葉通り、…消えた。

「大丈夫か?」
 カーテンレールに縛り付けられていた枷を解き、床に座りこんだ比良坂を覗きこむ。比良坂は、呆然としたままコクリと頷いた。手首には、擦り切れた傷があり、縄の繊維であろう糸のようなものが何本も食いこんでいた。
「手当を…」
「……」
 比良坂は、無言で首を振った。劉が手当をしている壬生に目を向ける。壬生は、瞼を上げない。
「紅葉は、大丈夫だから」
「……」
 比良坂は無言のまま、まるでいやいやをする子供のように首を振り続けた。飛羅はゆっくりと比良坂の手を取ると、食い込んだ繊維を一本ずつ外し始める。
 優しい声で、繰り返す。
「紅葉は大丈夫だから」
「…でも、…」
「紗夜も手当をしないと」
「…でも、…私の所為なのに…」
 比良坂の瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「それは違うよ」
 飛羅は、比良坂の手首から繊維を外しながら、言い聞かすように続けた。
「俺達も、陰気の劉に襲われたんだ。でも、劉と一緒に雪乃と雛乃を迎えに行ったとき、奴が現れたんだよ」
 飛羅は、自嘲気味に笑う。
「情けないけど、劉がいなかったら気付かなかっただろうな、俺も。陰気とはいえ、劉の気そのものだったからな。だから、紗夜が責任を感じることはない」
 手首から繊維を取り終えると、飛羅は比良坂の頭を撫でた。
「むしろ、よく頑張ったよ」
「私は、何も…してない…。何も、できなかった…」
「それは、仕方ないさ。紗夜は動けなかったんだから」
 それでも、かたくなに比良坂は首を振り続ける。
「アニキ。壬生のアニキやけど…」
「うん。どうだ?」
 落ち着かせようと、比良坂の頭を撫でながら、劉に顔を向ける。
「とりあえず、応急処置は終わったで。後は、安静にして、気の回復を待つだけや。ただ…」
「ただ?なんだ?」
「絶対的に気の量が少ないんや。わいの気送りこんで治療してもええんやけど、壬生のアニキがわいの気取り込んで、自分の気に精製し直すのと、自ら気を生成するのがどっこいどっこいってとこやな。できれば、壬生のアニキ自身が生成する方がええ」
「どれくらいかかる?」
「今日一日は絶対安静や。できれば、ここから動かしとうない」
「…紗夜?」
「私のベッドを使ってください」
 比良坂は考えることもなく、即座に応えた。

「紅葉は大丈夫だから」
 飛羅は、念を押すように、比良坂の部屋を退出するときにもそう言った。
 飛羅と劉が部屋を出ていってから、しばらく経つ。
 仲間の間で同じようなことが起こっていないかと、先刻あわただしく駆け出ていった。現場にいた雪乃と雛乃に、仲間に連絡をしてもらってはいるらしい。が、柳生とまともに闘っていたのは、飛羅、壬生、劉だったので、陰気が形となるのは壬生と見当をつけたのだと言う。
「陰気の壬生がここまで周到だとは思わなかったな。陰気の劉は、劉がいる目の前で姿を現したのに」
「あ、アニキ。それってわいがアホって言っとる?」
「陰気が形をとるって言っても、元々の母体の思考と殆ど同じなんだなあ」
「やっぱり、わいがアホっちゅーとる」
「いやいや、間に合って良かった。うん」
 多分、それは比良坂の緊張を少しでもほぐそうとの気持ちからなのだろう。飛羅は、あくまで軽い調子で劉をあしらった。
 壬生は、かたく瞼を閉じたまま、比良坂のベッドで横たわっている。劉の応急処置で、気の流れは正常に戻ったらしい。が、感じ取れる気はいまだに微弱で、見ているだけでは本当に生きているのか不安になるほどだ。
 比良坂は思わず壬生の手を取り、両手で包み込むように握った。
 その手は大きく、暖かい。ゆっくりとした鼓動を感じ、ひとまずほっとする。
 比良坂は、壬生の手を握ったまま、ベッドの傍らにぺたりと座りこんだ。
 壬生の手を握っていないと、不安でおかしくなりそうだった。
 飛羅に「紗夜の所為じゃない」とは言われたものの、一人になって、目を覚まさない壬生を目の前にしていると、どうしても考えてしまう。どうして私は陰気の壬生に気付けなかったのだろう。私が気付いていれば、壬生がこんなに傷つくことはなかった。
 コチコチと、時計の音が耳に残る。部屋には静寂が満ちていた。耳に入る時計の秒針の音と、壬生の鼓動を感じながら、比良坂は後悔の念に押しつぶされそうだった。

 ふいに、壬生の手がぴくりと動いた。はっと気づき、比良坂が顔を上げると、すでに窓の外は夜闇に染められていた。
 いつの間にか寝てしまっていたらしい。
 今日は緊張しっぱなしだった。疲れが出たのだろう。
 カーテンを閉めようと、立とうとしたとき、壬生の瞳が開かれているのに気付く。
「壬生さん!?」
「……比良坂…さん…」
 ぼんやりとした視線は、ゆっくりと動き、比良坂で止まる。しばらく何かを考えた後、壬生は静かに問うた。
「陰気は…」
「飛羅と劉さんが助けに来てくれて」
「そうか…」
 それだけで納得したようだった。
 今の部屋の状態と自らの状態を見て、予測はしていたのだろう。
「壬生さん、気分は悪くないですか?」
「ああ、大丈夫」
 先刻よりは、顔色が良くなっている。劉の言う通り、気が回復してきているのだろう。そうは言っても、まだまだ普段の壬生には程遠いが。
「比良坂さんこそ、大丈夫?」
「私は…」
 言いかけて、比良坂の瞳から、再びはらはらとこぼれるものがあった。
 壬生に心配されるようなことは、自分になかった。傷ついていったのは、壬生の方だったのに。その壬生が、自らより、私の心配をしている。その事実が胸に痛かった。
 だが、壬生はその涙を勘違いしたようだった。
「怖い思いをさせてすまなかったね」
「違いますっ!」
「?」
 怪訝な表情をした壬生に、比良坂は激しく首を振った。
「私は、何もしてない。何もできなかった。目の前で壬生さんが傷ついていくのに」
「比良坂さんが謝ることじゃないさ。僕の油断が招いた結果だった」
「違うっ!」
 物静かな普段からは想像できない、比良坂の突然の激情に、壬生はしばし目を見開く。
「私、何もできなくて、ごめんなさいっ!」
 比良坂は、両手で顔を押し隠し、わっと泣き崩れた。
 「ごめんなさい」と、うなされているかのように、繰り返す。
 壬生は、ゆっくりと体を起こした。体は、思いの外重い。自分の体が自分のものでなくなってしまったかのような、先刻の薄ら寒さはないが、それでも、ずっしりとした体を動かすのにはそれなりの労力が要された。
 壬生は、静かに口を開く。
「まいったな。本当は、こんなはずじゃなかったんだ」
 ひとつ、小さな息をつく。
「僕は、君を守りたかったんだけどね」
 ぴく、と比良坂の肩が震えた。泣き顔はそのままに、両手を離し、壬生を見つめる。
「今日までの僕は、それができると思っていたんだ。今ではそんな自信がどこから沸いていたのか、不思議だけどね」
 壬生は、自嘲気味に笑った。
「僕は、弱い」
 虚空を睨み、自分に言い聞かすように、言う。
 それは、物理的な力の強さではない。怒りが闘いにおいて不利であることを自覚しながらも、それを抑えることのできなかった自分。それは、自らの命を危険にさらすだけでなく、周囲の人間も窮地に落とすことになること。
 自分に足りないものが、次々と思い浮かぶ。だが…。
「でも、こんな僕でも、誰にも譲りたくないものがある」
「?」
 比良坂は、首を傾げ、次の言葉を待った。
「これからも、君を守っても、迷惑じゃないかな」
 比良坂は、壬生を見つめたまま、声を失った。目の前には、壬生の真摯な瞳がある。
 比良坂は無言のまま、再び両手で顔を隠すと、小さく俯いた。
「比良坂さん?」
「ごめんなさい。…私、…嬉しくて…」
 壬生は、その言葉でふっと表情を緩めると、比良坂に手を差し伸べた。比良坂の手をその顔からゆっくりと外し、指で頬の涙をそっと拭く。
 比良坂の顔を覗き込んだ壬生の瞳に、泣きはらし赤くなった比良坂の瞳が映った。恥ずかしそうに、比良坂は目を伏せる。睫毛についた涙の雫がきらきらと光った。
 壬生は、その唇にそっとくちづけをした。やわらかな唇の感触で、比良坂は静かに瞼を閉じる。
 名残惜しいような余韻を残し、唇が離れると、比良坂は壬生に抱きすくめられた。
「良かった」
 壬生は、それ以上何も言わなかった。比良坂も、それで充分だった。しばらく、二人は無言のまま、お互いの体温を確かめ合うように抱きあっていた。


END


お待ちの皆様、お待たせしました、後編です。
こんな感じになりました。
実は、もうちょっと「裏」的な展開も考えていたのです。
壬生の比良坂に対する気持ちを考えると、自分の欲望に忠実な陰気の壬生は、そういった行動に出るだろうな、と。
でも、ストーリー的に、「裏」な展開を絡ませたくなかったということと、必要なのかという自問に「?」が出たのが、そういった展開にならなかった原因です。

両思いになりました。…が、ハッピーエンドなんて、自分はこれっぽっちも思ってません。(笑)
やっぱり、壬生と比良坂ですから!!(意味分からん)
これからも、いろいろあるでしょう。…というか、書く予定です。(笑)

また、こういった「戦闘もの(?)」を書きたい気がしますが、マンガで描きたい気もします。
ネタがあれば、なんですが。
でも、平和になっちゃったからなあ。今回で、トドメと言わんばかりに。
まあ、また機会があれば。

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